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一週間前の任務で呪霊の攻撃から自分の身を呈して棘くんを庇った結果、大怪我をした上に三日ほど意識不明となっていた私。まぁ今はすっかり元気だけど。
乙骨くんから聞いた話では、私が眠っていた間棘くんにはかなり心配させてしまったようで、周りからは「見ていられない」と言われるほどに落ち込んでいたらしい。おまけにまともに眠れなかったらしく、棘くんの目の下には薄らと隈が出来ていた。
「……ご心配をおかけしました」
「しゃけ」
「たくさん心配させた分好きにしてくれていいので…」
「……高菜?」
「本当に」
そう言うと少し考える素振りをする棘くん。ワンチャン家入さんに貰った例のブツの出番とか来るのだろうかと思考を遥か彼方に飛ばす。数十秒ほど考え込んだ後、してもらいたいことが決まったのか、棘くんは私の目を真っ直ぐと見て言う。
「明太子」
「うん、いいよ………………って、それだけ?」
え、添い寝だけでいいの?……ってちょっと待って。この反応だと私がそれ以上を期待してるみたいじゃん。してない、してないから。断じてそんなことは無い。
「……いくら、こんぶ。ツナマヨ」
「思いっきり私のせいじゃん。ごめん」
寝ようとして目を閉じるも、私が吐血して倒れる瞬間がフラッシュバックしてしまい寝ることが出来ない、と。予想外の理由に思わず頭を抱える。マジですみませんでした。これは土下座案件。そうだよな、普通目の前で彼女がぶっ倒れたらトラウマになるよな…。ごめんね棘くん、今度いっぱい甘やかすから許して……。
「……まぁ、確かに私が傍にいれば寝れるかもね」
「ツナマヨ〜」
「ん〜、じゃあ夜に棘くんの部屋に行けばいい?」
「しゃけ」
じゃあ夜にね!と言って棘くんと一旦別れ自身の部屋へと戻る。夕飯を食べる前にお風呂に行こうと着替えを準備していると、あることに気付いた。
棘くんと一緒に寝るって、それ要するにお泊まりイベ発生ってことでは????
夜九時を少し過ぎた頃。男子寮に足を踏み入れ、棘くんの部屋の前に立つ。お泊まりイベ発生なのでは、と気付いてしまった瞬間からめちゃくちゃ心臓がうるさいんだよなぁ。布団入っても寝れるのかこれ。
控えめに扉をノックすると、中から棘くんが出てきて部屋の中へ招き入れられる。少し眠いのか、いつもよりふわふわしている棘くんに手を引かれベッドへと連れて行かれる。そしてベッドの上に座るよう言われたため、ベッドに乗り正座をすると私の膝を枕にして横になる棘くん。あれ、布団入らなくていいのかな。名前を呼びながら顔を覗き込むと、横になって数秒しか経ってないにもかかわらず、すぅすぅと寝息を立てながら寝ているのが分かった。
「……どうしよう、可愛い」
棘くんの寝顔見るのは二回目だけど、前はじっくりと見れなかったからな…。可愛い、可愛すぎる。美少女か?ってくらい可愛いんだけど。写真撮っていいかな。というかすごいナチュラルに膝枕してるけど…。寝心地悪くない?大丈夫??
付き合い始めた頃よりも伸びてきた棘くんのふわふわの髪を撫でる。昼間聞いた話では、十分おきくらいに目が覚めてしまっていたらしいのだが、今は私が傍にいるからか随分と穏やかな寝顔をしていた。棘くんって結構睫毛長いよなぁとか、肌綺麗だなぁと考えながら見つめていると、微かに唇が動くのが見えた。
「……ん、…れな」
「…………待っ、ねぇ……はぁ〜………?」
寝言だけど名前呼ばれたぁ……。可愛い、可愛いがすぎる。棘くんどうしてそんなに可愛いの。私の心臓がもたないんだけど。推しからの供給がすごい。
「可愛いって感想しか出てこない……好き……」
普段名前を呼ばれない分、破壊力がすごい。好きな人に名前を呼ばれるってこんなにも嬉しいものなのか。メッセージ上では名前で呼ばれたことあるけど、実際に棘くんに呼ばれるのは初めてなのでは?今日は記念日か?それとも私の命日かな???
