「大好きだよジョングガ」
ヒョンの持つ包丁が目の前に迫る。
あぁ、もしも僕がヒョンを愛してしまわなければこんな事にはならなかったのだろうか。
それとも、ヒョンと出会ってしまった時点でダメだったのだろうか。
神様は時に優しく、時に残酷なことをする。まさにこの状況だ。
「殺してください」
もう、逃げてしまいたい。ヒョンからも、現実からも。
「、、、おれ、何してんだろ、、」
「え?」
「ジミナを殺して、、ジョングガまで殺そうとしてる、、」
ヒョンの包丁を持つ手が震えていた。
「ヒョン、?」
「おれ、、なんてこと、、ッ」
急にどうしたんだ、、?
「ヒョン、」
「こんな、、こんなつもりじゃなかった、!まさか人を殺すなんて、」
ヒョンの手から包丁が滑り落ちた。
「おれ、、どうしよ、、警察、、」
「ヒョン?どうしたんですか、」
さっきまでのヒョンとはまるで別人だった。
僕が落ち着かせようと手を伸ばすと、その手を振り払い目に涙を溜めて怯えていた。
「ジミナを殺した、、ジョングガを刺して、」
何が起きた?
「ヒョン落ち着いて」
「落ち着けるわけないじゃん!人殺したんだよ?!どうすればいいの、、っ」
「今更なにを、、」
ヒョンがうずくまる。まるで現実逃避をする様に。
「ジョングガ、おれ、」
「ヒョン、今更なに言ってるんですか。ほら、包丁握って」
ヒョンに包丁を持たせる。
あれ、僕何してるんだ、?
「早く殺してください」
「い、やだ、」
「ほら早く。待たせないでください」
考えていない言葉が次々と口から出ていく。
「早く殺せって言ってるんです」
「さぁ早く、ヒョン」
「無理だよっ、、」
「じゃあ先に逝きますか?」
ヒョンから包丁を奪い取った。
「え、、ジョングガ、?」
「ヒョン、僕が殺してあげます。先に逝って待っててくださいね」
「ヒョンが言ったんですよ、ずっと一緒にいたいって」
僕は何の躊躇いもなくヒョンに包丁を突き立てた。何度も、何度も。
ヒョンが1ミリも動かなくなってから僕は鏡を見た。その鏡には返り血で真っ赤に染まる僕が映っていた。
その顔は、笑っていた。
、、ジョングガ、、
誰かに呼ばれた気がして振り向いた。周りは真っ暗になっていて何も見えない。
「誰、?」
僕の声は闇に吸い込まれていく。
「ジョングガ」
今度はすぐ近くで声が聞こえた。横を見ると、テヒョニヒョンが立っていた。
あれ、おかしいな、殺したはずなのに。
「ヒョン、ここはどこですか」
「僕、地獄に落ちたんですか?」
「違うよ。ねぇジョングガ、ここを出よう」
「どうやって、、」
「ほら、行くよ」
ヒョンが僕の手を握って走り出した。
しばらく走ると、扉が見えてきてヒョンが走るのをやめた。
「あの扉を開ければ外に出られる」
「じゃあ行きましょう」
「ううん、おれは行けない」
「どうして、、」
「おれはもう、ジョングガの記憶の中でしか生きられないから、」
「どういう事ですか、、」
「とにかく行って。ジョングガ、愛してる」
いつの間にか扉が開いていて、ヒョンが僕の背中を押した。
目を開けると真っ白な天井が見えた。
「ヒョン!ジョングギが、、!」
「ジョングク!」
見慣れた顔が僕を心配そうに覗き込んでいる。
「あ、れ、、僕、」
何が何だか分からない。さっきまで僕はテヒョニヒョンと一緒に、、
「、、テヒョニヒョンはどこですか?」
「、、テヒョンは、、死んだよ」
ヒョンが、死んだ、?
「半年前に、自分で首を吊った」
「半年前、、?」
「ジョングク、お前は包丁を持ったテヒョンに襲われて強く頭を打ったんだ。それで半年間ずっと目を覚まさなかった」
「そんな、」
「テヒョンはお前に依存してた。だからお前を監禁したり、酷いことをして自分のそばに置いていた。そしてついに、包丁でお前を殺そうと、」
「違う、、」
監禁したり酷いことをしていたのは僕だ。ヒョンはそんな事してない。
「ジョングク、これは事実なんだ。もし納得がいかないのならお前は長い夢を見てたんだろう」
夢、、?今まで見たものは全て夢、?
「ジョングギ、あんな事されてもテヒョナのこと大切にしてたよね。だからきっと認めたくなかったんだよ。テヒョナが自分を殺そうとするなんて」
、、僕は、ヒョンを心の底から愛していた。
ヒョンを、悪者にしたくなかった。僕が我慢さえすれば、ヒョンと僕はずっと愛し合えるから。
「あぁ、なんて、」
なんて酷い夢だったんだろう ──。
「僕、ヒョンに会いました。ヒョンは笑顔で、だけど少し寂しそうに僕に愛してると言いました」
「だけど、、夢の中だとしても僕はヒョンを殺したんです。この手で、何度も何度も包丁を振り下ろした、、」
本当に酷い光景だった。
「僕は、ヒョンを道連れにしようとしました。ヒョンもそうしようとしていました。だけどヒョンは、僕を殺す直前で我に返ってしまったんです」
「だから僕が代わりに、、」
ヒョン達は僕の話をただ静かに聞いていた。
続きを話そうとする前に涙が溢れた。何の感情なのか分からない。悲しみなのか、安心なのか、それとも恐怖なのか。
「ヒョン、僕は、」
「あなた無しでは生きていけない、」
ヒョン達が息を呑んだのが分かった。
「ジョングク、、やめろよ」
「ヒョン達には申し訳ないです。何から何まで、巻き込んでしまって」
近くにあった果物ナイフを手に取る。
「僕、ヒョンの所にいきます」
ナイフを心臓に突き刺す。
血がたくさん出ているのが分かる。
「ヒョン、、愛してる、」
薄れていく視界に、一瞬だけテヒョニヒョンが見えた気がした。
ねぇヒョン、僕は、なにをされても一生あなたと生きていくと決めているんです。だから待っててください。すぐに行きます。
END