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裏五条
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うわあ…今回も重くて優しい話だったね。デスマスクの本当の使い道が転送用だったって、なるほど…って思った。でも何より、九条がフードルをダンジョンに誘うところが心に染みた。「房舎施」って言葉、初めて知ったけど、ちゃんと理屈じゃなくて情で動けるところが九条のいいところだよね。フードルの「守りたいものが出来た」ってセリフもグッときた。母親がアニタを呼んでるってラストも気になる〜☺️
「ありがとう九条。疑ってごめんなさい」
一頻り泣いたアニタはフードルから離れると、腫れぼったい目を擦る。
その顔は、何もかもが吹っ切れたような晴れやかな表情で、ひとまずは俺もホッとした。
「少しは俺の言うことを信じる気になったか?」
「ええ。もう疑ったりはしない。約束もちゃんと果たすつもり。九条は私に何を望むの? 何だってするわ」
アニタの決意は硬そうだ。胸の前で見せた小さなガッツポーズは力強く気概に溢れ、真っ直ぐ見据えるその視線は、恥ずかしくて俺の方が目を逸らしてしまうほど。
とは言え、俺がアニタに望むことなぞ既に決まっている。俺の逸らした視線の先にあるものが答えなのだ。
「なら、まずは服を着てくれ。目の保養にはいいんだが、こんなところをミアに見られたら、後でどやされる」
それを聞いて視線を落とすアニタ。その顔が真っ赤に染まると、ようやく自分の脱ぎ捨てたローブの事を思い出したらしい。
左手で胸を隠すと同時に振り上げられた右手。しかしそれが振り下ろされることはなく、悔しそうに歯を食いしばるアニタは、捨て台詞を吐きながらも投げ捨てたローブを取りに走った。
「死ねッ!」
「どう考えても不可抗力だろうが……」
それを見てフードルは笑っていた。先程までの悲壮感から一転、和やかな雰囲気が辺りを包む。
とは言え、全てが終わった訳ではない。
確かにフードルは助かったが、それは一時的なものだ。使わなくとも魔力は消費されていく。それは人がカロリーを消費するのと同じ事。
その速度は微々たるものだが、それでも数か月後には尽きてしまう。
「フードル。尻尾はどうした?」
「ほう。人族でそれを知る者がいるとは……。ワシの尾はイーミアルの父親に切り落とされたんじゃ。もちろん返り討ちにしてやったがな」
フードルの表情が険しさを増した。しかし、それも束の間。溜息をつくと気を落ち着かせ、緊張を緩めた。
イーミアルからすれば、フードルは父親の仇なのだろう。道理で執念深い訳である。
「昔の話だ。ワシ等魔族はダンジョンを住処にしておった。そこにエルフ族が攻め入り、デスマスクを奪って行ったのだ。ワシの尾が切られたのはその時じゃ」
魔族の尻尾は、魔力を吸い上げるために存在する重要な器官。それを地面に突き刺すことで、地下から魔力を吸収し、角へと溜めるのである。
植物でいうところの根と同じようなもの。本来それがあれば、魔族が人を食べる必要はないのだ。
「ちょっと待て。デスマスクってネロの仮面の事か?」
「さよう。あれはワシ等魔族がネロ様のために作り上げた唯一無二の仮面。ワシ等にはそう伝えられている」
ネロと魔族との間に交流があったとすれば、ダンジョンに魔法書が保管されていたのも頷ける。
ネクロガルドはネロのことを行方不明と言っていたが、ダンジョンで人知れず亡くなっていたなら、そう伝わっていてもおかしな話ではない。
それよりも、もうちょっと名前はどうにかならなかったのか……。デスクラウンといいデスマスクといい、物騒がすぎる。
「それを奪い返したのが、八年前なんだな?」
「そうだ。さすがのワシでさえフェルヴェフルールに忍び込むことは叶わん。だからドワーフ共に盗ませてからそれを奪ってやったんじゃ。デスマスクについて嘘の情報を教えてやった。それを信じて奪い合うエルフ族とドワーフ族は滑稽じゃったわ」
「嘘の情報?」
「うむ。お主は知っておろう? ダンジョンにはコアと呼ばれる物体があると。その中の液体が無限に精製出来るとしたらどうする? それが何なのかお主は知っておるんじゃろう? 躊躇せずワシに飲ませたんじゃから……」
賢者の石。マナポーションの原料にもなる物質。だが、それは有限なのだ。
研究が進めば、それ以外の使い道が見つかるかもしれない。言わばエネルギー資源となりうる物。
元の世界で言うところの石油やガスに相当する物が無限に手に入るのなら、どこの国も喉から手が出るほど欲しがるだろう。
「本来の使い道は別にあると?」
「そうじゃ。お主には教えても構わんじゃろう。デスマスクはダンジョン内の転移に使うためのものなんじゃよ」
「ダンジョンから別のダンジョンにワープできるってことか?」
「概ねその認識で間違いはない。魔族はそんなものなくても出来るんじゃが、ネロ様は人族じゃったからの。まあ、ダンジョン内にエーテルが残っていなければ意味はない。使い方も特殊で、それを知る者もおらんじゃろう。今の時代には何の役にも立たん無用の長物じゃよ」
確かに108番はダンジョンを行き来する能力を持っていた。それが魔族由来の力なのだろう。
エーテルは恐らく賢者の石のこと。呼び方が違うのは時代の違いなのだろうか?
