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『――地方では、今日の夕方から夜半にかけて、大荒れの天気になると思われます。土砂災害や河川の氾濫に十分な警戒を……』
ラジオから流れてきた気象予報士の声に、助手席の言凛が小さく息を呑んだのが分かった。
現在、自分たちの住む地域に、大型の風台風が接近中。
進路を見ると、ドンピシャでこの辺りを通過するみたいで、大学も早めに講義を切り上げ、明日も大事をとって午前中いっぱいは全講義臨時休講になっている。
フロントガラスを濡らす雨も、風とともに徐々に激しさを増していた。
悪天候になりそうだった今日、大学への行き帰り恋人の送迎を買って出た寛道だったけれど、今の反応を見たらこのままアパートまで送り届けて「じゃあな」でいいのか戸惑うところだ。
「コト、台風苦手なのか?」
ハンドルを握ったまま何の気無しに問えば、言凛が
「雨は平気。ただ、風が強かったりするのがちょっと……」
と溜め息を落とす。
聞けば、子供の頃に激しい風雨で庭木が倒れ、言凛の部屋の窓ガラスを直撃したことがあるのだそうだ。
「すぐお母さんたちが駆けつけてくれたけど、ベッドのすぐそばまで木の枝が入り込んでて……物凄く怖かったの」
真夜中の出来事だったらしい。暗い中、眠っていていきなりそんなことがあれば、トラウマにもなりそうだな、と寛道は思う。
「今夜、お前ん家、泊まっても平気か?」
気がつけば、思わずそんなことを口走っていた。
***
一旦言凛をアパートに送り届けて実家に車を置きに戻った寛道は、母親に事情を話した。
「怖がってる彼女をひとりアパートに置いとけねぇし、俺、今夜はコトん家に泊まるから」
そう言ったら、母親は「泊まるからって無責任なことはするんじゃないよ?」と噛んで含めるように言ってから、「これ、持っていきなさい」と夕飯のおかずを容器に詰めて持たせてくれた。
「恩に着る」
言って、着替えなどを準備してタクシーを呼ぶと、寛道は言凛の待つアパートを目指した。
***
「ごめんね、ヒロ。わざわざ来てもらっちゃって」
一応もしもに備えて水やパンを買い込んで言凛の元へ戻ると、彼女が開口一番そんな風に言って眉根を寄せる。
付き合い始めの頃は、寛道の幼馴染みの女の子同様オリーブベージュ色に染められていた髪も、今は出会った頃のような黒髪に戻っている。
ゆるふわな印象を与えていたゆるめのパーマもやめたのか、綺麗なストレートだ。
髪がまっすぐに伸ばされた分、以前より少し長くなったように見えるけれど、実際には毛先を少し切り揃えたため短くなっている。
これ、寛道が自分自身を見てくれるようになったことで、彼の好きだった女の子を真似る必要がなくなったと言凛が感じたからなのだが、寛道はそのことに気付いていない。
ただ、「黒髪ストレート、コトに似合うな」と思っているのは確かで。
今だって、寛道は憂いを帯びた表情で自分を見上げる言凛のことが、愛しくてたまらないと感じている。
「バーカ。俺はコトん家に泊まれる口実が出来てラッキーだって思ってんだよ。朝までふたりきりとか最高じゃね?」
本心からの言葉でニヤリと笑うと、言凛が恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。
何度か肌を重ねたふたりだけれど、言凛の反応はいつまでも初々しくて、寛道の雄の本能をかき立てる。
それに気付いているのかいないのか。
言凛が小声で「ヒロのエッチ……」とつぶやいたのが、男として意識されているようで、寛道にはこの上なく好もしく思えた。
そもそも寛道自身、言凛にいやらしい発言なんてしていないのにコレ。
「エッチなのはどっち? 俺、別にそういうこと、一言も言ってなかったんだけど……?」
家に上がりざま、玄関横に立ち尽くしたままの言凛の耳元に唇を寄せてそうささやいたら、言凛が耳を押さえて真っ赤になった。
(可愛すぎかっ!)
寛道がククッと笑いながらそんなことを思ったのは、言凛には内緒だ。
「雨と風、強くなってきたね」
布団の中。
何も身につけていない胸元を隠すように上掛けを押さえながら、言凛が小さくつぶやいた。
そんな彼女を腕の中に抱き寄せると、素肌の触れ合う感触が心地よくて。
彼女が怖さも恐れも何も考えられなくなるくらいに抱き潰してやろうか、なんて愚かな思いの浮かんでしまった寛道だ。
「ああ……。けど、ひとりじゃないから案外平気だろ?」
思い浮かんだ邪な気持ちを振り払うように、極力優しく言凛の髪をかき上げると、滑らかな頬にやんわりと口付けを落とす。
「――何かさ。こうしてると雨と風に閉ざされて、俺とコトの気配以外何も感じらんねぇじゃん?」
頬から唇を移動させて、ほっそりとした首筋にも唇を寄せる。
途端、言凛が「んっ」と小さく喘いで身じろいだ。
その仕草が、寛道には物凄く可愛らしく思えて。
つい、願望混じりな言葉を告げてしまう。
「何か今だけはこの世界に俺とコト、2人だけな気がしねぇ?」
胸の膨らみのあたりには、少し強めに吸い付いた。
言凛の白い肌に寛道のものだという印が残るくらいの強さで。
「やっ、ヒロっ。跡がついちゃう」
寛道の髪の毛をギュッと掴んで小さく抗議する言凛に、
「付けてんだよ」
とサラリと答えたら「ヒロだけずるい」と拗ねたような声が返った。
「だったら俺にもつけて?」
ククッと笑いながら言ったら、言凛が一生懸命寛道の胸元に吸い付いてきて。
だけどなかなかうまく出来ないみたいで。それがまた抱きしめたくなるくらい愛らしくて。
「2人なら、こんな天気も悪くないな」
自分の胸元でふるふるする言凛の頭をやんわり撫でてそう言ったら、言凛が寛道の顔を見上げて小さくうなずいた。
END(2021/08/12)
※『すてひろ』を最後までお読みいただきありがとうございました<(_ _)>
もし宜しければ他作品にも遊びに来ていただけると嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و
鷹槻れん
#大人の恋
鷹槻れん

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コメント
2件
この世界に二人きりみたいなこの空気感、好き! これで終わりなのでしょうか。 寂しー!
読了しました🌙 台風の夜、ふたりきりだからこそ生まれるあの閉塞感と親密さが、すごく丁寧に描かれてて…特に「この世界に俺とコト、2人だけな気がしねぇ?」って台詞、心臓がぎゅってなりました。 重くなくて、でもちゃんと深い。最後の「こんな天気も悪くない」が刺さりました。 31話まで、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました🤍