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これは本気でマズイことになった
途方に暮れながら、彼の心中はそんな一言で埋め尽くされていた
「やっぱ、貨幣価値とかって全然違うんだよな……」
手の中の希少な『ギザ十』を指で弾いて、少年は長いため息をこぼした
そんな彼を見る人々の視線には『珍奇』なものでも見るような不可解な色が濃い
なにせ少年を眺める彼らの中には、ひとりとして『黒髪』の者も『ジャージ姿』の者もいない
無遠慮な視線の波にさらされて、少年は腕を組みながら納得するしかない
「つまり、これはあれだな」
「異世界召喚もの、ということらしい」
『そうだねぇ、昴』
「澪!?」
『どーも、なんでか知らないけど私も昴と異世界召喚とやらに巻き込まれちゃったみたいだね』
『昴が独り言言ってる間に試してみたけど、私は他の人には見えないらしい』
『ついでに触れない、干渉できないみたいなんだよね』
「それってつまり、幽体みたいなもんか?」
「確かによく見りゃ、左目が青くなってんぞ」
『嘘!』
「嘘じゃねえ」
『うーん…謎は深まるばかりって感じだね』
桜井澪は平成日本生まれのゆとり教育世代出身である
菜月昴とは幼馴染であり、少なからず、いや、かなり好意を抱いている
詳細に説明するなら、『友達として遊んでいるうちに、昴に惹かれてしまってかなりガチ恋をしてかなり拗らせている片想い』といったところだ
「異世界召喚か……もはや自分で言ってて意味わかんねぇな」
改めて状況を再確認して、2人はもう何度目になるかわからないため息をついた
先ほどから場所を移し、今は少し薄暗い路地裏に腰を下ろしている
「現状が異世界ファンタジーと仮定して、文明はお決まりの中世風ってとこか?」
『見たとこ機械類はなしで、建材も石材か木材でほぼ統一だね』
「よし、いいぞ俺」
「伊達に妄想してねぇぜ、文明レベルの確認はまぁよし、とりあえず金は通用しない」
「ついでに店主と会話できたし意思の疎通も問題ない」
召喚されたと気付いて、彼が最初に行ったのが『八百屋?』との交渉だった
店先に並んでいた『リンゴ?』を買おうとして、日本円を拒否されたのだ
見た限りでは、この世界での通貨は金貨、銀貨、銅貨などらしい
『そういえば、犬とか猫の普通の動物は見てないね』
『異世界だから、いないのかなあ』
『馬車?』を引かせていた巨大なトカゲは、馬より一回りは大きかっただろうか
細身な分だけ全体的な質量は変わらなそうだが、爬虫類があれだけ大きいと違和感がスゴイ
「一般的……なんだろうな。トカゲも、人間の見た目も」
そして確認を最後に回した部分、この世界における人間の特殊な見た目だ
髪の色がカラフルなのは認める、染めれば基本的に何色の髪でもあり得るし、異世界ファンタジーな時点でそこは納得済みだ
問題視しているのは別の部分、たとえば『獣耳』だ
これらの結論は――
「ジャンルは異世界ファンタジー。文明は典型的な中世風。亜人ありありで、たぶん戦争とか冒険もありあり。動物に若干の違いはあるけど、役割的に変化なし――ってとこか」
『おー、情報分析が凄いね 』
『さすが日々伊達に妄想してない昴だよ』
「なんか地味に傷つく気がする!?」
『褒めてるのに』
「まぁ、さしあたっての問題は」
『異世界召喚された原因も、目的もさっぱりわからない、ですかね』
「お前も大概状況分析凄いだろ」
「召喚される前のことは覚えてるんだよな?」
『うん』
召喚される前のことはよく覚えている
風呂を出て、髪を乾かして
そして、少し散歩に外へ出た
そしてその途中、夜空を見上げて『今夜はまだ満月じゃないかぁ』と思ったことまでは覚えている
るな
552
それからまばたきをしたら、いつの間にか昼だったわけだ
夜から一瞬で昼だ
異常事態に驚いたが、直ぐ横でもっと慌てふためく昴を見て落ち着いて状況把握を始めたのだ
「んじゃまぁとりあえず、持ち物を把握しとくか」
『私は何も持ってないよ、昴は?』
「まずケータイ、財布、カップラーメン、スナック菓子、愛着しているグレーのジャージ、使い古したスニーカー、以上だ」
『それで行くなら私は昨日買ったばかりのグレーのパーカーにジーパンとボロボロのスニーカーかな』
「終わったな……なんで俺はピストルのひとつでも持ってねぇんだ。どーしろと」
『一般人がピストル持ってたら捕まっちゃうよぉ〜、まず手に入らないんだけど』