それにしても、寝言で私の名前を呼ぶって一体どんな夢を見ているのだろうか。ここ最近の夢見が悪かった分楽しい夢だといいんだけど。
─✻─✻─✻─✻─✻─✻─
可愛いの権化である棘くんを膝枕しながら頭を撫でること約十五分。私はとある壁にぶち当たっていた。
(足痺れてきた……)
姿勢崩していいかな、これ。でもそうすると棘くんを起こしちゃうし…。せっかく気持ち良さそうに寝ているのだから、もう少しだけ我慢しようと決める。しかし限界というものは必ず来るもので。
「…ちょ、も……無理……」
耐えきれず、私は足を刺激しないようゆっくりと体勢を崩す。ピリピリとした感覚がふくらはぎの辺りを走り、足先に至っては感覚が無い。数分もしたら元に戻ると思うけど。
ふぅ、と息を吐くと、太腿の上で棘くんがもぞもぞと動く感覚が伝わってきた。今ので起こしてしまったか。視線を下げると、「……んん」と掠れた声を出しながらゆっくりと目を開ける棘くんの姿が目に入る。
「ごめんね、起こしちゃったね」
「ん……れな…」
寝惚けているのか、おにぎりの具ではなく普通に返事をする棘くん。声掠れてるのが、なんか、あの、大変えっちですね…。そしてとても可愛い。これはついつい口元が緩んでも仕方がないだろう。ゴロン、と寝返りを打って私の腰に抱きついてくる棘くん。そのまま華麗に二度寝キメようとしてるけど、そうはさせないからな。
「とーげーくん。寝るなら布団入ろ?」
「んー……」
軽く肩を揺すると、棘くんは目を擦りながらゆっくりと起き上がる。そして半分ほど目が閉じた状態で手探りで布団を手繰り寄せると、私と自分の足にかけ、そのまま電池が切れたようにベッドへと倒れ込んだ。すぅすぅと寝息を立てる棘くんの頭を一度だけ撫で、ベッドを出て部屋の電気を消す。そして自分と棘くんにちゃんと布団をかけて彼の横に寝転ぶ。暗闇に目が慣れてくると、ぼんやりと棘くんの寝顔が見えた。
そろそろ私も眠くなってきたなぁ、と思いながらじっと棘くんを見ていると、寝返りを打った彼の顔が目の前に来る。普段よりも少し幼く見えるその顔に、思わず笑みが溢れた。棘くんの前髪を優しくかき上げて額にキスを一つ落とし、私の胸の前に置かれた棘くんの手に自分の手を重ねて「おやすみ」と呟く。
なんだか今日は、良い夢を見られそうな気がする。そんなことを考えながら目を閉じると、数秒ほどで私の意識は深く沈んでいった。
何かが自分の近くで動く気配がして目を覚ますと、私の胸元に顔を埋める棘くんがいた。もう一度言おう。私の胸元に顔を埋める棘くんがいた。寝ているだけかとも思ったのだが、ボソッと「柔らかい……」って呟いたのが聞こえたからこれは起きてる。
「とげくん、なにしてるの」
「…………おかか」
何もしてない、じゃないでしょ。しっかりと堪能してんじゃん。一向に胸元から顔を離さない棘くんに、私はわざと棘くんを抱き寄せるように、さらに身体を密着させて囁く。
「……棘くんのえっち♡」
「…〜〜ッ!!た、高菜!!!」
ガバッ、と勢い良く起き上がる棘くん。顔を真っ赤にして口をパクパクとさせており、かなりびっくりしたようだ。ちょっとイジワルしすぎたかな。
「おかか!」
「ん〜?なんのこと〜??」
「高菜ァ!!」
そういうのよくない!と叫ぶ棘くんにニヤニヤしながらわざと顔を近付ける。すると棘くんは私の肩辺りを凝視した後、さらに顔を赤くして目を逸らした。どうしたのかと思いつつも自身の左肩に触れると、ブラ紐が指先に当たる。そういえば、襟元がゆったりとしている服を部屋着にしているから寝起きはいつもこうしてブラ紐が見える状態になっているのを忘れていた。いつもは一人だから気にしてなかったし。
「……いくら」
「棘くんピンク好き?」
「ちょっと黙って」
早く隠して、と言う棘くんによく見えるようにとブラ紐を指に引っ掛けてそう聞くと、呪言を使われ強制的に口を閉ざされる。そして額に手を当て「はぁ〜」と大きく息を吐く棘くん。うーん、少しやりすぎた?
