コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝の陽射しが障子の隙間から差し込み、淡く畳の上を照らしていた。
伊藤港は、リビングの畳に寝転がって本を読んでいた。ページをめくるたび、紙の擦れる音が心地よく響く。その傍らで、息子の樹人が、ふと窓際に視線を向け、庭を見つめていた。
「パパ」と、樹人が唐突に言った。
「ん?」
「トカゲの尻尾って、埋めたらまたトカゲになるの?」
港は一瞬、眉をひそめたが、すぐに口元を緩めた。まだ五歳の息子らしい、純粋で奇妙な質問だった。
「そうだよ」と、港は少し芝居がかった声で答えた。「でもね、ある呪文を唱えないとダメなんだ。」
「えっ、本当に?」
港は体を起こし、ニヤリと笑った。「“ツクリモノ、カエレ、ホントニナーレ”って唱えるんだ。そうすると、尻尾が本当のトカゲに戻るんだよ。」
「ツクリモノ…?」樹人は一文字ずつ繰り返しながら、その言葉を口の中で転がしていた。「ツクリモノ、カエレ…ホントニナーレ……」
リビングの隅で、その会話を微笑ましく見守っていたのが、伊藤南だった。穏やかな目で、息子と夫のやりとりを見ていた。洗濯物を干す手を止めて、少しだけ笑う。
「また変なこと教えてるの?」南は小さく呆れたように言った。
「いいじゃない、子どもの好奇心を育てるのさ」と、港は肩をすくめる。
「ふーん。でも、変な夢見たら責任とってよね」
「もちろん」
三人の笑い声が、平凡な日常の中に溶けていった。
港にとって、それはただの冗談だった。
何の意味もない、ただの嘘。
だが――その嘘が、すべての始まりだった。
__________________________________________________________
その夜。
庭の隅、苔むした地面の中に、小さな穴が掘られていた。穴の中には、切れたトカゲの尻尾。
そして、土をかぶせる小さな手。
「ツクリモノ、カエレ、ホントニナーレ……」
呟く声は確かに、樹人のものだった。
それを、誰かが――どこかから――見ていた。