とにかく、仮面に対する背後関係は呑み込めた。だが、問題はここからだ。
「他の魔族はいないのか?」
「ああ。一族の中では恐らくワシが最後じゃろう。帰れる者は魔界へと帰った」
「フードルは帰らないのか? このまま追われる身を続けるには骨が折れるだろう?」
それを聞いて、フードルの視線がふとアニタへと向いた。
ビショビショのローブを絞り上げ、滝のように流れ出る水に辟易とした表情を見せるアニタ。
俺たちの視線に気付いたのか、目が合うと恥ずかしそうに背中を向ける。
「アニタの事が心配なのか? それなら……」
「もちろんそれもある。じゃが、ワシにはすでに魔界に帰るほどの魔力を蓄えられないんじゃ……」
そう言ってフードルが指差したのは、自分の角の折れた側。
魔界とこちらの世界を行き来するには、膨大な魔力が必要だと108番が言っていたことを思い出した。
角は魔族の魔力貯蔵器官。その半分が失われているフードルには、帰還するほどの魔力を溜めておけないのだろう。
「まあ、そう悲観的にならずともよい。どこかで生きているダンジョンを探し出し、そこで細々と暮らしていくつもりじゃ」
確かにそれが出来れば姿を隠すことも出来て一石二鳥……と、言いたいところではあるが、俺はその確率がほぼ零に近いことを知っているのだ。
「デスマスクはどうする?」
「ワシにはもう必要ない。そんな物より守りたいものが出来てしまったんじゃ……」
アニタを見つめるフードルの瞳は慈愛に満ち溢れ、柔らかくも暖かい。それはまさしく子供を見守る親の視線である。
そんなものを見せられれば、放っておくわけにもいくまい。
恐らくダンジョンは見つからず、いずれは人を食い始めることになる。そうでなければ、待っているのは死だ。
それが自然の摂理なのかもしれないが、なんとか出来るのなら手を差し伸べてやることこそ、仏の教えなのではないだろうか。
『|房舎施《ぼうじゃせ》』それは|無財の七施《むざいのしちせ》と呼ばれる仏の教え。
困っている人を家に泊めたり、休息の場を提供することも修行の一環であり、それ即ち慈悲であるということ。
日本には、四国にある八十八箇所の霊場を巡る『お遍路』という修行が存在する。そこには『お遍路さん』をもてなす『お接待』という習慣があるのだが、それも|房舎施《ぼうじゃせ》の一つだ。
「もしよかったらだが、俺のダンジョンに来ないか?」
さすがに村に来いとは言えなかった。魔族なんか連れて帰ったら、村人たちが腰を抜かしてしまう。
そんな俺に、不思議そうな目を向けるフードル。
「変わり者だとは思っていたが、お主ダンジョンを所有しておるのか? ワシが言っているのは、人間たちが揺らぎの地下迷宮と呼んでいるダンジョンの事だぞ?」
「もちろんそうだ。コア……ダンジョンハートは小さいが、崩落することなく稼働し続けている。なんならウェルカムドリンクとして、お前の言うエーテルを出してやるぞ?」
「ウェ……。お主、一体どこまで……」
目を丸くするフードルに、肩を竦めて笑顔を見せる。
「さあな。恐らく全部は知らないんじゃないか? むしろ知らないことは教えて欲しいくらいだよ。デスマスクの存在も、その本来の使い方も知らなかったしな」
「それで? お主は見返りに何を望む?」
「別に何も? ダンジョンに引き籠れとは言わないが、あまり目立った行動は控えてくれれば助かるかな……。後は……そうだ! 先住のゴブリンたちと仲良くやってくれれば言う事はない」
「人族のクセに、ゴブリンを飼っておるのか?」
「飼う――と表現していいのかわからんが、まあ成り行きでな。住処を提供している代わりにダンジョンの掃除を任せている」
「お主、本当に人間か?」
「人間じゃなかったら何に見えるんだよ……」
呆れる俺を前に、鼻で笑ったフードルは口角を少しだけ上げながらも、眉を顰める。
「ふん。もう何を言われようと驚かんわい。お主がなんであろうと、ワシ等を助けてくれたのは変わりないからの。……それで? 他のお仲間はどうしたんじゃ?」
「ああ。そうだった。ヤート村で待たせているんだ。アニタを少し借りたいんだが大丈夫か?」
「それは本人に聞くべきことだと思うが……、一体どうするつもりじゃ?」
「ああ。連れて来るように頼まれてるんだ」
「誰に?」
「母親だよ」