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「じゃ、もう会うことは無いと思いますけど。」
「行こ涼ちゃん!」
「うん…。バイバイ天海さん。」
涼ちゃんの肩に触れている元貴を視界に、さっさと帰ろうと車へと1歩を進めた。だけど、一つだけ気がかりなことがある。足を止めた俺に不審そうに振り返った元貴に車の鍵を手渡し、ジェスチャーを示す。先に行ってて、と言う意味だったが、どうや伝わったらしい。どうしたの?と困惑する涼ちゃんの手を引いて車へと向かってくれた。
「……ねえ」
「まだ何か?」
まだ居るだろう相手に振り返って放てば、案の定言葉が返ってくる。こいつが涼ちゃんの事を好きなのは知っている。さっきのキスのこともそうだが、実はこの屋敷を出る直前涼ちゃんにあるものを手渡した。言わば盗聴器というものだ。あまりもの聞こえは良くないが、ようやく涼ちゃんと出逢えたチャンスを無駄にはしたくなかった。
「なんでこんな直ぐに外に出したんだよ。」
「……何か裏があると?」
核心を着くような台詞にドキリと胸が跳ねた。心を見透かすような瞳が何とも居心地が悪い。俺だってちゃんと感謝はしている。けれど、やっぱり疑いが勝ってしまうんだ。ただの”好き”だけでこんなにも行動出来るとは思えない。
「…信用出来ない。」
小さく呟いた俺の言葉に、目の前から笑い声が聞こえた。
「っはは、正直ですね。」
楽しそうな笑みを浮かべる様子をきょとん、と見つめていると、笑いが引いた後に真っ直ぐと瞳を向けられ、言葉を紡がれた。
「裏の裏は表ですよ。」
「は……、?」
「…愛は人を突き動かす。貴方達だってそうでしょう?」
思わずはっ、とする。ここまでの長かった道のり。全てにおいてずっと涼ちゃんの事を考えていた。勝手に当たり前だと思っていたこの愛。愛すのも、愛されるのも、当たり前じゃないんだ。
「…ありがとう。」
今度はしっかりと目を見て感謝を伝える。それを受け取った瞳が細められた。
「こちらこそ。」
「遅いよ若井。涼ちゃん寝ちゃったし。」
「ほんとだ。…疲れてたのかな。」
「俺後ろでいい?」
「うん。涼ちゃんの事見ててあげて。」
元貴達の居る車に戻ると、後部座席ですやすやと可愛らしい寝息を立てる涼ちゃんが居た。久しぶりに見れた寝顔を存分に堪能したかったが、グッと堪えて運転席に座る。どうやら元貴も後ろに座るようだ。涼ちゃんの隣に座り、上着をかけてあげた元貴をバッグミラー越しで視界に映し、エンジンをかけた。
あれから数週間が経った。特にこれといった問題に当たることも無く、平和に過ごせている。とは言っても、何もしないでこのままの生活を送れるわけではない。
「あー…、えっと…。どうしようかな…」
やはり、”藤澤涼架”という存在が無くなったこの世界。上手く世の中の話と噛み合わないことがある。勿論何も残っていないわけだから、書類などの手続きも上手くいってくれない。涼ちゃんの代わりに、俺と元貴で全てをこなしているが限界はある。そういう時、ある人に電話をかけるんだ。
「あ、もしもーし。また涼ちゃんのやつなんですけど。」
「ああ、そのことか。全てこちらに任せてくれ。」
「ありがとうございまーす!」
相手はそう、西山。出会う前に素性を調べ尽くしていたが、思っていた以上の権力があって驚いた。
涼ちゃんを連れて帰ったあの後、何処から電話番号を手に入れたのか、スマホに一通の電話が掛かってきた。聞こえてきた声の主に一度は警戒したが、内容は好意的なものだった。何か困ったことがあったら手を貸す、と。最初のうちは、困ることなんてないと強がっていた。けれど、家に着くや否や涼ちゃんの様子がおかしい。額に触れれば火傷してしまいそうなくらいの熱さ。急いで病院に行こうとしたが、頭の中にある言葉が過ぎった。涼ちゃんという存在が消えている、と。完全にパニックになった俺に冷静な元貴が、「何の為の電話だよ」と言ってくれたお陰で何とか乗り越えられた。それからはよく西山に頼るようになっている。
「西山様、このオリーブオイルとサラダ油の、違いは…って、お電話中でしたか。申し訳ございません。」
「!天海さんだー!!」
「ちょ、涼ちゃん!」
電話口から聞こえてきた声に、隣で元貴膝の上に座りながらテレビを見ていた涼ちゃんが反応を示した。どうやら相手にも聞こえていたようで、微かに笑い声が聞こえてくる。
「天海、使用人達が何か思い悩んでるみたいなの。でも私じゃ上手く言葉に出来なくって…、あ、電話中でしたか!?」
「…お前達は本当に仲がいいな。」
楽しそうな3人の話し声。
目を覚ました涼ちゃんが真っ先に心配していたことを覚えている。天海と氷室のことだった。「2人とも死んじゃったりしないよね…」と泣きそうな表情で呟いていた。すぐにでも否定してあげたかったが、真っ白とは言えないあの世界。何も言葉を紡げなかった。
だが、暗い予想とは真反対で、”責任”という形であることを行ったらしい。2人の役割を交換して、互いの欠点を知ることにした、と。
「……天海。砂糖と塩の違いも分からないのにこれも分からないんじゃもう終わりよ。」
「氷室だって、言葉をかけることを前提とし過ぎなんです。静かに耳を傾けることだって大切なのに。」
お互いの出来ない事を教え合う2人は、たまに言い合うことがあれどいい相棒だ。これが西山なりの”責任”の形なら、俺は何も言うことは無い。安心した涼ちゃんにも笑顔が増えた。
「とりあえずこちらで済ませておくよ。また困ったら電話でもしてくれ。」
呆れたように笑った西山の声と共に電話が切れる。スピーカーにしていた俺のスマホを覗き込むように見ていた涼ちゃんが顔を上げる。
「何か不思議だね。」
「不思議?」
ふと呟かれた台詞に首を傾げる。どうやら元貴も聞いていたようで、興味津々な顔でこちらを見ている。
「…元貴と若井の間でしか、僕は存在してないみたい。」
そう言って俯いた涼ちゃんの姿に、自身の中の欲が溢れだしそうになった。俺たちだけが知っている涼ちゃん。その事実に思わず口角が上がりそうになる。
「嫌なの?」
話に耳を傾けていた元貴がふいに口を開いた。一瞬驚いたような顔をした涼ちゃんだが、直ぐにいつものように微笑んだ。
「嫌じゃないよ。2人とも頼りになるし。」
それに、と言葉を続けた涼ちゃんの姿をじっ、と見つめる。
「2人の思ってること分かるから。」
そう言って、ニコリと笑みを浮かべた涼ちゃん。まるで俺らの言葉を待っているかのように。だから、お望み通り言葉を紡いであげる。
「「俺達だけでいいよ」」
コメント
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お望みどおりの言葉分かってかけれるの流石だなぁっておもう😽💖(西山さんすごい😳)
例え世間から消されても、支えてくれる人がいれば生きていけますよね。とっても素敵でした💓