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第14話 劇薬の処方箋と、乱入する猛獣
私は、最低限の解毒と応急処置を終えた紅玉様の寝台の傍らに立ち、背後に控える侍女頭を振り返った。
「さて。誰が、何を盛っているのですか。事情を説明してください」
私の単刀直入な問いに、侍女頭はビクリと肩を震わせ、重い口を開いた。
「あの日以来、紅玉様は……四大夫人の一角として、常に完璧な模範であろうとご自身を追い詰めておられました」
侍女頭の声は、主への同情と後悔に満ちているように感じられた。
「それが精神的な負担となり、次第に夜も眠れなくなっていったのです」
「負担ですか。具体的な何が負担になったんです?」
私が即物的な事実確認を求めると、侍女頭は視線を彷徨わせた。
「それは、その……」
「言いたくないならいいです。はい続き」
私が間髪入れずに先を促すと、侍女頭は目を丸くした。
「……はい」
戸惑いを浮かべながら、彼女は話を再開した。
「不眠と疲労に悩む紅玉様は、後宮専属の『ある医官』を密かに呼び、『特別なお薬』を処方してもらっていたのです」
結果として紅玉様は不眠から解放された。
しかし、その薬を飲むたびに、顔色は悪くなり、精神的にも不安定になっていったという。
「なぜ飲むのを止めなかったのですか?」
「紅玉様は『私の心が弱いから精神的に揺らぐの』と思い込み、眠るため、無理をしてさらに飲み続けてしまったのです……」
侍女頭は涙ぐみながら、主の強迫観念を代弁した。
「『弱いから』と思い込む理由も、言えないんですか?」
「はい……申し訳ありません」
侍女頭が深く頭を下げる。
そこにどれほどの葛藤や秘密があろうと、私には関係のないことだ。
「別にいいです。情報としては十分でした。ありがとうございました」
私はさっさと引き下がることにした。
「貴方も微量ながら症状が出ています。安静にしてください」
私は、足元がおぼつかない侍女頭の肩を掴むと、近くの長椅子へと強引に押し倒した。
「えっ、あの……」
「寝ていなさい。これ以上患者が増えると私の仕事が増えます」
生きた人間の感情の機微など、どうでもいい。今は物理的な状況を悪化させないことが最優先だ。
私は再び紅玉様の様子を確認するため、寝台を覗き込んだ。
浅い呼吸を繰り返す紅玉様が、熱に浮かされたように微かに唇を動かした。
「……翠蓮、様……」
微かだが、確かな響き。
(様? こんな気位(プライド)の高そうな人が、自分より序列の低い相手に様付け?)
先日の「命の恩人」という情報と繋がりそうになる。
だが、その思考は途中で強制終了した。
グラリ。
強烈な目眩と立ち眩みが、私の視界をぐにゃりと歪ませた。
毎晩、紫苑にタコのように拘束され、まともな睡眠をとれていないツケがここに来て一気に襲いかかってきたのだ。
(……いけないわね。私の体力も限界だわ)
私は寝台の柱に寄りかかり、荒い息を吐いた。
冷や汗が背中を伝う。一人ではもう立っているのも辛いが、原因不明の毒に侵された紅玉様を置いて、この場を離れるわけにはいかない。
私が視界の明滅に耐えながら、どうにか思考を立て直そうとした、その時だった。
ドォン!!
紅薔薇宮の重厚な扉が、凄まじい音を立てて蹴破られた。
舞い上がる埃の中に立っていたのは、不機嫌を絵に描いたような顔の皇帝・紫苑だった。
彼は周囲の惨状や、寝台で倒れている紅玉様には一切目もくれなかった。
「……遅い。どこをほっつき歩いている」
一直線に私を射抜く、鮮血のような紅い瞳。
自分の「安眠枕(私)」がいつまで経っても戻ってこないため、痺れを切らして自ら回収に来たのだろう。
私は、限界を迎えた頭でぼんやりとその美貌を見上げながら、小さく息を吐いた。
(……大型犬の、お迎え……、)
コメント
1件
今回も引き込まれました!紅玉様が「完璧であろうと自分を追い詰めて不眠に陥っていた」という内面の弱さが、侍女頭の告白でじわりと浮かび上がってくるのが印象的でした。それに対して主人公が即物的に「続き」と促すスタンスも、彼女のキャラが一貫していて好きです。最後の紫苑様の乱入と「大型犬のお迎え」で場の空気が一変する構成、読んでいて思わず笑みがこぼれました。設定も伏線も上手く溶け込んでいて、次が本当に楽しみです!