水槽はピエロの顔面にヒットしその衝撃で割れ、中身の水がピエロにかかった。
ピエロが顔面を抑えてよろけ、前に膝をついた。
「今だ!」
渡慶次は上間の手首を掴んだ。
「飛び越えるぞ!」
そしてデスクに上ると、上間を引っ張り上げ、そのまま高く飛んだ。
蹲ったピエロの頭上を飛ぶと、渡慶次は彼女の手を引いたまま、廊下に駆けだした。
「早く!」
振り返って叫ぶと、知念ものそのそとデスクに上り、ピエロを飛び越えてきた。
「新垣!!」
渡慶次は叫んだ。
しかし新垣は校長のデスクに突っ込んだ体勢のまま、ピエロをただ見つめている。
「おい、何してんだよ…!?」
バトンで頭を打たれ、おかしくなってしまったのだろうか。
新垣はどこか法悦とした、とても正気とは思えない顔でピエロをのぞき込んでいる。
「――このアホ!気でもふれたのか!?」
渡慶次は上間の手を離し、新垣に駆け寄った.
ピエロは両手で顔を覆ったまま動かない。
まだ大丈夫だ。
おそらく数秒は。
渡慶次は今度は新垣の手首を掴み、駆け出そうとした。
そのとき、
『――ナニするの、ボクの顔に……!!』
ピエロの両手が顔から離れた。
「……!!」
その顔は、施されたメイクがドロドロに流れ落ちていて、ホラー映画さながらのおぞましさだった。
ピエロの手がそのまま後ろに回る。
出てくるのは鉄球か、それともバトンか。
どちらにしてもこんな至近距離では相当まずい。
――ヤバい、終わっ………
「……は?」
渡慶次は思わず声を上げた。
ピエロが取り出したのは、
真っ赤な口紅だった。
『メイクが落ちちゃったじゃないのオ。どうシテくれるのオ?』
ピエロはその場に正座すると、どこからか取り出した鏡で自分の顔を映しながら真っ赤な口紅を塗り始めた。
「―――」
渡慶次は口をあんぐりと開けた。
あのとき――比嘉がピエロの唇を噛んだとき、反応がおかしかったのも、すぐに追ってこなかったのも、もしかしてこれが原因―――?
「……ふ……」
渡慶次に手を掴まれた新垣が笑った。
「フフ……ふはははは」
新垣はもう一つの手で腹を抱えながら笑い出した。
「おい、しっかりしろ!!」
渡慶次は新垣の腕を掴み直すと、強く引いて走り出した。
廊下に出て東側に走る。
上間と知念も追いかけてくる。
ここはどこなのか。
どうやったら抜けられるのか。
死んだ奴らはどうなったのか。
何もかもわからないことだらけだ。
でも一つだけ、わかったことがある。
ピエロの弱点は、
―――メイクを落とすこと。
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彼女は、顔を上げた。
廊下を走っていく足音が四つ、確かに聞こえた。
「あらぁら。ろぅかを走ってぃる生徒がぃるわ」
彼女は、両手をデスクについて立ち上がった。
「【学校のきまり】第3条『校内は走らない』」
彼女は、壁に貼られた【学校のきまり】の一節を読み上げると、眉を潜めた。
「校則違反をした生徒は――罰しなぃとね」
彼女は、指示棒と呼ぶにはあまりにも太く、不自然に先の尖ったそれを掴むと、ぐいと引き伸ばした。
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