ニキしろ SS
実写の撮影が俺の家で終わり、しばらくオフでニキと2人でゲームをしていた。特に動画とかを気にせずに2人でゲームをする時間は楽しい。発言に気を使わなくていいし、純粋にニキと一緒にいられることが嬉しかった。撮影後も夜までこうなるだろうと思って、缶ビールやチューハイ、つまみなどは少し事前に買っておいたのだ。
ニキに恋をした自覚を持ったのは数年前。女子研究大学としての活動を初めてからだった。一時期一緒に住んでいて、その頃から少しニキを1人の人間として特別視して意識していた。一緒に寝たり風呂に入ったりはもちろんなかったけれど、同じリビングで一緒に飯を食ったり、動画を編集したり、「ただいま」「おかえり」を言い合ったり、帰りの連絡をLINEでしたり、飯をどうするのかを一緒になって決めたり。そういう些細な生活がとても特別で楽しかった。そのせいで、同居というよりも同棲という感覚に陥ってしまって、ニキがいないとダメな体に成り上がった。ニキが家を持って出ていってからは、ニキとの生活を何度も思い出したし、ニキの匂いを思い出したりした。共有で使っていたタオル、ニキが使っていたバスタオル、布団はさすがにニキは持っていったが、ニキが寝ていた場所を思い出したりする。最初は無自覚でそんなことをしていたが、自分がストーカーのような気持ち悪い行動をしていることをやっと自覚して、ニキへの気持ちにちゃんと名前をつけることにしたのだ。
「いやーチャンピオン取れるとまじ楽しいわ、やめらんねー」
「沼ゲーやからな。もう一戦やるか?」
「んー、腹減ってきたから飯にせん?ボビーんち何かある?」
「酒とつまみならあるけどな」
「じゃあ飯は適当に頼んじゃうか」
ニキが携帯で飯を探している。俺はそのニキをただ眺めていた。横顔を眺めているが、【すごいイケメン】といつも名乗っているだけ、やはりニキの顔は整っている。俺とは違う整い方をしていて羨ましい。俺も自分の顔が嫌いな訳じゃないけれど、ニキの顔はとても好きだった。あまり外に出ていないせいか肌も白いし綺麗だった。男らしい首筋もまた愛おしく思った。
「つまみとか酒あるならピザとかでいい?」
「全然ええよ」
「じゃあ頼んどくねー、宅配にしてるから家出なくて大丈夫」
「おけ、さすがやわ」
しばらくして家のチャイムが鳴り、頼んだものが全て届いた。冷蔵庫から缶ビールをふたつ取り出して、机に並べた。
箱に入っているピザを開けると、俺の好きな物ばかりであった。
「お前これ好きだったっけ?」
「いや、僕は別になんでも好きだから。ボビーが好きなやつ選んだんだよ」
「そうなん?ありがとな」
そういうさり気ない気遣いにまた少しキュンとした。俺の好きな物を選んでくれる。ただそれだけの単純な気遣いが優しくて嬉しい。できない人にはできないこと優しい行動をニキは普通にやってしまう。そりゃ女も近付いてくるな、と納得していた。でも、今そばに居るのは俺だから。と、ひとりで勝手にマウントを取っていた。
『かんぱーい』
「ボビーんちで酒飲むの久しぶりかも」
「確かにな。家来た時は最近はだいたい飯食ってゲームして帰ってたもんな」
「今日は酒飲むし長居しようかなーなんなら泊まってこうか?」
「やかましいわ、帰れ帰れ」
本当は泊まって欲しい。
けれど、そんなことは言わない。ニキに対して、この気持ちだけは伝えないと決めているから。女研の活動に支障が出たら嫌だし、なにより俺が傷つきたくないから言わないことにした。些細な幸せをかみ締めて、同じグループでいられるだけで幸せだと、そう思うことに決めていた。
