「その子を置いていく気になったかどうか、答えを聞こうかや」
「いいえ、これを」
鍛冶師の問いかけを冷静に断って、父親が懐から手紙を取り出す。
ほのかに灰色の混じった普通ではない封筒を見た瞬間、鍛冶師の顔がこわばった。
「……アカネの姉ねぇさんか。面倒なもん持ってきおって」
そうして父親から封筒を渋々受け取ると、鍛冶師は手紙に目を通しはじめた。
読みながら、その顔はどんどん苦々しいものに変わっていく。
どうやら思っていたよりも効果があったっぽい。
これでスムーズに話が進めば良いけど……と思っている間に、鍛冶師は手紙を読み終えたのか顔をあげた。
あげた瞬間、苦い顔をしたまま手紙を一気に破・り・去・っ・た・。
「えっ!?」
俺がそれに声を上げるのと、鍛冶師が口を開いたのは同時だった。
「駄目だ。駄目だ。いくらアカネの姉さんでも、今回ばかりゃ話は聞けねぇ。人間だ。人間が残らなきゃなんねぇんだ」
そうして吐き出した言葉に、父親が食いつく。
「センセイ、だとしたら理由を話してください。そうすれば神在月も動けます」
「いいや、アカネは知ってる。あの人が知らねぇわけがねぇ」
ぶんぶんと首を振る老人の顔は笑いを忘れ、げっそりとした表情が残されている。
「どんだけ言われようとも、人間がいるんだ。そうじゃねぇと、限界がくる」
「なんの限界ですか」
「…………」
鍛冶師は何も言わない。ただ、その顔に冷や汗を垂らしている。
だから、その沈黙に言葉を差し込めると思って口を開いた。
「ねぇ、それって『仙境』と何か関係があったりする?」
そう言った瞬間、鍛冶師の顔がぞっと青く染まった。
これまでとは明らかに違うリアクション。それは仙境という存在を明らかに知っている反応で。だから、俺がそれを追求しようと口を開いた瞬間だった。
ごぼり、という音が井戸から聞こえてきたのは。
反射的に振り返ると、青白い手が井戸からまっすぐ伸びていた。
それが地面に触れる。がざり、という音を立てて枯れ葉が押しのけられる。
俺が視界を確保するために作っている『魔力遮断』のレンズに映るほどの、どす黒い魔力が井戸から溢れかえる。
……なんだ?
その光景を不気味に思ったのもつかの間、井戸の中からモンスターが姿を現した。
『い、い、命が、お一つ。目玉、は、二つ』
「――『風刃カマイタチ』ッ!」
腕に力が入り、モンスターの身体が井戸の底から現れる。
赤ちゃんをぶくぶくと太らせたような顔。なのに身体は枯れきった老人のように細く老いている。そんな年季の入った細腕が、異様に長い。多分、三メートルくらいある。
そんなモンスターの顔には、目玉が4つついていた。
目玉2つは嘘じゃんか。
ひゅばッ! と、音を立ててモンスターの身体が両断される。
青白い腕が切られ、頭と身体が真っ二つに千切れて、それでも俺の魔法は威力が止まらず後ろにあった木を斬り倒した。
ミシミシと音を立てて木が俺たちの奥に向かって倒れていく。
モンスターに気がついたニーナちゃんが、俺の腕を反射的に力強く握った。
「“魔”!? 人がいないのに!!?」
そして、その光景に驚いた声をあげたのはアヤちゃん。
彼女はすっかりモンスターが死んだと思っていそうなので、俺は一歩前に出てアヤちゃんに続ける。
「駄目だよ、アヤちゃん。あいつ、まだ死んでない」
俺が『導糸シルベイト』を編んだ瞬間、モンスターの右腕が大きく伸びると周りの木を強く握りしめた。そして、モンスターの身体が飛翔。大きく空へと舞い上がる。反対に、俺が切った左腕と頭が融合した。
枯れた腕の先端に赤ちゃんみたいな頭のくっついたキモい腕が蛇のように這ってこっちにやってくる。
『め、目玉が四つ。な、なら、い、いの、命は二つ』
え、あ、そういう仕組み?
モンスターの身体の仕組みは、いまいち理解できないな……と思いながら俺は狙いを頭1つに絞る。絞るのは狙いだけではない。『導糸シルベイト』も同様に細く、細く、練り上げていく。
「『天穿アマウガチ』」
そうして絞り上げた『導糸シルベイト』を伝わって、高圧の水流が駆け抜ける。
一拍遅れて、ドッ! と、音を立ててモンスターの頭に穴が空く。空いた瞬間、穴に生まれた真空を埋めるように内側に向かって、ぐしゃ、と頭が潰れた。
うん? 魔法の威力が上がってる……?。
一瞬、不思議に思ったのもつかの間、ここが魔力のひときわ濃い場所だったことを思いだす。そのおかげで魔法の威力も増しているのだと。
俺が地面を這ってきたモンスターを祓うのと、父親が頭上に飛び上がったモンスターを撃ち抜くのはほとんど同時だった。
ウチの父親、いっつも近距離で戦ってるから忘れそうになるけど、普通に遠距離魔法も使えるんだよな。
なんてことを思いながら、モンスターの死亡反応を見ようとして、
「……うん?」
しかし、モンスターの身体は黒い霧にならなかった。
切った箇所から、ぶつぶつと小さな気泡が溢れかえる。まるでホットケーキを焼きはじめたような光景。集合体恐怖症だったらキツい光景を見せつけられた瞬間、ぼこり、と泡が大きくあふれるとモンスターの身体を覆いはじめた。
命は2つまでだったんじゃないの……?
と、思っていると小屋の入口に立っていた鍛冶師が叫んだ。
「燃やせッ! 燃やさねぇと、死なねぇぞ!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は『導糸シルベイト』を2本伸ばしてモンスターの身体をグルグルに囲ってやる。囲った瞬間、『属性変化』。
「『焔繭ホムラマユ』」
ごう、と縛り上げたモンスターたちを中心に、回転する炎が生まれる。
その瞬間、激しくモンスターの身体が燃えはじめ、瞬きした瞬間に黒い霧になっていた。
それを見て、ようやくほっと一息吐き出す。ようやく祓った。
そうやって安心したのもつかの間、俺は素早く鍛冶師の老人に振り返った。
「どうして燃やせば良いことを知ってたの? もしかして、“魔”を飼ってる……?」
「……滅多なことをいうんじゃねぇ。アイツらを飼いならすなんて、できっかよ」
吐き捨てるように老人がそういう。
「じゃあ、いまのは……」
俺がそう問いかけた瞬間、老人は素早く半開きだった扉を閉めた。
「うるせぇ。うるせぇ! おめぇらに言うことは何にもねぇ。さっさと帰れ! そこの嬢ちゃんを置いていけねぇなら、誰でも良い。アカネの姉さんに頼んで人を連れてこい!」
老爺は素早く扉を閉め切って叫んだ。
「それが無理なら帰れ! おめぇらに話せることはもう何もねぇ!!」
その老人の叫びは、こだまとなって山間に響き渡った。
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