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レウさんに連れられて部屋を出る間際に、いろんな景色を見た。
「……」
きょーさんが刺青の男を、ボロ雑巾を見るかのような視線を向けていたのを見た。
コンちゃんが、床に倒れたままのらだおくんを診察していたのを見た。
「みどりくん、大丈夫…らっだぁは強いから…ほら、“負け知らず”だし……ね?」
「………」
半ば自分に向けて言い聞かせているように“大丈夫”を繰り返すレウさん。
どうして大丈夫なの?なにが大丈夫なの?
あの男、背後には必ず強力なバックボーンがいるはず。
そうでなきゃ、あんな精密な機械を一人で入手できるはずがない。
あの、らだおくんに大量投薬した薬も。
「………」
早く黒幕を探して、取り返しのつかないことになる。
淡く光るあの液体は、俺が作る薬によく似ていた。
きっとただの毒とかじゃない。
「みどりくん…?眠い……?」
「………」
さっきからずっと眠いんだよ。
言いたいことは声にならないし。
頭の中で何かがしきりに喚いて煩わしいの。
それに、誰かがボロボロで崩れそうな心の隙間を埋めようと寄り添ってくれてる。
頼るのは良くない。わかってる。
でも…カノジョに頼れば零にしてくれる。
また、最初に戻してくれる。
何も得ていない、まっさらな自分に。
「レ…サ……」
お願い、起こして…
忘れたくない、零にしたくない…
「みどりくん、おやすみ…」
思いとは裏腹に、瞼はゆっくりと閉じた。
”俺のせいじゃない!!オマエのせいだ!!”
酷く耳に残る雑音が、頭の中で永遠と繰り返されている。
その雑音は俺の心に波紋を残して、その円形の波は確実に大きさを増していった。
“俺のせいじゃない!!オマエのせいだ!!”
泥の深い深い底にあつらえられた一人用のソファー。
総帥室のソファーよりも座り慣れないそれに体を沈める。
オマエのせい。
その言葉がずっと棘となって、ふいに喉の奥を刺してくる。
“俺のせいじゃない!!オマエのせいだ!!”
俺が悪い?
そんなわけがない。
俺に出来ることはあった?
ない、どうしようもなかった。
仕方なかった。
彼が割り込んできたんだもの。
どうやっても償えない。
起こったことはもう巻き戻せないから。
目を覚さなかったら、俺は…
きっと嫌われる、恨まれる…いつものこと。
あんなのはもうあんまりだ。
でも人も、そうでない者も、生きる者は結局のところ皆同じ。
“俺のせいじゃない!!オマエのせいだ!!”
逃げたい。
逃がしてあげる。
忘れたい。
いつものように忘れさせてあげる。
全て無かったことにしたい。
また、全て零にして、無かったことにしてあげる。
カノジョの甘言に惑わされたまま、現実から目を逸らしていたい。
“代わりたい”
強い思いに突き動かされ、体の重さを感じ始めたことによって意識が浮上し始める。
瞼が開いて、眩しい朝日に照らされた。
あれからどれくらい眠っていたのだろうか。
「…ン…オハヨウ」
状態を起こして、手のひらを握ったり開いたり、足をぶらぶらと動かしたりする。
「…ヨイ、ショ」
ふらふらと振り子のように左右に揺れながら、鏡に近付く。
鏡には茶色の柔らかな長い髪と線の細い体が映っていた。
「…ンッフフ」
久しぶりの感覚。
◇
コメント
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これは…みどり…ちゃんって事…なのかッ…、!?