「未回答の部屋」
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※この話はnmmnです。界隈のマナーやルールに則った閲覧をお願いいたします。
※ありとあらゆるものを捏造しているのでヤバいと思ったら逃げてください。薄目で見ていただけると幸いです。
6:回答期限
「ここに来た子から聞いたの?」
きっと足跡でたらこが来たことは気づいてたんだろう。らっだぁは表情を変えないまま言った。
「……食うのか?人間を」
俺はまっすぐに問いかけた。
らっだぁは困ったように頭を振った。それから一つため息をついて、俺を見て深く頷いた。
「びっくりしたよ、明かりがついてるんだもん。この家の人間はとっくに食ったはずなのにさ」
出会ったあの日の話だ。俺は息を飲んだ。
「は……?」
「だから気になって見に来たんだよ。こんなところにまた人間が来たのかなって」
「道に迷ったんじゃない……のかよ」
「はは、自分の結界内で迷うわけないじゃん。ここは”人間の消える”神隠しの森、だよね?」
らっだぁは目を細めて笑った。大げさな身振りで語る姿は俺の知っているらっだぁじゃなかった。温度のない目はあまりに深く、堂々と立つ姿は威厳すらあった。
青白い肌も低い体温も、ご飯を食べたことがないのも人間の生活文化をあまり知らないのも、なにより尋常ではない不死の再生力も。
言われてみれば全部辻褄が合う。こいつは人間じゃない。話の通じない異形がたまたま人間の姿をしていただけだ。
「なんですぐに殺さなかったんだよ!?」
俺は思わず怒鳴った。思ったよりずっと大きな声が出た。
こいつは本当に人を喰う鬼なんだ。本人に聞くまではまだわずかに希望があった。でもそれも消えた。
あの暖かな時間は何だったんだ。裏切られた絶望が逆巻いて、腹の底から煮えたぎる思いだった。
「殺してきたのはそっちだろ、いきなりさぁ」
俺とは逆に、らっだぁは冷静だった。いつもみたいに皮肉っぽく笑っている。
「いやあれは……てかお前不死だろ?」
「そうだけどさ、本当に驚いたんだって!一瞬で殺されたのは久しぶりだったんだよ。珍しい能力だったし、食べる前に話を聞こうと思ったら気絶しちゃってるし」
らっだぁはきまり悪そうに頭をポリポリ掻いている。トランプで俺に連敗したのをカード運のせいにしたときみたいな顔だ。
思えば俺の「棘」は、ずっと俺を守ろうとしてくれていたんだ。出会った瞬間、らっだぁにいきなり最大火力の棘を刺したのも、物騒なことを言われたり触れられたりするたびに勝手に急所に刺さったのも、本能的にこいつがヤバいってわかってたんだ。……わかってなかったのは俺だけだ。
「だから起きるまで待ってみようって、そう思っただけだったんだけどな」
らっだぁは懐かしそうに言った。
強く握りしめた手が痛みを通り越して痺れてきた。最初に遭遇したときに俺は本当なら食われてたんだ。でもこいつが気まぐれを起こしたからこんなに長い間、……長い間、生きてしまった。
檻に飛び込んできたウサギを見るのはさぞ楽しかっただろう。籠の鳥が餌を食べるのを見るのは面白かっただろう。胸が痛い。悔しくてたまらない。この時間は何だったんだ。二人だけの日々は何だったんだ。
どうしてこんなに悲しいんだ。
「じゃあなんでそのあと訓練なんかしてくれたんだよ」
「えー?だって食べるときに喉に刺さったら嫌じゃん」
たらこの読みと大体同じことを言って、俺は場違いにも少し笑ってしまった。あいつ、人外の行動も読むの上手いんだな。それは今なんの励ましにもならないけど。
あの優しさは俺を食べる前の下ごしらえだったのか。魚とかを泥抜きするのと一緒だ。せっかくの獲物だからひと手間かけて美味しく食べたかったんだろう。
なのに、俺ばっかり心動かされて。
「それに、……なんでだろうな。それがずっとわからなかったんだけど」
らっだぁがなにか言っている。絶望で上滑る頭には入ってこない。もう何も聞きたくなかった。
食うならさっさと食えばいい。ここから逃げることなんてできないだろう。無意味なやり取りを早く終わらせてほしかった。
