テラーノベル
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僕が描いている時だけ、世界は静寂に包まれる。
人の声も、時間も、全てが薄くなる。
だから僕は、いつも教室の隅で座っていた。
孤独が好きというわけではなく、単に孤独以外の状態を、信用していないだけだった。
ある日、僕の背中に誰かの視線を感じた。
振り返らなくても、僕には分かる。
好奇心でも、警戒心でもない、逃げない視線。
少年の名はランベール、であるということだけは知っていた。
その視線が気になった僕にとっては、物凄く鬱陶しいものだった。
「見てるなら、最後まで見ろ」
そう言ったのは、彼を追い払うつもりだったからだ。
しかし、彼は言葉通り、本当に最後まで見た。
途中で目を逸らさず、絵の一番酷いところも、塗り重ねた失敗も、最初から見なかったことにはしなかった。
それで、僕は分かった。
彼は、僕が壊れているところを見ても、離れない。
そこからは、危険な香りがしたような気がした。
だから、僕は彼を自分に近づけた。
放課後の美術室で、僕とランベールは二人きり。
ランベールは喋りすぎず、沈黙を僕に返してきた。
どうしてかは分からないが、彼がいると、筆が捗った。
今まで出せなかった色が出るようになった。
思い出したくなかったあの頃の夜も、線画にしてしまえた。
彼は、自分の世界に入り込んでいる僕を、構わず見続けた。
触れたのは、彼の方が先だった。
彼の躊躇さが気に入らなかった。
だから、キスをした。
単なる衝動ではなく、僕から彼への確認だった。
逃げる、拒む、受け入れる。
彼はどれもしなかった。
ただ、ゆっくりと目を閉じただけだった。
それから、ランベール は僕の傍にいた。
「大丈夫?」と聞く代わりに、「見てる」と言う。
ただ、それでよかった。
それが正しかった。
その日から、僕はランベールに触れなくなった。
肩にすら手を置くことはなくなった。
なぜなら、触れる必要がなかったからだ。
僕が視線を向けるだけで、彼は金縛りに遭ったのかのように、動きを止める。
一歩引き、浅い呼吸を整え、僕が次の線を引き始めるのを待つ。
下手に触れない方が、彼のことを深く縛れる。
温度は現実を思い出させるものだが、視線は関係そのものになる。
天気が優れなかったとある日に、僕は最後の絵を完成させた。
逃げ道のない、終末の世界で立つランベールの姿。
完成した瞬間、僕は初めて安心し、ほっと息を吐いた。
振り返ると、ランベールは当然のようにそこに立っていた。
「どう?」
ランベールは、僕から目を逸らすことはなかった。
「これは、何…?」
声を震わせながら、絵を指差す彼に、僕は強い感情を抱いた。
「君はもう、僕からは逃げられないよ、ランベール」
それで、全てが終わった。
世界が壊れるような音はしなかった。
ただ、不要になった、それだけのことだった。
今も僕は、一枚の絵を描いている。
ランベールは僕の筆使いと絵をじっと見ている。
それでも、僕は彼を確かめない、触れない。
なぜなら、もう必要なくなったからだ。
彼が見ている限り、僕は壊れたままでいれる。
それが、僕たちが選んだ世界だった。
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