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また始まりの季節が訪れ、
私は新しい制服に袖を通しながら、鏡の前でそっと深呼吸をした。
春_。
桜が舞うこの季節は、毎年同じようにやってくるのに、
今年はどこか特別だった。
中学を卒業して、少しだけ大人になった気がしていた。
でも本当は、まだ子どもで。
新しい高校、新しいクラス、新しい出会いに胸が高鳴ると同時に、
どこか不安で、逃げ出したくなるような気持ちもあった。
「行ってきます」
玄関で母にそう言って、私はぎこちなく革靴を鳴らしながら外に出た。
空は青く晴れていて、まるで今日の私を応援してくれているようだった。
高校までの道のりは、少しだけ遠くなった。
でもその分、ひとりで歩く時間が増えた。
自分のこと、未来のこと、誰かのこと。
いろんなことを考えるにはちょうどいい距離。
途中、同じ中学だった友達─魅凪に出会った。
「ねえ、緊張してる?」
「してるよ…もう心臓バクバク」
「だよねー!私も!でもさ、新しいクラス楽しみじゃない?」
魅凪は相変わらず明るくて、私はちょっとだけ安心した。
***
入学式の体育館には、知らない顔ばかりが並んでいた。
名前を呼ばれ、私は「はい」と少しだけ震える声で返事をした。
緊張で足がこわばる。でも、そんな自分を笑いたくもあった。
式が終わり、新しいクラスが発表された。
魅凪とは別のクラスだった。
「えー、別れちゃったね……」
「またお昼一緒に食べよう」
「うん、絶対だよ!」
そう約束して、私は一人で教室へ向かった。
***
1年3組。
ドアを開ける、もうすでに何人かが席に座っていた。
私も、静かに指定された席につく。
教室にはまだ、桜の香りが残っていた。
新しい机、新しい椅子。新品の教科書。
すべてが真新しくて、でも、どこか心細かった。
そのときだった。
「隣、座っていい?」
そう声をかけてきたのは、黒髪の長い女の子だった。
「うん、どうぞ…」
「わたし、久保田 春風。よろしくね」
「私は、静紅 麗璃。よろしく」
春がは、にこっと笑った。
その笑顔に、私は不思議と緊張がほどけるのを感じた。
***
始業式のあとは自己紹介があった。
一人ひとりが前に出て、名前と一言を言う。
「静紅 麗璃です。趣味は読書と散歩です。よろしくお願いします」
言い終わった瞬間、どこかで拍手が起きた。
なんだか恥ずかしくて、でも少し嬉しかった。
放課後、私は春風と一緒に校門を出た。
「麗璃って、落ち着いてるよね」
「そうかな…?春風は、元気だよね」
「よく言われる!」
春風は、笑いながら春風(はるかぜ)に髪を揺らした。
その笑顔を見て、私はふと思った。
この子と、友達になれるかもしれない。
いや、なりたいと思った。
***
帰り道。
一人になってから、私は空を見上げた。
今日の空も、やっぱり綺麗だった。
これが『青春』の始まりなのかもしれない。
新しい制服。
新しい友達。
新しい教室。
そして、新しい私。
誰かと出会うことの楽しさや不安。
何気ない会話の中で芽生える、小さな期待。
それが、心のどこかを少しずつ温めていく。
明日も、あの教室でまた笑えますように。
そして、私の『青春』が、少しずつ形を持ちますように。
—
その夜、日記帳に私はこう書いた。
《今日、私は久保田 春風と出会った。
なんとなく、この出会いが特別になる気がした。》