「事態は絶望的、そしてやっぱり原因は不明。鏡くぐった覚えも池に落ちた記憶もないし、何より召喚ものなら俺を召喚した美少女どこだよ」
『昴風にいうと、メインヒロインがいないってことね?』
「二次元の世界からすればあり得ない職務怠慢だ、 召喚しておいて無目的で放置されたとあっては、やり捨てされたようなもの」
『私はメインヒロイン枠には入らないんですかー?』
「澪はなんつうか、幼馴染枠というか、頼れる姉御枠というか」
「まあ、ヒロイン枠では無いと思うんだよ」
『そっかぁ』
まぁそうだよね、とは思う
実際に、今までの何度のアプローチに気にする素振りも見せず、ひたすらに友達として扱ってくるのだから
恋愛対象として、要するにヒロイン枠として見られていなかったのはこの数年で知っていたことだ
とはいえ、それでも諦めていないのは私の諦めの悪さが原因だろう
面と向かってヒロイン枠じゃ無いと言われても、この気持ちは変わらないのだから
「とにかく当面は生きるのが目的だが……」
「頼れるコミュ力オバケである澪が他の人に見えない以上、コミュレベル1の俺でやってけるのか?」
まともに誰かと会話するなど、家族を除けばコンビニの店員と数日に一度家に押しかけてくる澪ぐらいしかいない
そんな生活を一年近く続けてきたのだ、距離の測り方なんてとうに忘れている
「チャットなら喋るのと変わらないスピードでタイプできんのに……」
『どんだけチャットしてたの?』
と、笑っていたその表情が変わる
理由は音だ
『…昴』
「わかってる」
ふいに路地裏に響いた足音――見れば路地の入口、三人ほどの男が道を塞ぐように立っていた
男たちの侮蔑と嘲弄まじりの視線、それを受けながらスバル達もまた彼らを値踏みしていた
見た目はおそらく二十代半ばくらい
薄汚い身なりと、内面のいやしさがそのまま顔に表れたような雰囲気
亜人ではないようだが、善人でもありえない
「やべぇ、強制イベント発生だ」
薄笑いを浮かべる男たちに対し、スバルは顔を拭って慌てて立ち上がる
明らかに物盗り――しかも、世界設定的に物だけじゃなく命まで盗られる可能性がある
『これもゲーム大好きな昴風に言うと』
『ミッション1『物盗りを撃退せよ』クリア条件は敵の全滅、敗北条件は昴の死亡』
『みたいな感じでしょうか』
背中を悪寒が駆け抜けるのを、スバルは自分の頬を叩いて無視する
開き直るのが現状の最善、まごまごしていては命がヤバい、決断力、には自信があった
「だけど異世界召喚だぜ。俺無双パターンからすれば、ひょっとしたら俺はこの世界じゃメチャクチャ強いかもわかんねぇ」
「なんか重力が元の世界の十分の一とか……そう考えたら体が軽い気がしてきた!いけるかもわかんねぇ!」
『昴…本当に、気を付けてね?』
『私はあの人達にも、昴にも触れないんだから、助けてあげられないの』
「なーんか、1人でぶつぶつ言ってるよ、アイツ」
「状況がわかってないんだろ。教えてやればいいんじゃないか」
気分の盛り上がるスバルに対し、澪の心配は最もであり、男たちの反応はやや冷たい
が、スバルは胸を張り、
「おっと、調子づいてられんのも今のうちだぜ。言っとくが、俺みたいなタイプはこうやって路地裏でチンピラに絡まれたパターンの妄想も日常茶飯事だ。バッタバッタなぎ倒して、明日の俺の糧にしてやんよ、経験値どもめ」
「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。ぶち殺す」
「そりゃ……こっちのセリフだ!」
言い切って、男たちが動くより先にスバルの先制攻撃が入った
懐に飛び込んで渾身の右ストレート
先頭の男の鼻面を見事に直撃し、当たった相手の前歯が理由で拳骨から血が出る
「――初めて人殴った!しかも、思ったより殴った方も痛い!」
『人を殴るのも蹴るのも、自分も痛いことを忘れちゃダメですって、先生はよく言うでしょ?』
「お前の先生は剣道のだろ、生憎こちとら引きこもりで剣道の先生に会ったことなんてねえんだわ!」
殴られた男は地面に倒れて動かない
そのまま感情に任せて、澪の発言にツッコんだ勢いでスバルは驚いている別の男にも躍りかかった
「食らえ! 風呂上りストレッチが可能としたハイキック!」
「ぐはっ!」
弧を描く足先が男の側頭部を打ち抜き、壁に叩きつけて二人目を悶絶させる
思いのほか好調な戦いぶりに、スバルの中で『俺無双』が確信に変わりつつあった
「やっぱこの世界だと俺は強い設定か!アドレナリンだばだばでこれは勝つる――っ」
勇んで振り向き、最後の男を叩きのめそうとスバルは身をかがめた
