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ヤレヤレとため息をつきながら広げたアンケート回答用紙は、ひとつひとつがかなり分厚い冊子になっている。


「日本史の用語認知度のアンケートなんだ。五十問からなる問いを集計していくんだよ」


「これは……蓮ちんよ、かなり面倒なお仕事のようですな」


「ごめんよ。俺もエクセルに打ちこんでいくだけだと思ってたんだけど、まず分類がややこしくて。しかも回答が記述式だから手間で……」


蓮と梗一郎のノートパソコンだけで、座卓の上はいっぱいだ。

湯呑代わりの茶碗と芋けんぴを畳に避難させて、モブ子らは回答用紙をパラパラめくっていた。


「蓮ちん、何でこんなの押しつけられてんの。そもそもBL学とは関係ないアンケじゃないか。やんわり断るとかできなかったのか?」


「うん……。学生のときからお世話になってる先生だから」


「人が好いな、蓮ちんは」


「ごめん……」


好き放題言うモブ子らには、梗一郎の咳払いなど聞こえるはずもない。

カタカタとキーボードを叩きながら猛スピードでアンケート用紙を繰っているのは、この空間で彼だけであった。


「ねぇ、蓮ちんがBL学に目覚めたきっかけは何だ? アタシらは、それがすごく気になっている」


君たち、仕事してよね──なんて言いながら、蓮自身アンケート冊子の端を折りながら窓の外を彩るピンク色の花に視線をさまよわせている。


「大学のときに日本史を勉強してたんだけど。権力が武士に移っていく時代が興味深くて、卒論では保元の乱を取り上げようかなと思ってたんだよ。史学科の君たちなら、当然知ってるよね、保元の乱」


「あー、うん。まぁ?」

「薄々は……。なぁ?」

「まぁ、一応は。薄々」


「お、俺は今、君たちのことが心配になったよ!」


まぁいいじゃないかなんて、あっさり丸め込まれるのは蓮の良いところといえるのだろうか。


「なんだっけ、ああ、BL学に目覚めたきっかけか。お世話になった先生が授業で日本史BL学の話をチラッとしてくれてね。それが面白かったんだ。歴史上の人物の心情をより深く理解できると思ったんだよ」


新しいジャンルの学問であるのは確かだが、研究してみると、こと日本史においてはBL学との相性がよいことが分かったという。


「日本ではBLの歴史が深くて『日本書紀』にもその記述があると言われてるんだ。平安期の貴族の日記にも記されているんだよ」


「日記に?」

「つまり?」

「詳しく!」


俄然、モブ子らが色めきたつ。


「さっき言った保元の乱で命を落とした藤原頼長の日記だよ。『台記』っていって、貴族や稚児や武士なんか、いろいろな相手との行為がくわしく書かれているんだ」


編纂したものが図書館でも読めるはずだから勉強するといいよ──という言葉はモブ子らの嬌声にかき消えてしまった。


「ほかにも、足利将軍の義満が美少年の世阿弥を溺愛したとか、西郷どんが僧と心中未遂をしたとか、日本史にはBL学の研究対象がたくさんいるんだよ」


残念ながら「行為の描写をした日記」に我を忘れるモブ子たちは、蓮の話を聞いてはいない。

凄まじい速さでキーボードに指を滑らせる梗一郎だけがチラとこちらを見やり、一瞬視線が絡む。

それで勇気を得たのか、蓮はモブ子らの叫びに負けじと声を張り上げた。


「今はマイナーな学問だけど、俺はBL学が史学科の必修科目になるくらいみんなに広まったらいいなって思ってるんだ。だからまず、君たちに面白いって思ってもらえるように、頑張って講義をするからね!」


そこで自分に注がれる視線に気付いたのだろう。蓮は俯いてしまった。


「つ、つまんない話しちゃったね」


「いえ、知りたいです。先生のこと、ぜんぶ」


気付けば梗一郎の手も止まっていた。色素の薄い瞳がやわらかく細められる。

モブ子たちも頷いていた。


「アタシらも、蓮ちんの講義スキだよ」

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