「…すじこ、高菜」
「それは知ってるけど……?」
「お〜か〜か〜!!」
棘くんが男子なのは見ての通り分かるけど…?しかし彼が言いたいのはそういうことでは無いらしい。眉間に皺を寄せる棘くんにベッドに押し倒されたかと思うと、鎖骨や首筋を甘噛みされる。そして服の中に手を入れると、お腹を指先でゆっくりとなぞる。
「……んッ、…と、げく、ん」
「ツ〜ナマヨ?」
「ち、違いますぅ!」
耳元で低い声で「こういうことしたかったんじゃないの?」と囁かれ、全力で否定する。違うもん。ちょっと揶揄っただけだもん。しかし、棘くんはスイッチが入ってしまったのか私の耳や首筋に何度かキスをする。服の中に入れられた手がお腹の上を優しく這う。そして胸に触れそうになった瞬間、ピコンという音が部屋に響く。この音、確か棘くんのスマホの通知音だ……。続けてピロン、と私のスマホからも音が鳴る。少し不満そうにスマホを確認する棘くんに苦笑いしながら私もスマホを見ると、真希ちゃんからメッセージが二件来ていた。
《お前、まさかまだ寝てたりしないよな?》
《あと十分で授業始まるぞ》
「え”」
慌てて時間を確認すると八時二十分。確か一時間目って日下部先生の授業だった気がする。これはもう説教されるの確定じゃん。急いで自分の部屋に戻って準備をしなければ、とベッドから出ようとすると、棘くんに腕を掴まれる。
「棘くん、早く準備しないと」
「……こんぶ」
「何言ってるの!?ダメだよ!?」
諦めたような顔で「サボっていいかな」と言う棘くん。いや、ダメだよ!?怒られるのが嫌なのは分かるけど、サボる方がもっと怒られるからね!?
その後、二人仲良く遅刻して怒られた。
一時間目の授業が終わり、先生が教室を出て行くと同時に大きく息を吐く。今日はいつもより真面目に授業を受けた気がする…。「遅れてきた分、授業態度で挽回しろ」なんて言われたらそりゃあねぇ。
机に突っ伏していると、クイッと髪を軽く引っ張られる感覚がする。顔を上げると、棘くんが私の髪をクルクルと指でいじっていた。
「ツナ、いくら?」
「え?いいけど……」
髪をいじりたいと言う棘くんにヘアゴムと櫛を渡す。私の後ろに立って鼻歌交じりに髪を梳く棘くんは随分と機嫌が良さそうだった。
「明太子〜」
「そうなの?棘くんはどの髪型が好き?」
「……すじこ!」
「全部かぁ」
「ツナマヨ、高菜」
「そんなストレートに褒められると照れるんだけど…」
和気藹々と話していると、髪をいじり終わったのか「ツナ!(完成!)」と言われる。どうやら、出張!狗巻美容室の本日のおまかせはツインテールだったようだ。初めてやったにしては上手いな?左右の高さがちゃんと揃ってる…。また今度棘くんに髪縛ってもらおうかな。
「ツナマヨ〜」
「ふふ、ありがとう」
「ツナマヨ!ツナ!」
「教室で愛を叫ばれた……」
可愛い可愛いと褒めながら後ろから私を抱き締める棘くん。そんな何回も可愛いって連呼されたらさすがに照れるんだけど…。おまけに「可愛すぎる!好き!」って反応、推しを前にしたオタクじゃん。私達は互いが推しだった……?
恥ずかしさを誤魔化すかのように少しふざけたことを考えていると、棘くんが猫撫で声で言う。
「明太子?」
「え、今日も?」
「……おかか?」
「その顔反則ゥ…。ダメじゃないです……」
「すじこ〜♡」
今日も添い寝して?ダメ?と捨てられた仔犬のような目で言われたら拒否れるわけないでしょーが!本当に私チョロすぎないか?棘くんに対してだけだけど。
それにしても今日も、ねぇ。……朝の続きをやったりするのだろうか。マジで家入さんに貰ったやつの出番が来ちゃう系?一応持ってった方がいいのか?いやでも、朝のは私が煽るようなことをしたからであって、添い寝するだけなら大丈夫では?うーん、でも一応…。
ぐるぐると頭の中で考えるも、結局どうするか決めることは出来なかったのでその時に考えることにしよう。思考を放棄したとも言う。
「じゃあまた九時ぐらいに行くね!」
「しゃけ〜」
─✻─✻─✻─✻─✻─✻─
「……教室でデカい声で『好き』って叫ぶか普通」
「本当に仲良いよね、あの二人」
「仲が良いで済ませていいのかアレ」
呆れたように言うと、本気でそう思っているのであろう憂太がニコニコとしながら言う。パンダの言う通り仲が良いどころじゃないだろ。どこからどう見てもバカップルだわ。
棘に髪を縛ってもらえてご機嫌な玲奈と、そんな彼女に可愛いと連呼する棘を眺めていると、棘が猫撫で声で言ったとあるセリフに思わず耳を疑う。
「……?今『今日も添い寝して?』って聞こえた気がしたんだが気のせいか?」
「俺も聞こえた。え、何?二人仲良く遅刻したのってそういうこと?同じ部屋で寝てたの?マジ?」
「男子寮の下駄箱に比名瀬さんのらしき靴があったの見間違いじゃなかったんだ……」
憂太、そういうことは早く言え。二人同時に寝坊とかそんなところまで息ピッタリじゃなくてもいいだろ、って思ってたんだが。そりゃ同じ部屋で寝てたら一緒に遅刻してくるわ。
私らのことなど気にしていないのか、二人の空間に入り込む棘と玲奈。だんだんとあのバカップルがイチャついていても「またやってるなー」ぐらいにしか思わなくなってきている自分自身に、慣れってすごいなぁと感心してしまう。すると、楽しそうに話している二人をじっと見ていたパンダが不意に口を開いた。
「なぁ、添い寝すると匂いって移るのか?」
「え?どう、なんだろ……」
「なんだよ急に」
「いや……。アイツらさ、お互いからお互いの匂いがするんだよ。それってかなりくっついてたってことだろ?本当に添い寝だけで終わったのかね」
「「……」」
パンダの爆弾発言に思わず黙る私と憂太。私ら三人に疑惑の目を向けられているなど気付かずに楽しそうに談笑する二人。
……なんかいつもより距離が近いような気がしなくもないけど。たぶん気のせい。いやだってあの二人まだ付き合って二ヶ月だぞ。まさかそんなわけ。
そんなわけ、ない……よな?
