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おかしい……いつになっても、何の反応もない。相変わらず、頭は撫でられて続けているが……。
手の主がレナード様なら、もうそれでいい。早く声を掛けて欲しい。心臓がもたない。でも、情けないが自分から顔を上げる勇気もない。
ヴィオラは、どうする事も出来ずに固まっていた。嫌な汗が、身体を伝うのを感じた時。
「っ……⁈」
フワリと、優しく抱き締められた。
ヴィオラは、瞳を見開いた。この匂い……嘘、そんな訳ない。だって、此処は城の中で……それに、彼はーー
「ヴィオラ」
「っ……どうして」
ヴィオラは、ゆっくりと顔を上げた。すると、そこにはヴィオラが今会いたくて仕方がない人物がいる。
「ヴィオラ、君に逢いに来たよ」
どうして、此処にいるの?どうして、私に逢いに来たの?どうして、ですか?テオドール様……。
色々な言葉が浮かんでは消えていく。なんて、言えばいいのか分からない。
「テオドール、様……逢いたかった、です」
ヴィオラの口から出た言葉、陳腐で、つまらない言葉だった。
「僕も、君に逢いたかった」
ヴィオラは、テオドールにしがみ付く。テオドールは、そんなヴィオラを更に自身へと引き寄せるとキツく抱き締めた。
「どうしてテオドール様が、いらっしゃるんですか」
木の下に座り直すヴィオラとテオドール。テオドールは、ヴィオラを膝の上に乗せていた。
「あー……その。君が、気になって仕方がなくて……。あの後、国に帰ったんだけど、君がどうしてるか気になってしまって、仕事も手につかないし、ね……逢いに来ちゃったよ」
月明かりに照らされ、テオドールの頬が赤く染まっているのが見える。ヴィオラは照れるテオドールに、くすりと笑ってしまう。
「ふふ、良かった。テオドール様は、てっきり私の事など……忘れってしまっているとばかり思ってました。だから、覚えていてくれて、嬉しいです」
「忘れる筈ないよ」
テオドールは、ヴィオラの頬に手を遣ると、優しく撫でた。
「君と別れてから、1秒たりとも忘れた瞬間なんてない」
今度はヴィオラが頬を染める番だ。久しぶりにテオドールの声を聞いて、気持ちが落ち着く。あの日から、ヴィオラもテオドールを忘れたくても、忘れる事が出来なかった。
ずっと、このまま時が止まれば良いのに……。明日が来なければ、いい。そうすれば、レナードと結婚する事もない。
「テオドール様……私、明日レナード様の婚約者としてお披露目されるんです。そうしたら、直ぐに式を挙げて、結婚します」
テオドールは、別段驚く様子もなく頷いた。
「ヴィオラは、それでいいの?」
唇を、無理やり弧を描かせる。自分で選んだ事だ。レナードに逢いに行く為に、テオドールの手を借り、歩ける様に努力した。努力は実り、歩ける様になった。歩ける様になり、自分の意思で、レナードに逢いに来た。
あの時、本当は、行ってしまうテオドールを引き止めたかった。だが、そんな資格はヴィオラになかった。だから、何も言わなかった。
何も言わず、無理やり笑みを作るヴィオラに、テオドールは顔を曇らせた。
「ヴィオラは、それで幸せなの?そんな風に、無理に作り笑いをして、自分自身を誤魔化して」
「っ……誤魔化して、なんて」
「ねぇ、ヴィオラ。我儘でも、自分本位で構わない。君の正直な気持ちが聞きたいんだ。僕に教えて?ヴィオラは、どうしたい?彼と結婚したい?それとも、結婚したくない?ここにいたい?いたくない?君の望みは何?……僕が君の望みを、叶えてあげるよ」
ヴィオラは、ここまで言っても、尚も躊躇っている様子で、黙り込んだままだ。テオドールは、唇をきつく結ぶと、又口を開いた。
「……1つだけ、君に伝えなくてはならない事がある」
ヴィオラは、呆然としながらレナードをただ見ていた。
「……デラが、亡くなったんだ」