らっだぁが俺をじっと見つめてるのに気づくのにしばらくかかった。不思議そうな顔だった。俺が松ぼっくりに急に色を塗り始めたのを見ていたときよりも不思議そうだった。
「……なんだよ」
「ああ……、そうだ。かわいそうだったから」
「は?」
「だってお前、あんなに泣いてたから」
らっだぁは表情ひとつ変えずにそんなことを言った。
こいつは人間の文脈とは全く違う生き物で、きっと感情だってよくわかっていない。それなのにあのとき泣きじゃくる俺の頭を撫でてくれたことを俺も思い出した。
そうだ、あれが心にしみたから、俺は……。
「変な能力持つとろくなことないよね。辛かったんだよね?こんな森にまで逃げ込むくらい」
「なんだよそれ、哀れみか?」
「んー、わかんないけど。俺なら死なないし、お前の練習台にちょうどいいかなって」
ほんの少し、同情するような目でらっだぁは言った。
ただの感傷で申し出るにはどうかしてる取引だ。もしかするとそれ以上のものがあって、こいつにもなにかがあったのか、と思考を巡らせそうになって俺は慌てて止めた。
「俺、を、どうするんだ?」
捕食者に同情するなんて思うつぼだ。こいつの事情なんて知りたくない。
胸が苦しい。感情移入してる場合じゃない。俺はこの気持ちを振り払わなくちゃいけないんだ。
「そう!美味しそうだよね〜ぐちつぼって。こんなに美味しそうな子見たことないよ!」
大げさに手をぱんぱん叩いてらっだぁは満面の笑みを浮かべている。俺が出したご飯がとりわけ美味かったときもこんな顔をしていた。
「あのね、異能持ちの人間ってすごい美味しいんだよ?フォアグラとかあんな感じ。食べたことないけど」
「ないのかよ、せめてあるやつで例えろよ」
「じゃあキャビアとか、生ハム??まぁ、食べたことないけど」
「生ハムもないのかよ」
こんな状況でも相変わらず適当なことばっかり言ってくる。俺が呆れた顔をしたのを見て、らっだぁから表情が消えた。
「……俺は鬼だよ?人間しか食べないんだよ」
ゾッとするほど血の気のない目が俺を見ていた。
今、何かの気まぐれで会話をしてくれているだけで、本当は慈悲なんて欠片もない。きっと数え切れないほどの人間が最期にこの目を見て死んだんだろう。それくらい、今俺の前に立つ”鬼”は人外の威圧感を放っていた。
「俺が怖くなった?」
感情のない、平坦な冷たい声だった。俺はどうしたらいいかわからなくなってただ狼狽えた。
ずっと俺と一緒にいてくれたらっだぁと、人を喰う恐ろしい鬼の姿。それが決して混じり合うことなく紙一重で同居している。
「じゃあ、じゃあなんで……」
俺はもう何を聞きたいのかもわからず、それでも話を続けようとした。
会話をやめたら終わってしまう。終わる前に答えを出さなければならない。
まだ、まだ決められない。時間が全然足りない。今まであんなに時間があったのに、決断を迫られるときはどうしてこんなに一瞬なんだ。
「あ、でもお前の作ってくれるご飯、美味しかったな」
冷血な鬼は俺の知ってるらっだぁの顔になってへらっと笑った。その顔を見るだけで息が苦しい。呼吸が止まりそうだ。
「……唐揚げ、俺のぶんまで全部食べやがって」
「ごめんごめん、あれ本当に美味しかったんだもん」
「人間しか食わないんなら舌が終わってても関係ないよな」
「そうなんだよねー。だから、ぐちつぼのご飯、本当に全部美味しかったよ。……今日も唐揚げだと思ったのになぁ」
寂しそうな声だった。
二人で食卓を囲んだ日々が遠い過去になりそうで怖い。きっと玄関に置いてる買い物袋には材料が入ってて、呑気に雪だるまなんかも作って帰ってきたんだろう。
また俺がご飯を作ってくれるとばかり思って。俺に見せて喜んでもらおうと思って。
この部屋に帰ってくれば、いつもの日々が続くと思って。
「そんなんじゃなくて俺を食いたいんだろ?」
緊張で声が震えた。これを聞いたらもう戻れない。
手配書を思い出せ、こいつは今まで何人も食い殺した恐ろしい悪鬼だ。昼間は街で無辜の人間を食ってて、夜だって俺が寝てる間に抜け出して食ってたかもしれないんだ。
俺にご飯作らせてちゃんと飯を食わせて、欲しいものはなんでも持ってきて甘やかして、危ない棘が出ないように教えて飼い慣らして、そうやっていつか食べるために育ててたんだ。