棘くんの部屋に行く前に、ベッド横の棚からとある物を取り出してそれと睨めっこすること約五分。
「……これ本当どうしよう」
以前家入さんに貰った、その、そういうことをする時に使うゴム的なアレである。しかも一個だけではない、三個。猫ちゃんが描かれた可愛らしいものであるせいで捨てるに捨てられなかったのだ。可愛い顔しやがって。
「持って、く……べき?」
うーん、と口に出して悩んでいると、時計の針が夜の九時を指そうとしていることに気付く。そろそろ行くかと手に持っていたソレをしまうと、自分の部屋を出て、棘くんの部屋へと向かった。昨日と同じように部屋の扉をノックすると中から棘くんが出てくる。昨日よりも幾分か顔色が良くなっており、添い寝の効果ってすごいなぁと、つい他人事のように感心してしまう。
棘くんに手を引かれて部屋の中に足を踏み入れる。すると、足元でカサと何かが落ちる音がした。視線を下げると、私の足元に落ちていたのは猫ちゃんが描かれた見覚えのある正方形の物。あれ、私、部屋出る前に棚の中にしまわなかったっけ。…いや、しまってないわ。何を思ったのかズボンのポケットに突っ込んだわ。今の今まで気付かずに持ってきてしまったのか。
棘くんに気付かれないうちに隠そうと、素早くそれを拾おうとする。しかし今の私は棘くんと手を繋いでいる状態なため、しゃがんだらそりゃあバレるわけで。
「……明太子?」
「……何もしてないよ?」
何してるの?と訝しげに聞いてくる棘くんから視線を逸らしつつ、拾ったものを見られないよう後ろに隠す。いきなりしゃがんでおいて何もしてないはかなり無理がある言い訳だが、他に思いつかなかったのである。頭が混乱した状態で上手い言い訳を考えられるほど私は頭が良くないので。そして私が何かを隠すのをバッチリ見ていた棘くんは、私と視線を合わせるようにしゃがみ込みニッコリと微笑む。
「たーかーな?」
「な、にも隠してない、です」
「おかか。こんぶ」
「いや、これはちょっと……見せられない、かな?」
「 見 せ ろ 」
呪言を使うのはちょっと卑怯では?必死に抵抗しようとするも、棘くんに言われた通り隠し持っていたものを見せようと勝手に動く私の手。最初からそうやって見せればいいのにと息を吐く棘くんだが、私の手に握られた物を見た瞬間に目を見開いて固まった。
「…………………………すじこ?」
「………………以前、家入さんに、貰いました」
「……いくら、高菜?」
「…………朝のこともあったので、もしかしたら使うのではと悩んでいたらいつの間にか持ってきてました」
「……」
戸惑いながらも質問をする棘くんに正直に答える私。何これ拷問?新手の拷問か?すっごい恥ずかしいんだが。私なんでコレ持ってきちゃったの。
恥ずかしさから棘くんの顔を見れずに俯いていると、するりと繋いでいた手を恋人繋ぎに変えられる。それと同時に先程まで持っていた物が手の中から無くなる。驚いて顔を上げると、少し顔を赤くした棘くんが私の手から抜き取ったソレを持ってニヤニヤと笑っていた。
「……こんぶ?」
「えっ、いや、……あの、えーっと」
「おかか?」
「……い、や…じゃ、な……い」
そう答えると、ふに、と触れるだけのキスをされる。そして腕を引っ張られ立たされると、ベッドへと連れて行かれそのまま押し倒される。
「……すじこ、ツ〜ナマヨ♡」
耳元で囁かれたその言葉に、今日は寝るのはかなり遅くなるだろうなぁ、という考えが頭の中を巡った。
『気持ちイイこと、い〜っぱいしようね♡』