テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
石板から手を離すと、静寂が戻った。
だが、頭の奥には確かな感覚が残っている。
――動かせる。
この迷宮を。
その事実を、ゆっくりと受け入れたときだった。
「……まだ、終わっては……おらん……」
かすれた声。
振り返る。
赤い竜が、こちらを見ていた。
その瞳は、すでに半分ほど閉じかけている。
だが――意志は、はっきりと残っていた。
「……一つ……頼みがある……」
「……なんだ」
自然と、言葉が出る。
竜は、ゆっくりと息を吐いた。
「……我に……止めをさせ……」
「……は?」
予想外の言葉だった。
「……寿命で死ねば……我の魂は……天へ昇る……」
途切れ途切れの声。
「……だが……冒険者に……殺されれば……」
わずかに、目に光が宿る。
「……復活の可能性が……残る……」
「……そんなの、確証ないだろ」
「……ああ……ない……」
あっさりと、認めた。
「……だが……それでも……」
静かに。
確かに。
「……可能性に……賭けたい……」
沈黙が落ちる。
嘘はない。
そう感じた。
長い時を生きた存在の、最後の願い。
「……頼む……」
かすれた声。
その重みは、十分すぎるほど伝わってきた。
「……」
俺は、少しだけ目を伏せた。
そして――歩き出す。
竜の前へ。
背中の刀に手をかける。
抜く。
刃が、静かに光を返す。
「……痛いぞ」
思わず、そんな言葉が出た。
意味があるのかも分からない一言。
だが――
「……かまわん……」
竜は、わずかに口を開いた。
覚悟は、決まっている。
「……行くぞ」
踏み込む。
迷いはない。
一閃。
刃が走る。
空気が裂ける。
そして――
首が、落ちた。
重い音を立てて、地に転がる。
その瞬間。
「――っ!?」
体の奥で、何かが爆ぜた。
熱。
力。
情報。
すべてが一気に流れ込んでくる。
視界が揺れる。
足元がぐらつく。
だが、倒れない。
むしろ――
満ちていく。
「……なんだ、これ……」
息が荒くなる。
内側から、何かが膨れ上がる。
理解する。
これは――
成長。
「……レベル……?」
なぜか、その概念も分かる。
そして、その数値が――
跳ね上がる。
355。
そこから。
400。
500。
700。
900。
1000を超え――
「……2999……?」
思わず呟く。
桁が違う。
今までとは、まるで別の領域。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
だが、不思議と恐怖はない。
むしろ――
妙な納得があった。
これでいい、と。
その時、ふと視線が落ちる。
そこにあるのは――
竜の体。
切断された首。
露わになった断面。
赤い肉。
白い脂。
「……」
じっと見る。
なぜか。
本当に、なぜか。
「……うまそうだな」
そんな感想が、自然に浮かんだ。
人間で、竜を食ったことがあるやつなんているのか。
そんな疑問すら、どうでもよくなる。
俺はしゃがみ込み、刀で少しだけ肉を削り取った。
指でつまむ。
柔らかい。
脂が程よく乗っている。
それを、そのまま口へ――
入れた。
――とろり。
舌の上で、溶ける。
カニとは、まるで違う。
濃厚。
圧倒的な旨味。
深いコク。
そして――
何かが、流れ込んでくる。
「……っ!?」
一瞬、視界が歪む。
熱が、体中を駆け巡る。
だが、それはすぐに収まった。
「……なんだ、今の……」
分からない。
だが――
ただの肉じゃない。
それだけは、はっきりしている。
俺はゆっくりと立ち上がった。
振り返る。
石板の部屋。
迷宮の中枢。
そして――
静かに横たわる竜の体。
「……継いだ、ってことか」
誰に言うでもなく、呟く。
答えはない。
だが、もういい。
理解している。
ここからは――
自分の迷宮だ。
俺は石板へと視線を戻した。
次にやるべきことは、もう分かっている。
コメント
1件
めっちゃ重い空気の最後に「うまそうだな」が来て、もう一気に引き込まれたよ…!竜の最後の願いを叶える覚悟も、その後のレベルアップの衝撃もすごかったけど、なにより生肉をそのまま食べるシーンが強烈すぎて忘れられない😭 継承の意味ってこういうことなんだね…次が気になる!