「お前は今までいくつも街を滅ぼした悪い鬼で、俺を……俺を食べるためにここに閉じ込めて、生かしてただけなんだろ?!」
俺は声を絞り出して叫んだ。
目の奥が痛い。喉が引き攣れるように軋む。
頼むから恨ませてくれ。憎ませてくれ。
俺の知らないらっだぁは余す所なく悪人で、この部屋の外ではきっと悪事の限りを尽くしてた。
でも俺の前ではいつも優しかった。暖かくて、狭い世界の全てだった。
それも全部嘘だったと言ってくれ。
「そうだよ。棘がなくなれば、美味しく育ったら」
らっだぁの手が俺の頬に添えられた。深い青色が俺を見ていた。
「……なのに、食べたくないんだよね」
俺は目を見開いた。
「食べちゃえばお前とずーっと一緒にいられるんだよ?なのに、どうしても食べたくなくて。こんなの初めてだよ。ごめんね、だからこんなに長くなっちゃった。もっと早く食べてあげられたのに」
言葉の意味をゆっくり理解して、肩から力が抜けた。
迷ってたんだ。らっだぁも。
きっと、言葉にできない思いがなんなのかわからずにいるうちに時間が経って。
俺は浮かび上がる疑念から目を逸らし続けて。
そうやって二人で答えを保留し続けて。
「ぐちつぼはわかる?なんでなんだろう。なんでお前のこと食べたくないんだろう」
らっだぁは困ったような顔で俺に聞いてきた。
俺は何も言えなかった。
こいつは本当に鈍感で、話聞かなくて、大人げなくて、きっと人間の感情なんて微塵もわからない、俺とは全く違う生き物だ。
でももし、もしその感情を言葉にできていたら。俺はどう答えてたんだろう。
言葉はきっと通じない。らっだぁの辞書にその感情はない。
だから俺は手を取った。頬に添えられた手を掴み、握り返す。相変わらず人間離れした冷たい指を温めるようにしっかり握った。俺の熱が少しでも伝わるように。どこにあるのかもわからない心まで届くようにと。
青い目には泣きそうな顔の俺が映ってた。今泣いちゃいけない。俺は手に強く力を込めた。
俺だけの脈拍を感じながら、感触を確かめ合うように指を絡ませて握りしめる。まるで、恋人同士がするように。
「ああ…………そっか」
長い長い沈黙のあと、らっだぁが呟いた。俺は少しだけでもわかってくれることを願った。心のない人外に心を伝えるのは、もしかすると罪深いことなのかもしれない。それでも俺は伝えたかった。らっだぁにもわかってほしかった。
外の世界なんて関係ない。なにが起きてようがどうでもいい。
人喰いの青鬼?討伐対象?全部どうでもいい。
この部屋で、二人でいる間にらっだぁは俺を殺さなかった。優しかった。そんな弱い弱い白証明が、俺視点では全てだった。ここが世界の全てだった。
らっだぁは、俺の全てだった。
指がほどかれた。手がゆっくり離れていく。
高揚する俺とは逆に、らっだぁはひどく落ち着いた声で話し出した。
「ぐちつぼ、あのね。お前のその能力な、お前は本当に強いよ」
今の流れでこいつ急に何言ってるんだろう。怪訝な俺を置いてらっだぁは話し続ける。
「俺のこの身体は水面に映る月みたいなもんなんだよ。だからどんな攻撃も無意味なんだけど、あのときのお前の攻撃は”月”に届いたんだよ」
「……は?何言って……」
「多分、今も届くよ」
相変わらず言葉が足りてない。何いってんだコイツ。例えが下手くそだな。やっぱり雪道で頭打ったんじゃないか?昨日頭に刺さったトゲがまだ効いてるのかも。人外に国語は難しいか。俺じゃなくてこいつが本を読むべきだな。
「これからお前の仲間がたくさん来るよ。お前のことを助けに」
────いや、わかる。何を言ってるのかわかる。
俺に何をさせたいのかわかる。
俺は首を振った。言葉にすることさえ怖かった。
らっだぁが一歩近づいてきた。透き通る青い目がまるで深淵に繋がるかのように光を無くした。
「早くしないと食べちゃうよ」
伸ばした手がどす黒い青に豹変する。肉を裂くためにあるような鋭い爪が突きつけられる。
「仲間も殺しちゃうよ」
額から生えた二本のいびつな青い角に押されてニット帽が床に落ちる。
「お前の国も滅ぼしちゃうよ」