ある程度ご飯もお酒も進み、いい感じに酔いが回ってきて心地いい。ふわふわと暖かい酔いの感覚が来て、横に並んでいるニキもそうなのか、普段よりも顔が少し赤くなっている。ビールの3本目を取りに行こうと立ち上がる。ニキもそろそろ飲み終わる頃だと思い、2人分を取りに行こうとニキに問いかける。こうやって家で2人で飲むのも久しぶり。嬉しい気持ちがあって、いつも酒を飲む時よりも心臓が元気に音を鳴らしている。
「ニキも3本目飲む?」
「あるなら貰うー」
「わかった」
ニキの返答を受け取って立ち上がろうとする。
足を上げたその瞬間、頭の中がサーッと引いて、視界がグラッと変な方向に傾いた。
少し鈍い痛みが右手首と右肩に感じている。
「ボビー!!大丈夫?どうしたんよ」
「……へ?あぁいや、なんかちょっとバランス崩してもうて、大丈夫」
次は難なく立ち上がって冷蔵庫にたどり着き、三本目の酒を抱えて机に戻る。ニキは心配そうな顔をしているが、俺は気にしていなかった。多分少し酔っているだけだから、心配しなくていいだろう。大学に入ってからすぐの酒の場ではたまにこういうこともあったし、今は耐性がついたからもう大丈夫だと思う。それに自宅であるため、何かあっても自分で対処出来る。
「ボビーさっき思いっきり体打ってたように見えたけん、痛くない?」
「全然よ、痛ないわ」
「まぁ、なんかあってもボビーの家だし、なんとでもなるよな」
ニキの心配を他所に、特に何事も無かったようにして飲み進める。ご飯も食べ切って、つまみのお菓子を少し食べつつまた他愛もない話をする。ニキは話すのが上手いから、聞いていて心地良い。楽しいし、ツッコミも楽しい。笑顔で楽しい話題がするすると言葉が出てくるニキの口元を、俺はぼーっと見ていた。
段々と頭がふわふわしてくる。さっきよりも心臓は鳴っているし、体に熱が篭っている。ニキの声が心地よくて聞き惚れてしまう。この声が好きだなぁと、改めて思う。パソコンを通したdiscordで聞くより、やっぱり直接聞いた方がいい声だ。気持ちいいな。
「……ニキぃ」
「どしたん」
「お前ほんまいい声やなぁ」
「なんだよ急に、酔ってんの?」
「酔っとらん、酔っとらんけどさぁ。ニキの声やっぱり好きやなーって思ってさぁ」
「おいおいー、照れるだろ?このこの〜」
「おれ、ニキのこと大好きやからさぁ」
「……ん?」
「声も顔も好みやし、やっぱ好きなんよなぁ」
「ボビー?」
「初めて会った時はなんとも思わんかったけど、一緒にいてどんどん好きになってさぁ」
「ねぇ、ちょっと…」
「おれ、ニキのこと今もずっと大好きやねん…」
自分でもよく分からない。言葉が沢山溢れてくる。ニキに対する気持ちが高鳴って、溢れ出していく。頭も体もふわふわしていて、自分で何を言っているのかよく分かっていない。ニキが不思議な顔をして俺を覗き込んでいるのがわかる。ニキは俺の目をよく見ている。その目に惹き込まれそうになる。ニキの黒い瞳がキラキラして見えた。
「ボビー、酔ってるよね。水持ってくるから」
「行かんで、ニキ……」
ニキがどこかへ行こうとするから手を掴んだ。どこかに行ってしまうのが嫌だった。俺の隣にずっといて欲しかった。俺以外の男や女の隣でこんなふうに笑っていて欲しくなかった。俺から離れて欲しくない、ずっと俺とコンビでいて欲しいし、活動して欲しいし、俺の事を好きになって欲しい。手を離したくない。この、肩が触れるくらいに並んでいる距離を崩したくなかった。
「行かない、行かないけどさ、酔いすぎだからとりあえず水…………っ!」
俺はニキにキスをした。
あまり頭が回ってない。
「ぼ、ボビー!なんだよ急に……」
ニキは驚いたようで顔を背けた。
