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コンコン。
扉をノックするとすぐに、
「どうぞ」
セレナの声が返ってきた。扉の近くでジェシーたちが話していたため、粗方予想はついていたのだろう。ジェシーは声をかけることなく、部屋に入った。
まず目にしたのは、入り口付近にいたフロディーだ。ロニが言ったように、監視のためここに陣取っているのだろう。逃げないように、二重の処置まで取っていたのが分かる。
そして奥に目をやると、懐かしい顔に出会った。
「セレナ……」
回帰してからずっと探していたためか、胸にグッときた。国外追放された五年もの間、会っていなかったことも相まって。
恐らくそれが表情に出ていたのだろう。セレナは微笑みかけると、ジェシーが口に出したかった言葉を、躊躇うことなく言った。
「お久しぶりですね、ジェシーお姉様」
「っ!」
驚きと共に確信した。セレナは私と同じ回帰した者だと。だからなのか、セレナが纏う空気が見知らぬもののように感じた。
五年の歳月が経てば、人は変わるもの。分かっていても、目の当たりにすると、何とも言えなかった。それはジェシーが変わらない側だったからかもしれない。けれど、セレナは……。
「あら、ジェシーお姉様は違うのですか?」
黙っていると、セレナが確認を求めてきた。
「いいえ。セレナの言う通りよ」
「でしたら、どうしてそのようなお顔するのですか?」
「これは……」
貴女の変わりように驚いて? 貴女も回帰しているから?
次々に涌き出る疑問に、ジェシーは言葉を詰まらせた。すると、ロニがジェシーの横にやってきて、セレナの後ろで座り込んでいるコルネリオを睨みながら言い放った。
「戸惑っているからだよ。自分を殺そうとした相手を、セレナが庇い立てするから」
「まぁ、ジェシーお姉様を?」
セレナはゆっくりと振り返り、視線をコルネリオに合わせるようにして座った。声は穏やかだったが、見るからに怒っている様子なのは、見て取れた。
「君が大事に思っているのは分かっている。だが、まだ知られるわけにはいかなかった」
「……またそうやって、自分だけで決めて動くのね、貴方は」
「相談したところで、君の考えは変わらないだろう」
「そうね。私の考えは、ずっと変わらないわ。貴方だってそうでしょう」
最期の一言に、コルネリオは体をビクッとさせた。
それはどういう意味なのだろう。二人の会話から、恋人同士という言葉が合うようには思えなかった。しかしそのやり取りは、二人が回帰している証だった。
ランベールの誕生日パーティーは、もう半月以上経っている。その間で、こんな会話を交わせるほどになるだろうか。
いや、セレナはその期間、コルネリオしか相手にしていない。可能と言えば可能だった。
ジェシーは一歩、近づく。
「セレナ。一体貴女に何があったのか、教えて。私は、ずっと貴女を探していたのよ」
「ジェシーお姉様っ!」
そう言うのと同時に、セレナは立ち上がり、ジェシーに抱き着いた。
一瞬、二ヵ月前にあった彼女の誕生日パーティーの時のことを思い出し、ジェシーも返そうとする。が、後ろにいたロニに肩を掴まれ、ハッとなった。
まだ、セレナが味方だと確定したわけじゃない。そう思わないといけないことが、少し悲しかった。
「ランベールの誕生日パーティーで、そこにいる男と一緒にいたって聞いたけど」
「はい。あの日、あそこにいるコルネリオと再会して――……」
「じゃ、やっぱり」
「私とコルネリオは、五年前に回帰しました。そして、ジェシーお姉様も」
セレナは少しだけ、ジェシーから体を離した。
「何故、私も? あの男に頼まれたの?」
ジェシーは声のトーンを落として尋ねた。肩を掴んでいるロニには聞こえるほどの。
「回帰魔法をレニン伯爵、いえ、今はレニン卿ですね。彼に頼んだのは、コルネリオです。回帰すれば、ランベールの問題に頭を悩ませることなく、王位につけたはずだと言って」
「ランベールの問題?」
「……ジェシーお姉様が、国外追放された後のことです。婚約を破棄したからと言っても、ランベールは正当な後継者です。そのため、コルネリオが私と婚約したからといって、すぐに王位に立つことはできませんでした」
ゴンドベザーの歴代王妃が、ゾド公爵家から輩出している、ということは、ゾドの血を引いている者を配偶者にすること、イコール王になれる図式が出来上がっていた。
また、常に背後にはゾド公爵家がいることも意味している。だから王になるには、セレナと婚約することが、第一の条件だった。
しかし、その条件をクリアしても、コルネリオは不利だった。ランベールの母親は王妃である。いくら愛情を注いでいなくとも、セレナと同じ、ゾド公爵家の力を有する王妃がいるのだ。
「父は、私と王妃様を天秤にかけ、王妃様を選びました。王族内で力を有する王妃様と、まだ力のない私では、当然の判断です」
セレナが使い物にならなくなっても、ゾドの血を引く年頃の令嬢を連れてくれば補充できる。そのために人形として育て上げたのだから。
ジェシーは下唇を噛んだ。
「私が国にいれば、少しでも手助けができたのではなくて。王妃様やゾド公爵に対抗できるだけの力はないけれど。他方に働きかければ――……」
「いいえ。ジェシーお姉様が国外にいてくれて、良かったと思っているんです。あのようなことに、巻き込みたくはありませんでしたから」
セレナはジェシーの手を握って言った。
「それに五年経っても、彼は王になれませんでした」
「だから、回帰?」
「はい。コルネリオの存在が知られる前に動き出せば、こちらに勝機がある、と」
「そのタイミングが、あの日。ランベールの誕生日パーティーだったのね」
王と王妃のいないあの場で、何も知らないランベールを襲うのは容易い。元々、警備も手薄だった。何故なら、ジェシーたちが婚約破棄の計画をしていたからだ。
「でも、どうして貴女まで姿を晦ませる必要があったの?」
今の今まで、この王女宮にいるのは何故? そうジェシーが聞くと、セレナが顔を背けた。
「皆の関心が私に集まるから、と彼が。そうすれば、ランベールにも目を向けないから、と」
何ていうこと! これはランベールではなく、コルネリオに目を向けないための処置じゃないの!
ジェシーはセレナの手の上に、自らの手を乗せた。
「セレナは納得していないのね。コルネリオのやり方に」
「いいえ。それによって、ジェシーお姉様に危害を加えてしまったことが辛いんです。これでは、何のためにジェシーお姉様も回帰するよう頼んだか、意味がなくなってしまいます」
「それは……どういう、こと?」
私を回帰させたのは、コルネリオに王位をつかせるために、必要だったからじゃないの?
セレナがいなければ、ランベールの誕生日パーティーで、婚約破棄の計画を無理やり実行しない。
私はいつだって、セレナが求めれば、力を貸していたから。
セレナは真っ直ぐジェシーを見詰めた。そして、回帰してからずっと、ジェシーの中にあった疑問に答えた。
私が“回帰した理由”を。
「ずっと私は、ジェシーお姉様を国外に追放してしまったことを、後悔していました」