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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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唯由たちが泊まっている部屋は、大きなガラス張りの見晴らしのいい部屋や和室など、中でさらに幾つかの部屋に別れているのだが。


ベッドは並んでいる。

お洒落げな感じにナチュラルトーンでまとめてあって、並んでいる。


何故か他の部屋に分散させずに、一室に並んでいる。


今、唯由はあの和室の使い方を思いついた。

あれはきっと、このベッドを引きずっていくためにあったのだ。


いや、無理だ……。

せめて布団を……。


って、マットレスじゃないか。


唯由がベッドを見たまま困っていると、蓮太郎が後ろから、


「持ってきたんだろ?」

と言ってきた。


は? え?

と困り顔のまま振り返った唯由に、蓮太郎は真面目な顔で言う。


「持ってきたんだろ? ゲーム」



蓮太郎にゲームをしようと言われたとき、ちょうどガラスの徳利とっくりに入った日本酒つきのお夜食が届いた。


ほんのり温かい色合いの照明に照らし出された小さな和室で、向かい合い、籠に入ったフカフカのおむすびを食べる。


中に入っていた細切りの漬物の塩加減が絶妙で美味しかった。


思わず、イラストつきでメモする。

夜食に出したら、お義母さんたちが喜びそうだともう家を出たのに思ってしまった。


……でも、誰かにいつか、作って出したいな。


お母さんは忙しくて会えなさそうだし。

お父さんはいつも居所が知れないし。


チラ、と唯由は蓮太郎を見上げた。


すると、蓮太郎は唯由の絵を見ながら、

「お前の絵って、あれだな。

ほら、……流行りのヘタウマ」

と言ってくる。


褒めているのか、微妙だな。


……いや、褒めてないな、たぶん。



さて、おむすびを食べ終わり、机を少し端に避けると、唯由たちは畳の上に、唯由が持ってきたゲーム類を広げた。


酒も呑んだが、ふたりともあれしきでは酔わないので、残念ながら、それでテンションが変わることはなかった。


冷静に並んだゲームを見つめる。

何種類かのボードゲームができるセット。


UNO。

トランプ。

人狼ゲーム。

人生ゲーム。


「……ずいぶん持ってきたな」

「ちょ、ちょっと不安に駆られまして……」


蓮太郎はゲーム類を眺めながら、ほう、と言ってくる。


「俺を退屈させると、襲われるんじゃないかと思ってか」


いやいや、そんなことっ、と唯由は慌てる。


たくさん持ってきてしまったのは、単に沈黙が怖かったからだ。

でも、雪村さんは、そのことに気づいていたような気がする、と唯由は思っていた。


だから、さっき、ゲームをやろうと言ってくれたのは、雪村さんの優しさだったのだろう。


蓮太郎はなにを考えているのかよくわからない目でこちらを見たあと言ってくる。


「襲わない。

安心しろ。


……その前にやることがあるから」


な、なにをするんですかっ?

と怯える唯由に蓮太郎は言った。


「よし、人生ゲームをしよう」




二人で向かい合って、畳の上に置いた人生ゲームをやる。


「これ、二人でやると、ひとりが人生の勝者でひとりが敗者みたいな感じになりますね」


蓮太郎は盤上を見たまま、

「お前と俺とで、どっちが人生の勝者で敗者ってこともないけどな」

と言う。


ど、どういう意味なんですかねっ、と最初は気になっていたが、どちらもムキになる性格なので、いつの間にかゲームに夢中になっていた。


「てめっ、俺を5マスも戻したなっ」


「私が戻れと言ったわけではないですよ。

このマスの指示ではないですか」


はははは、と唯由は笑っていたが、あっという間に蓮太郎に追い抜かれ、蓮太郎は結婚することになった。


車のコマに蓮太郎は花嫁をのせようとしてやめる。

蓮太郎は唯由の車から唯由を引き抜いた。


自分の横にのせる。


「……ゲーム終わっちゃいますよ」


そうだな、と蓮太郎は二人の乗ったその車を見ながら呟いた。


「王様ゲームはもう終わりだ」


いつかの夢と同じことを蓮太郎が言ったので、ドキリとする。


もういりませんか?

もう愛人いりませんか?

もう愛人としてお側にいることもできませんか?


あなたが好きだと気がついたばかりなんですけど。

もう私、いりませんか……?