「ニキ、こっち向いて……」
また、ニキにキスをした。
「はは、照れてやんの」
「そ、りゃ……いきなりどうした、ボビーなんかおかしいよ、酔いすぎ酔いすぎ」
「だっておれ、ニキのこと好きだから、ニキは俺の事好きやないの…?」
不安になって聞いてしまう。頭が回ってないから、自分が何を言っているのかよく分からない。
「俺……は」
ニキは少し俯いて考えているようだった。
少しの間の沈黙。
「……にき…俺、おれ……」
頬に何かが伝う。少し暖かい水が。そんなに飲んで無いはずだが、ペースを間違えたか?頭が回らないし体も熱いし何かおかしい。
俺は泣いていた。
「ちょ、ちょっと待って、泣かないでよボビー」
「だって、ニキ、答えてくれへんから……っ」
「びっくりしただけだよ、ごめんね?……僕もボビーのことちゃんと好きだよ」
「…それ、どっちの意味?」
「……んー、えーっと…」
「ちゃんと言うてや!」
不安になってまたポロポロと涙が溢れてくる。友達として好きって言われたら立ち直れない。回らない頭で色んなことを考える。このまま活動できなくなったらどうしよう、このまま会えなくなったらどうしよう、2人でゲームをすることが出来なくなったらどうしよう。俺の気持ちが気持ち悪いものだって思われたらどうしよう。色んな不安がぶつかって苦しくなって涙があふれる。
でも、そんな俺を、ニキは優しく撫でてくれる。
「僕は、人として好きっていうか……その、恋愛的な意味で、ボビーのことが好きだっ…た」
ニキは少し恥ずかしそうに俺にそう言った。
俺は驚いた。驚きすぎて目を見開いたままニキを見つめてポロポロ泣いていた。
「本当…?」
「うん、本当」
「俺の事、好きなん?」
「うん。好きだよ。女の子より好きだったよ」
「……嘘やないな?俺に合わせて言ってるだけじゃないんよな?都合よく言ってるんとちゃうよな?」
「違うよ!僕本気だって!本気でボビーのこと好きだったし、ちゃんと恋人として一緒にいたいなって思ってることあるし……」
「俺、ニキのこと抱けるって思っとるで」
「僕だってボビーのこと抱き潰したいよ」
「まじか?」
「まじですが?」
「俺とヤレるん?」
「ガチでヤレる」
いつの間にか止まっている涙のことは忘れていた。ニキは俺の肩に手を添えて、真剣な目をしてそんなことを言っている。この顔はふざけてない顔だから、多分本気なんだろう。話の内容が少しおかしいが、ニキのこの目は本気だ。
「変とか、気持ち悪いとか、思っとらん…?」
「思っとらん思っとらん、嬉しいよ」
「嬉しい?」
「うん、裕太が僕のこと好きって伝えてくれて、同じ気持ちだったんだなーって」
彼が「裕太」と呼んだ。俺の事を名前で呼ぶ時は真剣な時だけだった。それでやっと確信することが出来た。ニキは俺のことが好きだった。両思いということで、いいんだろうか。
「酔いが覚めてきたわ……」
「さっきのさ、酔った勢いで好きって言った、とかじゃないよね?」
「まぁ……酒はあったけど、本気やで」
「じゃ、いいよね」
「ニキ………っ!?!」
今度はニキからキスされた。肩をグッとニキの方に寄せられて、そのまま。
「……ニキ?」
ニキの少し耳が赤くなっている。これは酒か?それとも違うのか分からなかった。さっきまでの不安そうな、でも優しい目とは違って、少し鋭くなっていた。俺を狙っているような、何か企んでいるような。
「裕太」
「な、なんや急に名前で」
「僕、裕太のこと好きだったよ、ガチで」
「……あ、ありがとう…」
「裕太は僕のこと、本気で好き?」
「す、好き」
「本気?」
「本気、マジやって、多分お前より俺の方が気持ち重いで……?」
