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自分のことは自分で守る。
家も同じ、居場所も同じだ。其れを失わないためたらばどんな努力だって惜しまない。そんな事、才能ない凡人ならば当たり前。
カーテンの隙間から弱々しい朝日が差し込む。ああまただ。何度同じように朝を迎えただろうか。数えることでさえ憂鬱だ。
今から着替えて、支度して、カジノに向い、清掃、朝礼、会計、その他諸々。空き時間には顧客の情報を丸暗記せねば。
重たい体を無理やり持ち上げ、高級な生地で仕立て上げられた外套をはおると、カジノの支配人とは思えぬような乱雑な部屋をあとにした。
カジノでの私の執務室は絶対に誰も足を踏み入れさせない。
勿論、顧客の機密情報を漏らさぬためというのもあるがそもそも、誰かを入れるような部屋ではないのだ。書類の山に、本の山。ぎょっとするほどのエナジードリンク。
とても人には見せられない。それと、支配人たる者そう簡単に努力している姿を見せるわけには行かないのだ。最もこんな些細なことは努力とは呼べないのだが。
私は腰上ほどまである髪を木彫りの模様が入った櫛でとき、生気のない顔をぱんっと叩いた。
今日は私が特別にディーラーとしてカジノの表に立つ日。
普段は雇った従業員にディーラーやスタッフをやらせているが此処は賭場。勝つ人もいれば負ける人もいる。
金が余っているものは多少の損は気にしないだろうが人生を賭けてここに足を運ぶ人はなぜだから皆、ボロ負けする傾向にある。私が表に立つのはそのボロ負けした人たちの調整。
ここを守るため、多少の損はやむを得ないのだ。
わざと負けて金をやるなんてばかばかしい。そんなの私が一番わかっているがもしここで彼らが勝ち、救われたのなら再び此処にやってくることも考えられるだろう。
利益というのは損をしてからやってくるもの。少しの間の辛抱でその倍となって利が返ってくる。
凡人故に沢山のものを観察して、触れて、経験して、ようやく気づいたのだ。
こうすることによってこのカジノにも明日が訪れる。
私は今日の調整の為の「道具」の手入れを終えると、顧客の情報を今一度確かめた。
No.23059は母親の借金返済
No.05011は彼女の医療費
No.19584は子供の養育費
………
この作業をやめたいと思ったことは初めてから一度もない。私には必要な行為だから。辛いと思ったことはあるがそんな感情はただの道端に落ちている小石。私がやらなければならないことをやらない理由にはならないのだ。
深夜2時
今すぐにでも閉じてしまいそうなほど重い瞼を無理やり開けてまでいた理由は仕事。
客は増え続けるし、客が増えれば売上も上がる、売上が上がれば従業員の給料も増え、施設の整備もできる。
正直もう辞めたい。
カジノという家を守り続けたとて、私は私のことはわからなしい、一番欲しい情報は手に入らいない
………
私は何者で、なんのために生まれ、なんのために死ぬのか。社会的な動物として生まれたのなら、産声を上げた瞬間に社会の歯車の、螺子の一部として生きることを約束され、地位をもらう。
生きる意味を見失ってしまったとしても与えられた役割を果たすということは半永久的に残り続ける。
ならば、私はどうなのだろう。産声すらあげず、誰にも知られずひっそりと生まれ、知らず知らずのうちに私が存在して。
何も約束されず、何も与られずただ周りに流されふらふらと手の届かぬ希望を抱いて生きてきた。私はなんのために、誰のために生きているのだろう。
私はこの問をいつまで自分自身に問い続ければ良いのだろうか
嗚呼、苦しい。息が苦しい。世間が苦しい。
私はデスクの引き出しをそっと開け瓶を取り出した。
からからと虚しく音を奏でるそれは今の私には楽園に向かうための切符。
白い錠剤を40粒ほど手のひらに出すとそれを「全て」口の中に放り込み、水で流し込んだ。
ふわふわ、くらくら、なんて感覚はしない。只々吐き気に襲われて、目眩がしてただそれだけ。なのに不思議とその間は何も考えなくて良い夢のような時間。当に楽園。
ずっと此処にいたいこのままがいい。日は登らなくて良い。
嗚呼、もう疲れた。
そう一言嘆いてまた、弱々しい朝の日差しを浴びながら身支度をする。終わらない、終わらせられないなんて私はなんて幸せ者なのだろうか、、、