が、その最後の男の手の中にきらりと光るナイフを見つけた瞬間、かがめた体が沈み、
「すみません俺が全面的に悪かったです許してください命だけは――!」
土下座、それは相手に対して降伏を示す、最大にして最低の和の心だ
『刃物は危険、相手を簡単に殺せる上に日常で相手をする機会なんてそう無いから対処法もわからない』
『私ならなんとかできなくも無いかもだけど、昴はちょっと無理かな…』
「ツッコミが痛いです、澪さん!その通りだけど!」
気付けば一撃食らわして倒したはずの二人も復活している。それぞれ鼻血の垂れる顔を押さえていたり、くらくらする頭を振ったりしているが、それ以外は元気そうだ。
「あれ!?俺無双の攻撃でダメージ小ってどゆこと!?召喚もののお約束は!?」
「なにわけわかんねえこと言ってやがる! よくもやってくれやがったな!」
土下座する顔面を上から踏みつけられ、額で地面を削って血が流れた。
『昴…!!』
そのまま顔を蹴りつけられ、必死で丸まる体に次々と攻撃が加えられる
『私が、干渉できたら』
『昴が、このままじゃ、死んじゃう…』
先に攻撃された形の彼らには容赦がなく、このままではなぶり殺しにされるだろう
玉砕覚悟で暴れても、重傷一歩手前の今では一矢報いれるかも微妙だ
かといってこのまま死ぬのも無理
「動くんじゃねえよ、ボケ!」
「あたたたたた!痛い痛い痛い!!」
立ち上がろうとするが、悲鳴しか出ない
「動けないようにしてから身ぐるみ剥いでやるよ。ふざけた真似しやがって……」
「か、金目の物が目的ならぶっちゃけ無駄だぜ。なにせ俺は一文無し……!」
「なら珍しい着物でも履物でもなんでもいーんだよ。路地裏で大ネズミの餌になれ」
走馬灯とかも、世界がゆっくりに見える現象もなし、 ぷつりと糸が切れるように終わる――そのときだ。
「ちょっとどけどけどけ!そこの奴ら、ホントに邪魔!」
切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた
ギョッと顔を上げる男たちにならい、スバルも動かない体で視線だけ持ち上げる
その視界を少女が横切っていく
セミロングの金髪を揺らす、小柄な少女
意思の強そうな瞳に、イタズラっぽく覗く八重歯
着古した汚い格好の少女は、今まさに強盗殺人が行われる現場に出くわしたのだ
見計らったようなタイミングに、消えかけた希望がスバルの中でガッツポーズを決める
これだ、この展開を待っていた
流れ的に、今にも消えそうなスバルの命の火を助けてくれるような流れに
「なんかスゴイ現場だけど、ゴメンな!アタシ忙しいんだ!強く生きてくれ!」
「って、ええ!?マジで!?」
『…まぁ、人間誰しも面倒ごとに巻き込まれたくは無いよね…』
この子が助けてくれるかも、という2人の希望は儚く砕け散った
目が合った少女はスバルに申し訳なさそうに手を上げ、走る勢いを殺さないまま細い路地を駆け抜ける
男たちの後ろを素通りし、行き止まりのはずの奥へ
そのまま、あれよという間に建物の上へと消えた
少女の姿が見えなくなり、自然と場に沈黙が落ちる
まさに台風のように一過していった少女
唖然としたのはこの場にいた全員に共通だが、我に返ったスバルの状況が変わっていないのも事実
「今ので毒気が抜かれて気が変わってたりしませんかね!?」
「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ?」
ぎらつくナイフ男の目がマジなので、今度こそ終わったなとスバルは思う
『本当は私が助けたい、けど、もう誰でもいいから』
『神様でも、人間でも、動物だろうと、なんでもいいから、昴を、助けて』
そう、呟いたのを神様は聞いていたのだろうか
それは、希望の声だった
「――そこまでよ、悪党」
その声は雑踏の喧騒も、男たちの野卑な罵声も、スバル自身の荒い呼吸も、スバル以外には聞こえない澪の願いも、なにもかもをねじ伏せて路地裏に響いた
コメント
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語彙力レベチ
読了しました。異世界召喚ものの定番を押さえつつ、澪が幽体で見えない・触れられないという設定がまず気になりました。彼女の昴への片想いが地の文でさらっと開示されるところも、今後の関係性にどう効いてくるのか楽しみです。あと、最後に颯爽と現れて「強く生きてくれ!」と去っていく金髪少女のキャラが最高ですね。続きが気になります。