だが、蓮太郎はその車のコマを見つめたまま言う。


「俺は自分の野望のために、お前を愛人にしたかった。

ひいじいさんの逆鱗に触れて、後継者候補から外れたかった。


だが、お前は、ひいじいさんに気に入られてしまった。

その時点で、お前は用なしのはずだった」


あの……、心臓が止まりそうな言葉のチョイスやめてください、と思う唯由の前で、蓮太郎は車に乗った二人だけを見つめている。


「でも、俺はお前との愛人契約を解消しようと思わなかった。

お前といたら、俺はすべてを失うんだろうなと思いながらも。


自由な生活も、研究者としての未来も俺の前から消え失せる」


でも……と蓮太郎は言った。


「でも、俺は俺の生きがいすべてを捨てても、お前といたいと願ってしまったんだ」


愛人はもういらない、と蓮太郎は言い、ようやく顔を上げた。

唯由を見つめる。


「俺と結婚してくれ。

それが俺の三つめの願いだ」


……だから、三つ叶えるって言ってません。


っていうか、まだその話、覚えてたんですか、と唯由は思う。


「そして、一生側にいてくれ。

それが四つめの願いだ」


いつ、四つに増えたんですか……。


俯き、唯由は言った。


「あなたを好きだと、この間気づいたんです。

でも、愛人が好きとか言ったら困りますよねって思ってたんです」


なんでだ、と蓮太郎は言う。


「愛人だからいいだろう。

『愛する人』なんだから」


蓮太郎がゲーム越しに身を乗り出し、そっとキスしてきた。


「長い付き合いになるだろうから……

今夜は無理強いはしない」


そういうとこ、好きかな、と思いながら、唯由は涙ぐみ、


「……ありがとうございます」

と蓮太郎に礼を言った。




……が、


「無理強いしないって言いましたよねっ?」

「無理強いはしない」


「無理強いしてますよねっ?」


「無理強いはしていない。

その証拠に、お前の横に鈍器を置いている」


畳の上に組み敷かれた唯由が横を見ると、いつの間にか、床の間にあったはずの高そうな花瓶がそこにあった。


「これ以上は勘弁と思ったら、それで俺を殴れ」


「いやいやいやっ。

これで殴って割ったら、あなたが死ぬより早く、保子やすこさんが怒鳴り込んでくる気がしますよ~っ」




朝、目を覚ました蓮太郎は、

「……悪い夢を見た」

と呟く。


「お前がかぼちゃに手を引かれ、連れ去られる夢を見た」


かぼちゃじゃなくて、かぼちゃの馬車では。

そして、かぼちゃの馬車は好きな人のところに連れていってくれるものなのでは……。


行くのなら、あなたのところでしょう、と唯由は思っていたが、恥ずかしいので言わなかった。


「私はあなたと人狼ゲームをして、斬殺される夢を見ました」


はじめての夜だったのに、ふたりとも、ロクな夢を見なかった。

だが、いつかはそれもいい思い出となるだろう――。


「今からやるか、人狼ゲーム」

「えっ?」


「俺は昨日、ほんとうは、人狼ゲームをやりたかったんだ。

だが、それでは告白するタイミングがつかめない気がして」


……確かに。


ものすごい荒んだ状態で告白されそうだ……と唯由は苦笑いする。




ふたりで森に囲まれたデッキで露天風呂に入り、森林浴をしたあと、朝食を食べに行く。


夕食の場所とはまた違っていて、川に向かって張り出した一階のデッキに食事は用意されていた。


いい風が吹く中、

「今日のスイカは冷えてますね」

と唯由は笑った。


ビニールハウス近くの川で食べた生ぬるいが甘いスイカを思い出しながら、デザートのスイカを食べていると、話し声が聞こえてきた。


昨日の土産物屋のカップルだ。

これから朝食らしく、ちょっと距離がある隣の席に着きながら話しているのがところどころ聞こえてきた。


「でさ、うちの動物病院の上にホームセンターがあるじゃん。

あそこで藤宮ふじみやがさ……」


「やだあ、森村くんったらー」


んっ? と唯由たちは振り返る。


……もしかして、


森村裕輝もりむら ひろきっ!?」


えっ? とそのカップルの男の方が振り返った。


話を聞いてみると、彼はほんとうにあのコンパの日、話題にのぼっていた森村裕輝だった。


「ありがとう、森村さん」

「ありがとう、森村」


「えっ?

なんの話?」


人の良さそうな森村はいきなり二人に礼を言われて困っていた。


いや、彼の話題が出なかったら、お互いのコンパが合流することなく、愛人契約を交わすこともなかったからだ。


「自転車の人にもよろしく」

「自転車の人、誰……?」


「唯由、自転車の人の連絡先は俺が知ってるから」

「だから、自転車の人、誰……?」


森村は困惑しつづけたが、帰りの新幹線でもバッタリ一緒になり、みんなで楽しく帰った。




「なにこのコマ送りな蓮形寺のラブラブ写真」


月曜日、社食で美菜が旅行の写真にケチをつけてくる。

蓮太郎が撮った唯由の写真がコマ送りかというくらい連写だったのだ。


「……なんで全部焼いたんですか、雪村さん」


「だって、選べないだろうが」

と珍しく一緒に社食に来ていてた蓮太郎が言う。


「パラパラ漫画ができそうだね」

と道馬が苦笑いしていた。


その左右に正美まさみ範子のりこが狛犬のように鎮座ましましている。


月子、今、料理の特訓中だが、間に合うだろうか……と押しの強い二人を見ながら唯由が思ったとき、道馬が言った。


「いや~俺って味オンチでさ。

別に毎日、いまいちなスーパーの惣菜でも平気」


……聞かなかったことにしよう。


せっかく月子がやる気になってることだし。


道馬さんと上手くいかなくても、きっといつかなにかで上がった料理の腕は役に立つはずだ、と唯由は思っていた。




社食を出て、みんなで研究棟前の自動販売機に向かった。


「れんれん、お土産、なんでセンベイなの~?

私、佐々木さんちの通りのチキン南蛮丼がよかった~」


「だから、佐々木さんち、何処なんですか……」

と紗江と揉めながら蓮太郎は少し前を歩いている。


笑いながら聞いていると、蓮太郎が少しずつ歩くスピードを落とし、唯由の横に並んできた。

なんか照れるな、と俯くと、蓮太郎が言ってくる。


「愛人。

辞書で引いたら、愛している相手、特別な関係にある人って意味だった」


「そ、そうなんですか……」


「愛している相手か。

そう考えれば、愛人になれと言い続けていた俺は、ずっとお前に告白していたかのようだな」


そう言い笑った顔が好きだと思った。


王様なくせに、時折、ちょっと恥じらうように笑うところが……。


蓮太郎はそんな唯由を見て微笑み、ちょっと屈んで、キスしてきた。


「あっ、なにやってんのよっ、そこっ。

もうっ、絶滅危惧種までラブラブになる宿、キャンセル出たら、すぐ私にも教えなさいよ~っ」


前の方で美菜が叫ぶ。


みんなが笑う声が夏になりはじめの空に響いた――。






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