この作品はいかがでしたか?
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あれから私は禰宜として、この大社の掃除やらメンテナンスやらの仕事を受け持っていた。ゴーゴリはどうやら公には顔を出していないらしく、同僚に聞いてみても帰ってくる返事は決まって「そんな人知らない。」だった。あの日から毎日、ゴーゴリの夜食を持っていくように言われている。なぜ私ばかりに話が行くのかと、教育係のシグマに聞くと、「黒狐神直々に指名されている」らしい。もちろん、公には顔を出していないので、黒狐神の夜食という名目の元だが。
「黒狐神。夜食をお持ちしました。」
「どうぞ。この間も言いましたが、楽な口調で結構ですよ?」
いつもと同じように襖を両手で開け、中に入り、しっかり襖を閉める。
「ここに人がいない場所はないだろう。神にタメ口をきいていると先輩方に知られでもしたら、私の身が危ない。」
黒狐神ことドストエフスキーはいつものように肘掛けに肘を置き頬杖をついて、片膝を上げていた。
「そうですか。ゴーゴリさん、夕食ですよ。」
いつものように奥の襖が開いて、美しく光沢を放つ三つ編みにされた白髪と、誰の目も引く大きく綺麗で不思議な模様が刻まれた瞳を持った美しい青年がゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「いつもありがとう。太宰くん。」
「これが私たちの仕事だ。気にしなくていい。」
ゴーゴリは箱膳の前に正座で座ると行儀よく両手を合わせてから箸を持つ。料理が口元に運ばれた時、ドストエフスキーの口が開いた。
「この前、貴方の使命について話したことがありましたね。貴方はどこまで理解できましたか?」
先日の話だけでは明らかに説明不足だろう。どこまで理解できたかと聞かれても、あの日話された内容を復唱するしかないのだが…。
「すみません。確かにその通りですね。」
「毎回私の心を読むのはやめてくれないかい?それを世間ではプライバシーの侵害と言う。」
「あぁ。すみません。癖でやってしまいました。」
この神……結構危ないぞ。
「相手にはバレないようにしているので危なくは無いですよ。」
「私相手にも発揮して欲しいものだね。」
「話を戻します。貴方は聡明です。普通の人が理解できないところまで理解出来てしまう地頭の持ち主です。貴方が推測したままに話していただければ結構ですよ。 」
正直、周りと比べて自分がそこまで頭がいいとは思っておらず、話すべきか、わからないとはぐらかすべきか迷っているとこちらをずっと見ていたゴーゴリと目が合った。口元をむぐむぐしながら話してごらんと目が促していたので正直に話すことにする。
「まず、白狐神はどこか不自由であり、それは他の何かからもたらされている。その白狐神を自由にするために黒狐神、つまり君が直々に使命を与えた。それが私だ。そしてそれは睡蓮の男子と呼ばれている。」
ドストエフスキーの目を真剣に見つめ、そう答える。
「えぇ。そうです。」
「だが、白狐神を自由にすると言っても、それが誰かわからないようじゃどうしようも無くないかい?そもそも、この横浜には白狐神という神は存在しないはずだ。」
「……それはまだ教えられません。君が信頼にたる人物か見極み切れるまでは。今のところ、ゴーゴリさんが僕の部屋にいることは他の者には言っていないようですが。」
「君は随分と疑り深いね。」
「地位の高い者はそう易々と内側を見せられませんから。やはり見込みどうり、貴方の頭脳は優秀なようです。」
ドストエフスキーは賞賛の声を零しながら隣へと視線を移した。そこにはまだむぐむぐと食事を取っているゴーゴリがいて、料理を噛む度にいっぱいいっぱいに膨らんだほっぺたが上下に揺れる様子は幼子のようで可愛い。ドストエフスキーは心底愛おしそうにゴーゴリをしばらく見つめていた。私も同じようにゴーゴリを見つめていたが。私はゴーゴリの食事が終わると、後ろ髪を引かれながら箱膳を持って退出した。
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庭の玉砂利を整えている時に、シャリ。シャリ。とゆっくりこちらに向かってくる音が聞こえ、振り返ると今度は巫女の格好をしたゴーゴリがいた。
「?!」
女性に引けを取らないどころか女性よりも優位に経つほどの美貌を持ち合わせているゴーゴリなので、違和感がないどころか、似合ってすらいた。何者かもわからないミステリアスさもあったため、暫くゴーゴリに見惚れていたら急に腕を掴まれた。
「疲れただろ?ちょっと休憩しようよ。」
そう言いながら腕をひっぱられる。事実疲れていたので文句は言わない。
「どこに行くんだい?」
ここの警備の巡回ルートを全て把握しているのだろうか。あまり人がいない道を通ってどんどん進んでいく。どこに行くのか皆目検討がつかないので聞いてみるが、「とっても綺麗な場所だよ。きっと太宰くんも気に入る。」と言って教えてくれなかった。しばらく歩いているとまた庭が見えてきた。この大社には庭がふたつある。それぞれ西と東に設置されており、西だけに泉が作られている。
「ほら、太宰くん見て見て!可愛いでしょ!この金魚ちゃんたち!」
連れてこられた先で見たのは泉の中で気持ちよく泳いでいた6匹くらいの金魚と瑞々しく咲いた睡蓮とハスの花だ。金魚なら金魚鉢で飼えそうなのにどうして泉なのだろうか。あまりにも大きすぎないだろうか。
