舞踏会前夜ヴィオラは、中々寝付く事が出来ずにいた。先日は未遂で済んだが、明日の夜はレナードは、多分あの続きをするだろう。こういう事に疎いヴィオラは、実際にはどんな風にされるのかは、想像出来ない。だが、あの時確かに、恐怖を感じた。
不安に襲われて、落ち着かない。
「少し、風にでも当たろう……」
ヴィオラは燭台を手にして、静かに廊下に出ると中庭へ向かった。
この時間、城内は静まり返り真っ暗闇で、物音1つしない。ヴィオラはずっと歩く事が出来なかった故に、屋敷の部屋に篭っていた。
この城に来てからも、こんな夜中に出歩く事などなかった。
こんな世界は、初めてだ。暗い廊下を、燭台の蝋燭は頼りなく照らし出す。
暫く廊下を歩きながら、ヴィオラは少し後悔をした。
ちょっと、怖い。何か、出そう……。
身体を震わせながら、ヴィオラはようやく中庭へと辿り着いた。中庭までがこんなに長く感じるとは思わなかった。何時もの、倍以上はかかった気がする。
「……気持ちいい」
中庭に出ると、心地良い風が吹いていた。月明かりに照らされ、そこに怖さはない。寧ろ、神秘的で美しい。
「きれい」
昼間では絶対に見る事の出来ない光景に、ヴィオラは感嘆の声を洩らす。
ヴィオラは、ガゼボにあるテーブルに燭台を置くと、近くの木の下に座った。
木に凭れ掛かると、月を見上げる。
明日、お披露目があり、直ぐに式を挙げる事になる。
本当に、これでいいのだろうか……。
レナードと、結婚したら2度と、この城から出れないだろう。
その瞬間、ヴィオラは気付いてしまった。
「私は……何一つ、変わってない」
あの部屋から、出る事が出来た。ずっと諦めていた……私は、あのままだと。だが、歩く事が出来た。これが、自由などだと思った。
だが……。
あの部屋が、この箱庭にすり替わっただけだ。小さな窓から見えた景色が、ほんの少し大きなものに変わっただけ。見上げる空は、切り取られた世界だ。
私は、何をしているのだろう……。私は、結局何も変われない。歩けても、歩けなくとも。これなら、歩けない時と大差がない。
だが、今更だ……。
今更、結婚したくない、などとレナードに言える筈もない……。
レナードはヴィオラに、とても優しくしてくれるが、ふとした瞬間怖さを感じる事がある。理由は分からないが、ヴィオラを見るあの瞳に、言い知れぬ何かが秘められている様に思えた。
諦めるしか、ない。我慢するしか、ない。
元々、自分はそういう運命だった。そもそも、レナードがあの時、現れる事がなければ自分は屋敷のあの部屋で、一生死ぬまで過ごす事になっただろう。そう考えると、レナードは恩人とも言える……。
良いじゃないか、それでもってレナードは自分を妻に迎えてくれるというのだから。
王太子妃なんて、凄い事だ。多くの女性達が、挙ってなりたがる。そして、将来は王妃だ。何が不満なの?
ヴィオラは膝を抱え、頭を埋め、自問自答を繰り返した。
そして、ふと頭に浮かぶのは、やはり彼だった。
彼なら、なんて言うだろう……。
「助けて……テオドール、さま……」
瞬間、嘆願する呟きと共にぽんっと、頭に手を置かれた。心臓が止まりそうな程、驚いた。
こんな時間に一体誰が⁈まさか、レナード様⁈怒られる‼︎
こんな時間に部屋から勝手に抜け出した事、他の男の名を口にした事……。以前、レナードに、廊下ですれ違った執事の話をした。とても親切な人で、まだ慣れない広い城の中で、迷子になってしまったヴィオラを、部屋まで送り届けてくれた。仕事だから、当たり前かも知れないが、とても優しい人だった。
その時のレナードは終始笑顔だったが「君のその愛らしい唇から、他の男の事は聞きたくないな」瞳が、冷たく刺さる様に感じた。
「お仕置きが必要だね」とも、言われた。
レナードの、お仕置きは段々エスカレートしている。次は、何をされるのか……。
ヴィオラは、顔を上げる事が出来ずに、ギュッと瞳を瞑った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!