人間を喰い殺し続けた残忍な牙が眼前に迫る。
「俺が、怖くなった?」
目の前にいるのは異形の青鬼だった。爪も牙も人間を害するための形をしている。非対称の歪んだ角は血の通った鉱石のようで、不安にさせる形をしていた。身体のそこかしこで無数の目が悪夢のように蠢き、でたらめな場所から生えた何本もの青い腕が俺に掴みかからんとしている。
全然、怖くない。これがらっだぁの正体なのか?怖がらせようとしたって無駄だ。
あんな顔で食べたくないって言ったくせに。
「憎まれようと、すんなよ…ッ、下手くそ!!」
俺は悲しいくらい綺麗な青い顔を殴りつけた。堰を切ったように涙が溢れ出して首のマフラーに染み込んでいく。
「はぁ〜?上手いが?!」
「声にっ、抑揚がないんだよ!」
「それは……仕方ないやん、無理なんだよー」
「だから全然怖くないからな、残念だったな」
「見た目は?お前の心臓なんて簡単に抉れるんだからね。なんで怖がらないの?怖いでしょ!」
「怖くねぇよ!中身らっだぁじゃん。化け物が自分から怖い?とか聞かないほうがいいぞ」
「え、ストレートに聞かないほうがいいの?難しいなぁ……」
「大体どっから腕生えてんだよそれ、適当すぎる」
「えー、これがいいのに!!ぐちつぼにはわからんかぁ」
異形姿のらっだぁといつもみたいにギャーギャー言い争いながら涙が止まらなかった。
なんだ、結局何も変わってないじゃないか。俺はここにいられればいいし、らっだぁは俺を食えない。捕まった?食べるため?全部関係なかったんだ。俺たちは元通りだ。何も関係ない。
それで良かったんだ。それが続けばよかったんだ。
でも、そのうちみんなが来るだろう。そしたらすべてが終わりだ。
……そんなのは嫌だ。らっだぁとずっと一緒にいたい。
「本当になに考えてんだよ、そんな姿にまでなってさ」
「……お前の仲間が今にも来るよ」
らっだぁにも言われ、俺は黙るしかなかった。
現実がすぐそこにある。どうしたらいいかわからない。黙りこくった俺に向かってらっだぁは見た目だけが恐ろしいまま微笑んだ。
「俺、ランクSSなんでしょ?手柄になるじゃん。夢が叶うね」
「は……?」
一瞬何を言っているのかわからなかった。すぐさま理解して血の気が引いた。
「なに言っ……嫌だ、なんでだよ!?」
「お前、あの国の偉い人なんでしょ?俺を殺せば留守にしてたこと怒られないんじゃないかな。すんなり帰れるよ」
俺の地位を知られていた驚きよりも、らっだぁの言わんとしていることのほうが衝撃だった。
さっきの俺の思いは伝わらなかったのか?やっぱり人外に人間の気持ちは理解できなかったのか?
……違う、伝わったんだ。伝わったから、こうなったんだ。
「そん、なの、どうでもいい!!どうでもいいだろ?!関係ないじゃないか、この部屋じゃ、なにもかも!」
「わかったよ。じゃあお前、これなら」
適当な場所から生えた大きな腕が俺の身体を鷲掴んだ。さすがに怯んだ俺の頬を、らっだぁの冷たい両手が挟む。
らっだぁが顔を近づける。昨日の生々しい記憶が蘇る。
「ッ?!や、やめろ、駄目だって!」
俺は苦し紛れに足をばたつかせた。あのとき俺が刺したトゲでらっだぁはしばらく動けなかった。俺の攻撃はらっだぁの魂に届いてしまう。今度こそ殺してしまうかもしれない。それがこいつの狙いだ。
顔を背けようにも強く押さえつけられた。
らっだぁの唇が近づく。俺は思わず目を閉じた。
「え?」
「なんで……?」
暖かさが重なる。棘は出なかった。
驚いた顔のらっだぁと目があった。直後、確かめるようにまた唇が重なる。柔らかな感触がふれあい、離れ、また重なる。何度重ねても一向に棘は出ない。
「なんで、ぐちつぼ……?」
胴体を掴んでいた腕が消えた。魔法が溶けるように爪も牙もない人間の姿に戻って、ただのらっだぁが狼狽えている。俺はその背中に手を回して顔を近づけた。動揺するらっだぁに口づける。
今度はただ触れ合うだけじゃなく、角度を変えて何度も確かめ合う。吐息が甘い。胸の鼓動が頭まで響く。水音を立てて唇を吸われ、突き出した舌先を甘噛みされる。
それでも、棘は出ない。出なかった。
「キス、できたぞ、らっ…だぁ」