「金魚鉢では飼わないのかい?」
「金魚鉢は狭いだろ?狭い世界でしか生きられないだなんて可哀想じゃないか。」
ゴーゴリがどこを見ているのかわからなかった。何かを思い出しているようだ。
「ゴーゴリは公に顔を出していないだろう?なぜだい?もしかしたらこの大社から外に出たことはないのかい? 」
実は同僚に聞いてから不思議に思っていたのだ。
「うん。昔は外に出れたんだけどね。今じゃ形成が変わって、難しくなったんだ。」
形成が変わったとはどういうことだろうか。
「まぁ、君はいずれ知ることになるだろうし、今は何も考えなくていいよ。態々連れ出して悪かったね。僕はもう戻るよ。」
そう言い、ゴーゴリは背中を向けて去っていった。白狐神が誰なのか、ゴーゴリはなぜここにいるのか。それもドストエフスキーと随分親しげだ。この数日で、この大社を取り巻く環境がなんなのか、疑問は増え続けるばかりだった。
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あの日からゴーゴリに話しかけられることが多くなった。公に顔を出していないことには理由があるはずなのに、彼は毎日のように屋敷の外に出ていく。そして毎日のように私を持ち場から連れ出しては人気のない道を歩き、談笑する。私は幼い頃に彼に心を持っていかれていたためそれはそれは幸せな時間だった。
ある時は、
「それでドスくんってば僕の茶菓子を全部没収したんだ!酷くないかい?!」
道端に咲いていた月見草を愛でながらゴーゴリはドストエフスキーに対する愚痴を話していた。今日は珍しく髪を結んでおらず、耳にかけられた絹のような髪の毛がするりと頬を伝って顔にかかる。邪魔に思ったのか色白の細く長い形のいい手で再度耳にかける。その仕草が色気を多く含んでいて顔が赤くなってしまう。
「太宰くん、どうしたんだい?」
反応がない私に気づいたゴーゴリはこちらを向いて、顔が赤くなっているのに気づいたようで、「大丈夫かい?熱があるのかい?」と聞いてきた。いたたまれなくなって俯いてみたが、顔をのぞきこんでくる彼のぱっちりとあいた瞳は不思議そうにこちらを見ていた。再び私は胸を打ちぬかれた。
ある時は、
賽銭箱のお金を集めて集計をしている時だった。私以外に誰もいない時を見計らって彼はやってきた。
「やっほー。太宰くん。頑張ってるね〜」
賽銭箱に肘をついてこちらを見上げていた。
「すまないけど。最近仕事をサボってるからって先輩方にドヤされたのだよ〜 」
そう言った途端に彼は不満そうにプルプルの唇を尖らせる。このまま彼の唇にしゃぶり着いてしまいたい。
「え〜。じゃあ今日はお散歩しないのかい?」
「すまないね。」
「仕方ないね。」
遠くから先輩方の足音が聞こえた
「じゃあ僕は帰るよ。仕事頑張ってね」
ゴーゴリはそう言って屋敷の中に消えていった。そうやって常に一緒にいるようになったからだろうか、日に日にゴーゴリに対する欲求が強くなっていく。いつの日かゴーゴリの中でも、私が大きな存在になっていて欲しいとそう願うほどには。
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日が暮れてから3時間ほどたった頃、縁側を歩いているときだった。向かい側からゴーゴリが歩いてきた。消灯前とはいえ、人はいるのだ。こんな人目につきやすいところを歩いてていいのかと一瞬思ったが、濡れた髪を見て一瞬で吹き飛んだ。湯浴みをした直後だろうか。昼間見る時より血色がよく、頬と唇がいつもより色が濃い。浴衣のおかげで体のラインがよく分かり、尻の形がはっきり出ていた。浴衣の隙間から見える鎖骨は妖艶で、拭き取れていなかった水滴は首を伝って鎖骨に落ちる。年頃の男子を元気にさせるには十分だ。
「あ、太宰くん。偶然だね。もうそろそろ消灯時間だから早く寝た方がいいよ。じゃないと……」
色付いた唇がゆっくり近ずいてくる。このまま口付けされるのだろうかと思いぎゅっと瞼を閉じると、ゴーゴリは耳元で
「ドスくんに怒られちゃうから」
と言った。いや今の緊張返せよ!そのままぽかんとしていたら、「またね!太宰くん!」と言ってゴーゴリは去っていった。
自分の部屋に着いて明日の準備をしている時、夕食を持っていく時にドストエフスキーの部屋にお守りを落としたことに気づいた。今から取りに行ったらギリ間に合うと思い、ドストエフスキーの部屋を目指すことにする。階段を登っていると誰かの声がするのに気づいた。気づかれないようにゆっくりゆっくり部屋へ近づいていく……。微かな水音。肌と肌が激しくぶつかり合う音。それらが聞こえるのはドストエフスキーの部屋から。誰が何をしているのか大方予想が着いた。ただ、好奇心がむくむくと顔を出す。抑えきれずにずんずんと部屋に近づいていく。1層打ち付ける音は大きくなっていく。何をしているんだ。あの黒狐神は……。ついに襖の前へとたどり着き、音を立てないように細心の注意を払いながら襖にピタリと耳をくっつける。
「あぁ♡///はぁ//んんん♡♡」
誰の甘い声なのだろうと、耳をすませる。
「あ”!!!♡♡ドスく!!そ…そこ♡♡//」
これ以上聞いていられなかった。急いで階段をかけおり、トイレへ直行する。この前は結婚するつもりはないと言っていたのに、やることはやっていたのだ。抑えきれずに、今日の夕食が飛び出した。
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