「あ……。栢山…さん」偶然か、はたまた、運命か。こんな形で彼女を見つけることになるとは……。「あ、あの、ごめんなさい!わたし……」彼女はそこまで言って漸く自分が泣いていることに気づいたようで、ハンカチで両の目を拭った。「北戸さん!よかったら、、よかったら……この後、お茶しませんか?」ダサい誘い文句が口をついて出た。……恥ずかしい。「……事務所で待ってます!!」そう言うと俺は顔が赤らんでいくのを感じながら、そそくさと海猫相談所をあとにした。その日は―、夜遅くまで待ってはいたものの、結局、彼女は来なかった。 2日後―「’ピンポーン-ピンポーン’」珍しいな、うちのインターホンが鳴るなんて。「はい、どちら様でしょうか?」「……北戸です」 ―――「私……俺が淹れた珈琲です。美味しいですよ、飲んでみてください」珈琲の香りを嗅ぐと、頭がスッキリすることに気づいた。今までは、そんなことなかったんだけどな……。「今、本来の性格や能力があなた自身に還ろうとしている」彲さんの考えは正しかったようだ。「”勘”も”勇敢さ”も私…。俺のものか」気づいたことはもう一つあって、それは……俺の中にはまだ”私”(師匠)が僅かに残っているということ。どうやら、珈琲アロマは俺と師匠を繋ぎ留める絆になったらしい。「いい匂いですね……。リラックスできます」北戸さんは穏やかな様子でゆっくりとカップを口に運んだ。しばしの沈黙が訪れる。…私……俺は、”勇敢さ”を出して言わなければならない。「……士能…玲奈さん、あなたは士能達介さんの妹ですね?」「栢山さんは……流石、探偵さんですね。…騙していて本当にごめんなさい……」「……」「仰るとおりです。わたしの本当の名前は士能玲奈で……死亡した……士能達介は、わたしの兄です」 ”北戸葵子”さん改め”士能玲奈”さんは、これまでに起きたこと全てを披瀝してくれた。話し終えた彼女の顔は明るさを取り戻していた。それは、覚悟を決めて吹っ切れた者の表情だった。あの日の私…俺と一緒だ。こちらも同じように、元々”しのれな”のファンであったことや、【タカラバオフィス】にお邪魔したこと等を、全て包み隠さずに打ち明けた。 失踪した”しのれな”、いや、士能麗奈さんが見つかったことによって、達介さんの不可解な死を除いて事件は完全に解決した。 ―と、思った。ところがある一言で彼女の晴々とした顔は再び曇ってしまったのだった。「ほら、マネージャーの鏑木さんもとても心配していましたよ」そこで彼女は突然、震え上がってデスクを叩いた。「嘘!あの人は!わたしのことなんて”道具”としてしか見ていないんです!!」デスク端にあった珈琲カップは床に落ちて割れてしまった。「彼は玲奈さんを家族みたいなものだって言っていたんですよ?」「ふざけないで!!…あ、す、すみません。取り乱してしまって……」折角のかわいらしい顔が歪んでいる。この異常な場面にいながら、俺は…私は……この事件の真相にはまだ辿り着けていない、そんな予”勘”がした。次回 第9話「予”勘”」
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