「ぐちつぼ、お前、どうして……」
俺の前でらっだぁは呆然としていた。
「わかるだろ?」
俺は手を広げて抱きついた。俺のすべてを預けるように、強く強く抱きついた。
らっだぁは我に返ったようにまたキスをしてくれた。何度も何度も、それから俺を抱き上げ、背中を優しく撫でながらベッドに降ろしてくれた。
「おぼえてる、よな?キス、できたら」
「うん……覚えてるよ」
昨日の約束。こんなに早く叶うと思わなかった約束。
キスをしたまま身体が押され、背中がベッドに沈む。唇を割って舌が押し込まれ、俺は溺れるように受け入れた。
身体が溶けるほどに熱い。素肌を撫でる手が心地よい。舌が俺を奥まで暴いて、息継ぎもできないほどに塞がれる。
絡めた指もそのまま溶けてしまえばいい。このまま俺がらっだぁの身体に溶けて、1つになれたらずっと一緒にいられるのに。
食べられたっていいのに。
「これで、俺も……外、行けるよな」
「そうだね、一緒に行けるね」
「雪、見たい、買い物したい、俺も、らっだぁと一緒、に」
「そうだね、行きたいね」
「春、なったら、花見、とかさ」
「うん、この森、春も綺麗だよ。花がいっぱい咲くよ」
「見たい、見たい……ッ、一緒に見たい」
「そうだね」
「ずっと……っ、いっしょ、に、いたい」
「……うん」
ぽたり、涙が俺の顔に落ちた。らっだぁの青い目からこぼれた涙が頬を伝い、俺の顔にいくつも落ちた。
ずっと一緒にいたい。らっだぁと、ずっと一緒にいたい。
「食べていいぞ」
俺のすべてを差し出せる唯一の言葉だった。
「食べたくないよ」
拒絶の言葉は、人を食い続けた鬼がきっと初めて抱いた感情だった。
たくさんの足音が近づいてくる。
ドアが乱暴に強く叩かれる。
聞き覚えのある人たちの大声。
俺の名前を呼ぶ声。
鬼に対する憎悪の声。
頼むから開かないでくれ。
開かなければずっとふたりでいられるのに。
この世界は全てから守られていたのに。
開いたら選択しなければならない。
答えを出さないといけない。
そんなのは嫌だ。
今が、この時間が、結論の出ない灰色の時間がずっと続いてほしい。
俺たちはお互いを強く抱きしめた。
腕の温もりが心地よい。
呼吸が耳元をくすぐる。
触れ合う唇がひどく熱い。
俺たちは何者でもない。
正体なんて知らないでいい。
ただのひとりとひとりでよかった。
名前なんてつかなくていい。
これ以上どうにもなりたくない。
答えなんて出せないままでいい。
このままで、ただそれだけでいいんだ。
ドアが破られた。らっだぁが顔を上げた。
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長い作品を最後まで読んでいただきありがとうございます。
この先はご想像にお任せしたいのですが、これは「制限時間内に何の答えも出せなかった」というエンディングです。ハッピーかバッドかそれ以外か、分類もお任せします。
書きたかったのはストックホルム症候群とリマ症候群のどちらもになってしまい、この部屋にいる限りは永遠に幸せでいられる共依存の泥沼、答えの出ない灰色の関係性だったので、それ以外の全てはフレーバーテキストです。
限界国とかの設定は最初はもっともっとフレーバーテキストだったんだけど流石にフレーバー過ぎてちょっと出してきました😇
続きは一応考えてあるんですが、私が限界の皆さんの解像度が2ピクセルくらいしかないのでマジで口調とか何もかもわからんのです…完
コメント
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時差コメ失礼します。 最初の頃に言っていた事などが全部繋がっていたり、見ていて凄く楽しかったです !!ストーリー内でそれっぽい言葉はあったりしましたが、直接的な愛情表現が無かったり。お互い人種が違くて考えてる事はあまり分からないのにお互い分かりあおうとしてたりとか。書ききれませんが本当にすごくいい作品でした !!!
良い作品でしたぁ。泣。直接的な言葉は無いのにふたりの愛が伝わってきて…!!想像力皆無なので考えている続きも気になります。。。 良い作品をありがとうございました!