「じゃ、良かった」
「!!っ………ふ、う…ん……ぅ…!んん…っ」
ニキが「良かった」と言った瞬間またキスされた。今度は軽い触れるキスじゃなくて、舌を絡めた大人のキス。ニキにリードされて深く絡めていく。キスのリードをされたことの無い俺は、少し苦しく感じつつ、違う意味でも体は感じていた。
ニキの体温が口内から伝わってくる。息がかかってくすぐったい。ニキの匂いがする。髪から好きな匂いがする。気持ちいい。気持ちよくて蕩けそうになる。腰に手を置かれていて、それにもゾクゾクしてしまう。
「苦しいのに、気持ちいいんだ。」
「ち、がう…っ!」
「腰、動いてたよ」
「い、言わないでや…」
「もっかいする?まぁ僕がしたいからするけど」
「や、めっ……ぅんん…っ」
俺に拒否権はないようだ。また口を塞がれてしまう。こんなふうに、俺には少し強引なニキが好きだった。絡め合う舌が気持ちいい。甘くて、男の味がする。元々男が好きだった訳じゃないが、ニキだからこそ。好きなのだ。
苦しいくらいにキスをして、近くて遠かったはずのニキが俺に絡んでくる。段々とクラクラしてきて、酸欠気味になる。しかしそれが何故か気持ちよくて、腰がジンジンと熱くなる。
「はぁ……っ、ぁ、にき…まって…っ」
「…やめとく?」
「やめ…ないでほしいけど…」
「じゃあ、裕太はどうしたい?」
答えたい。けど、答えたくない。
恥ずかしいが過ぎるし、相手はニキだ。
例え俺らの恋心が本気であって両想いでも、流石に。
「さっき、酒があったとはいえキスしてきたのは裕太だよね?」
「……っ」
「じゃあ僕からもしていいけんね」
「で、でも」
「僕のこと好き?」
「……」
「目を見て」
下を向いた俺をグイッと上に向かせる。
無理やり目を合わせられたが、ニキは優しい目で何かを狙っているようだった。俺はそれにまた見とれた。
「好き…」
「両想い確定ね
裕太、僕もずっと好きだったよ。嬉しかった。ありがとね。ずっと近くにいて抱きしめたかったよ、もどかしかったわぁ……」
そう言ってニキは俺を強く抱き締めた。酒があるからか、散々キスをしたからなのか体温が熱い。愛おしさで、俺もニキを抱き締め返した。やっと繋がれたことが嬉しくて、顔が綻んだ。
「ねぇ、またキスしちゃだめ?」
「……ダメ…やないよ」
「エッチなのも?」
「そんなん聞くなや、今更」
「じゃ、ボビー受けだからね」
「……は?」
「沢山甘やかしてあげる」
「いやいやいや、何言うてんのお前」
「だってキスだけであんなに大きくさせて腰動かしちゃってさ、蕩けた顔してるの。さすがに可愛すぎだって…」
「いや、まって、ちょっと待ってや…!」
「いーや、待たないよ」
「愛してるよ裕太、俺だけの裕太でいろよ」
そう言ってまたキスをした。
深く深く何度も絡めあってキスをした。
お互い熱くなり、蕩けて、完全にニキにペースを掴まれた俺は、ニキの言うままに従った。
夜は本当に長かった。
結局、ニキは俺の家に泊まっていった。
今まで無かったが、俺の布団で2人で眠った。
昨夜の熱い体温がまだ残っているようだった。
朝、目が覚めたら隣にニキが眠っていた。
寝顔もかっこよくて、少し見とれていた。
おはようと声をかけるのも勿体なくて、そのまま少し俺も横になったままニキを眺めていた。
ニキが起きるまで、このままがいい。
酒の幻想だったらいやだから。
このまま覚めないで欲しい。
夢なら覚めないで欲しい。
夢じゃないよな、と、自分の手を抓る。
痛いから、きっと夢じゃない。
眠っているニキの髪に触れてみる。
ちゃんと触れる。夢じゃない。
どうか、どうかこのまま覚めないで
END