「最近は笑えなくなってきたな」
冷たい夜風にさらされながら、ベランダからぼんやりと下を見る。あそこには大通りと川があるな。ここって落ちたらどのくらい痛いかな。ふとそんなことがよぎって、一瞬、ゾッとする。寒い。震えながら涙をこらえていると、ふっと眼の前に眩しい明かりが灯った。街灯なんてあったっけ。そんなふうに思っていると、しないはずのところ、ベランダのその先から声がした。
「初めまして」
びっくりして顔を上げると、そこには5人の妖精が浮かんでいた。ランタンを持った子犬のような子、クールそうな子、ふわふわした子、猫のようなかわいいい子、すごく元気な子。背中には宝石のような、ステンドグラスのような透き通ったきれいな羽がついていた。この色合いといい、形といい、どこかで見たことがあるような。
ふわふわした子が元気よく宣言した。
「僕は貴方を、お守りする様、雇われた精です!」
きょとんとしていると猫のような子が最初は自己紹介でしょ、びっくりさせちゃったじゃん、とこそっっと、ぴしゃりと言う。きょとんとしていると5人仲良く並んで自己紹介を始めた。
「どもっ、みせす⋯⋯」
そう4人が言う中、一人だけ自由な子犬がいた。
「どうもっ、はじめまして!⋯⋯ボーカル大森元貴でーす」
おいおいおい、と4人がずっこけ、もときくんはハハハッと高笑い。そして、なんとか他の子たちが続く。
「ギターの若井滉斗です」
「キーボードの藤澤涼架ですっ」
「ドラムの山中綾華です。」
「ベースのっ髙野宗でーす」
ほう。って、ほんとうにミセスが眼の前に?驚いた。とうとう辛すぎて幻覚が見えるようになったらしい。怪訝な顔をしてしまっていたのだろうか。あやかちゃんが言った。
「怖がらないでね。貴方が最近、笑えなくなってきたって言うから来たよ」
もときくんが続ける。彼は自信に満ちつつも儚く言った。ランタンが光った。
「灯りを点けるよ、君に。」
笑ってほしいと、泣かないでとそれぞれ口々に励ます。そう言われたって沈んだ気持ちにはうまく響いてはくれなかった。わたしの沈んだ顔とランタンを交互に見て言う。焦っているようにも見える。もときくんは続ける。
「火を灯すよ」
君が影に覆われぬように、とも呟く。火を灯す、と言うと同時にふと街の方が光ったようだった。
「あ、きれい」
そう思わず呟いたが、あまりにも気持ちが追いついていないし顔も毛ひとつ変わらなかった。
彼らは色んな曲を歌い、いろんなことで笑わせてきた。音楽になればかっこいいロックサウンドや美しいバラードが耳に飛び込む。
ふざけあってる姿は本当に楽しそうだった。変顔をしていると思えばその隣で超高音で騒いでるかえるがいて、その反対側を見てみれば動物と戯れていた、と思えば止まらない独り言の渦に飲み込まれていたこともあった。時間を止められては1人で5役もこなす超いじられっこもいれば独自の世界観の歌を作り上げる奇才もいた。
ただ、そのどれもが私の涙を流す原因でもあった。楽しそうだな、なんで私はこんなに、と落ち込んでいく。元気をもらえないわけではない。でも、どこか寂しい。
りょうちゃんは悲しまないで、と背中を擦り困って、ひろぱたちもなにもそんなに、とか、1人で悲しまなくてもいいじゃないか、と。頼って、と。
ランタンの灯りは私の気が滅入るのを表すように弱まっていく。風に揺れるランタンの火は今にも消えそうで、風が消し飛ばしてしまいそう。5人もなんだかうっすらと、小さくなっているよう。
別れが近い。私達6人の間にはそんな言葉が浮かんでいた。笑おうにも、お互いに見え隠れする焦りや恐怖が張り付いたままで顔は変わらない。
「言えることは言っておこう。君の耳に届くうちに。」
そういってありったけの言葉をかける5人。精一杯の演奏で、今まで一緒に歌った歌たちを演奏する。アレンジも入って迫真の歌が私に訴えかける。
私は笑えない焦りと別れへの恐怖、ここまでしても前を向けない情けなさで泣きそうだった。いや、泣いていたけれど、心配させたくなくて俯いて誤魔化した。
その時、灯火がひときわ明るく大きく輝きながら揺らいだ。誰となく呟いた。
「ああ、もうバイバイだ。」
揺らいだ火は今にも消えそうで、彼らもどんどん弱くなっていって。時間がない。そんな言葉が私たちの頭の上には浮かんでいた。そして、最後の力を振り絞るように大きく揺らいだ火は、なにか明るい先を暗示していた。そう、心の雨が上がるのはもうそこだ、と。この世にはもったいないくらいの明るい未来と。
灯りが消える__。
私は泣いた。まだ別れたくない、まだ一緒に楽しい夜を過ごしていたい。そう駄々をこねるように大泣きした。
駄々をこねて泣いていると、もっくんたちが笑った。消えゆく中で、光を放ちながら。泣きそうなのを必死にこらえ、とびっきりの笑顔を見せた。私はつられて笑った。なんでこんなときに笑っていられるの。それは焦りや恐怖に支配されていたときには絶対お互い見られなかった笑顔だった。
お互いが笑ったら、5人は安心して、穏やかな笑みを浮かべた。
いつかつぶやいていたことを思い出した。__火の灯りが僕たちの命なんだ。
火がフッと消えると同時に、さよなら、元気でね、ばいばい、と各々言ったように聞こえた。もう声は届かなかったけれど、そう言っていた。想いは届いた。5人は静かに闇に溶けていった。私は悟った。もう会えないんだ、と。誰かが落とした宝石の欠片のようなものを拾い上げ、胸に手を当てると、じんわりと温かいものが広がっていった。楽しそうに演奏していた曲がライブみたいにお腹に響いてくるようだった。ここにいた。ここで灯っていた。もう一夜だけじゃない。ずっとここで見ていてくれる。そう思うと自然と涙と何かがこぼれた。
それは、笑みだった。
笑ったようだった。
イヤホンは次の曲を流していた。
ふと思い立って、欠片とギターを構えてみた。あまりにもピックに似ていたので、使ってみたくなったのだ。無意識に抑えたのは、Dのフラット、そしてAのフラット。ギター以外の音が聞こえた。私も誰かに火を灯せる気がした。街が光ったようだった。
「綺麗」
爽やかな夜風に髪を靡かせ、呟いた。
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