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二日後、ユウリは退院した。快復に向かっているため、日常生活に戻って問題ないと判断されたためだった。
その日はルカの神葬だった。死の当日に行われなかった理由は、兄であるユウリの退院を待つためだった。
法皇庁関係者を含めて、多くの者が列席していた。フィアナ、シャウアの姿もあったが、話しかけはしなかった。
翌日からユウリは登校を再開した。午前は授業を受けたが、昼から早速、|悪竜《ヴァルゴン》退治の任務が課せられた。場所は、ルミラルの右翼の先端の川辺だった。
「久々の、そして待望のゴールデン・タッグ結成ですね。ただ二人がかりで敵が通常の|悪竜《ヴァルゴン》一匹では、物足りない思いもあります。ただおそらくこの人事采配は、ユウリ君のリハビリを兼ねている。だからわたしとしては、全力でもって臨むだけ。ベストオブベストを尽くすだけ! ですっ!」
前を行くカノンから強い自負を感じさせる言葉が来た。
ユウリは「おう」と気のない返事をし、カノンの後ろを歩き続ける。
下草の道を踏みしめる単調な音が続く。疎らに生えた木々の間からは、眩いばかりの陽の光が降り注いでいた。
しばらく歩くと林が途切れ、川が現れた。幅は二十ミルトほどで、清らかな流れを見せている。両側にはたくさんの小石が見られ、自然豊かでなんとものどかな場所だった。
だが川の中ほどに、周囲の風景にそぐわない異形の姿があった。|悪竜《ヴァルゴン》だった。ぐるりと首をユウリたちに向けると、猛々しく鳴いた。すぐにばしゃばしゃと水を跳ね上げつつ突進してくる。
カノンは早口で詠唱し、キビタキの翼と黒黄刀を生成。遅れはしたが、ユウリも詠唱を開始する。しかし。
「……翼が、出ない?」ユウリは呆然と呟いた。いつも通りにやるのだが、翼も武器も出現する気配がなかった。
|悪竜《ヴァルゴン》が火球を吐いた。どす黒い死の炎が轟音とともに迫り来る。不意を突かれたユウリは目を瞑った。だが一秒ほど経っても何の衝撃も来ない。
「甘い! いやもはや甘々です! そんなちんけな炎で、わたしたちの永遠の絆をどうにかしようだなんて!」
芝居じみた口調の喚き声がした。ユウリが目を開けると、目の前にカノンが仁王立ちしていた。そのすぐ前には黒色の火の粉が舞っており、すぐに消えた。
「カノン。……ごめん」カノンに守られたと知ったユウリは悄然として呟いた。
カノンはちらりと振り返ると、にかりと屈託のない笑みを浮かべた。
「今、ユウリ君は、終わりの見えない暗黒の淵にいるのです。でもわたしにはどうにもできません。ユウリ君の内面の問題だから、自分でどうにかするしかないのです。それまでわたしは、外患という外患を根こそぎ引っこ抜いて、ぼっこぼこにしてぺちゃんこにしてやる所存です!」
達観した口調で宣言したカノンは、ふわりと飛翔。|悪竜《ヴァルゴン》に急接近し、黒黄刀をテイクバックする。
|悪竜《ヴァルゴン》は噛みつかんと口を広げる。カノンは羽ばたいて回避。後方に回り込み、横薙ぎに一閃する。
胸を切り裂かれた|悪竜《ヴァルゴン》は絶叫した。瞳のない両眼に憤怒を浮かべ、カノンへと突き進む。
その後もユウリは蚊帳の外で、カノンは戦い続けた。躱し、いなし、隙を見て切りつけ、カノンは危なげなく|悪竜《ヴァルゴン》を追い込んでいく。
(シャウア。お前は、ずっとこんなだったんだな)ユウリはぼんやりと、シャウアの悩みを察する。
大事な人に身体を張らせるやりきれなさ。自分では誰も助けられない無力感。ユウリは嫌が応にもそれらを痛感していた。
|悪竜《ヴァルゴン》、その場で一回転。人間の胴体並みの太さの尾でカノンを狙う。
カノンは頭を引いて避けた。身体を戻す勢いも利用し、左腰に置いた黒黄刀で顔面を狙う。
右目に命中した。|悪竜《ヴァルゴン》は苦しげに吠えて、右へと倒れていく。
カノンは地を蹴って加速。|悪竜《ヴァルゴン》の頭が地に着くや否や、両手持ちした黒黄刀を高く掲げて振り下ろした。
ザギッ! 黒黄刀が|悪竜《ヴァルゴン》の首を貫いた。|悪竜《ヴァルゴン》はびくっと痙攣し、すぐに完全に動きを止めた。
ユウリが言葉に迷っていると、カノンは振り返った。またしても純粋で、どこか寛容さも漂わせる笑顔をユウリに向けてくる。
いつもは幼いとしか感じないカノンが、不思議と今はずっと年上に思えた。