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この清冽な氷雪で満たされたニブルヘイムの地に大量の瘴気と腐臭が発せられるのを察知した霜の巨人達は一斉に奇妙な舞を止めた。
そして儀式に没頭する熱に浮かされていたような表情が一変し、激烈な怒り、種族特有の原始的な攻撃本能、排外本能を露わにした。
「お、奴ら訳の分かんねえ儀式を止めたな。死者どもとやり合う気か?」
孫堅が期待を込めて呟く。その声に応えるようにニブルヘイムの氷原を埋め尽くす数万の霜の巨人達が一斉に咆哮した。
その声は刃物をこすり合わせたような音で極めて不快であり、肉食の昆虫が捕食の対象の得物を発見した興奮の仕種を思わせた。
そして彼らは一斉に瘴気と腐臭が発散される方向めがけて一斉に突進した。まさに怒りと飢えで我を忘れた原始的な動作である。
群れを成して狩りをする肉食動物の様に連携しようというような意志はまるで感じられなかった。
「やはり霜の巨人の様子が以前とは少し違うな」
武田典厩信繁が思慮深げに言った。
「元々知能は低く攻撃本能むき出しであったが、あの怒りの様子は尋常ではない。やはりあの奇妙な舞、儀式には何か重要な意味があったのだな……」
「その意味とはなんなのでしょうな」
最も恐れていた事態が取り合えず避けられて落ち着きを取り戻した勘助が問うた。信繁の事の本質を見抜く聡明さ、勘の良さには深い信頼を寄せているからである。
「それは分からぬ。だが何やら彼らはかつて確かに己の物でありながら何らかの理由で失われてしまったものをニーベルングの指輪と儀式の力で取り戻そうとしていたのではないか。だが死者の軍勢の介入によって阻止されてしまった。それ故激怒しているのではないか。そう言う気がしてならぬ」
「……」
信繁の言葉を聞いて他のエインフェリアとワルキューレは粛然として言葉も無かった。
何一つ証拠はないが、信繁の言葉が確信をついていることをはっきりと予感できたからである。
そんな彼らの鼓膜を響かせる巨大な衝撃音が鳴り響いた。
死者の軍勢の先鋒と霜の巨人達が激突したのである。
先鋒部隊が掲げる蜀漢の旗が雄々しく翻る。このニブルヘイムに吹き荒れる氷雪にも霜の巨人達が発する冷気にも凍り付くことがないのは、暗黒の力と瘴気に守られているからなのだろう。
霜の巨人が振り下ろす爪に果敢に立ち向かうのは蜀漢の兵士である。彼らはいずれも白骨化し、わずかな腐肉を纏うだけの見るもおぞましき亡者となり果てている。
だがかつては三国中最も弱小な勢力でありながら、最後まで強大な魏を相手に戦い続けたその武勇は極限まで磨き抜かれており、さらに暗黒の力を得て強大なものと化しているようである。
そして蜀漢軍の先頭で長柄武器を振るう猛将二人の神秘的なまでの威容。
「関羽、張飛……!」
夏侯淵の猛禽を思わせる鋭い双眸に硬質な、それでいて熱を帯びた光が灯る。
かつて後漢末に幾度も戦場で見えた宿敵。「一人で一万人の兵に匹敵する」と恐れられた武勇と再び刃を交えねばならないのである。
夏侯淵はかつては関羽張飛のその猛勇に内心恐れを抱き、一騎打ちならば到底敵うまいと半ばあきらめていた。だがこの時この極寒の地で密かにその鉄血をたぎらせる寡黙な弓の名手にいささかの気後れも無い。
(俺は光の神に選ばれ、貴様ら二人は魔道に堕ち、邪神の走狗に成り下がった。闇は必ず光にかき消されるものだと決まっているのだ……)
そのようにかつての宿敵の鷹の眼に捉えられているとは流石の関羽と張飛も気づいてはいないだろう。
関羽はかつて同盟相手であるはずの呉に捕らえられて実の息子と並んで首を刎ねられた。
そしてその義弟である張飛は義兄の関羽の敵討ちの戦の前日に部下に寝首をかかれた。
彼ら二人はいずれも豪勇を誇りながら戦場で立派に討ち死にすること敵わず、惨めと言うしかない最期を遂げることとなった。
その鬱憤を晴らす為であろうか、復活し、闇の力を得た彼らの武勇は桁外れと言うしかない。
「やべえな、あいつら。まさかこれ程とは……」
常は勝気で余裕な態度の孫堅であるが、その顔貌は強張り、声はかすかに震えている。あの二人の天を震わし地を裂くような異常なまでの武勇がさらに怨念によって威力を増し、自身に真直ぐ向けられると思うと、恐怖せずにはいられないのだろう。
赤ら顔に惚れ惚れとする程立派な長髭をなびかせながら青龍偃月刀を振るう関羽は雷鳴と稲妻を呼び起こす雷神の化身のようであり、豹の如き頭に虎髭をたくわえ、蛇矛を嵐のように振るって霜の巨人を薙ぎ払う張飛は暴風を吹きだす風神のようであった。
彼ら二人は並んで武勇を振るう事で相乗効果を得るようであった。この二身一体となった猛威に抗えるものはこの銀河に存在し得ないのではないかとさえ思われた。
蜀漢の亡者兵達は暗黒と怨念を得てさらに荒ぶる力を増した二柱の武神の元で戦うことで士気を振るわされ、霜の巨人の冷たき爪牙をものともしない。
さらに第二陣の武田軍は雨の様に矢を振らせる。
怒りに荒れ狂う霜の巨人の軍勢と言えど、蜀漢と武田家によって編成された死者の軍勢には到底勝ち得ないのは明らかであった。
「勝負あったな」
義元が言った。
「霜の巨人の軍団が壊滅するのも時間の問題であろう。指輪が死者共に奪われる前に何とかしなくては。だが我ら六人であの合戦場に侵入し、指輪を盗むことは不可能であろう」
「やはり我らもヴァルハラの軍を率いて死者の軍勢と一戦交えねばなりませぬな」
典厩信繁が応じた。
「だが今からヴァルハラにいるグスタフ殿に知らせても大軍をこちらにやって来るのは数日かかりましょう。それまでにニーベルングの指輪が奪われなければ良いのですが……」
「その心配にはおよびませんわ」
信繁の懸念にゲンドゥルが自信満々に答えた。
「グスタフ様が出撃出来る体制を整えさえしてくれれば、一瞬でこちらに来れる方法があります」