コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
閑話 美咲
「イライラする……!!」
芳也が会社に行ったあと、私はおもいきりクッションをソファへと投げつけた。
胸の奥に渦巻く苛立ちは消えるどころかさらに膨れ上がっていた。私の周りには常にステイタスの高い男ばかりだった。芳也なんて、昔はただの平凡な存在でしかなかった。だから、沙織と結婚した時も「お似合いだわ」と鼻で笑う程度だった。
しかし、ここ数年で芳也は変わった。起業し自信にも満ち溢れ、大人の男性になった。だから私のものにするはずだったのに。
あんな底辺の女なんて、すぐに追い出して私の元へ来ると思っていたし、実際そうなっていた。芳也が離婚を突き付けて、追い出して終わりだったのに、まさか沙織のほうが離婚を突き付けるなんて。
「芳也も芳也よ。どうしてあの女に固執するの?」
芳也は沙織が出て行ってからイラついているし、スマホから沙織に連絡を入れていることも知っている。
私は怒りで震える体を抑えきれず、手に持っていたもう一つのクッションを、今度は思いっきり床に叩きつけた。
「私が一番になれないなんてことはありえないのよ。あんななにも持っていない女なんて、すぐに忘れさせてあげないとね」
私はそう呟きながらスマホを取り出す。 私にはお金もある。できないことなんてない。
「私が一番になれないなんて、ありえない! あんな何も持っていない女なんて、すぐに忘れさせてあげないと……」
苛立ちの中で息を荒げながら、スマホを取り出す。私はお金もある。やれることはいくらでもある。私はそう自分に言い聞かせながら、冷たい目でスマホの画面を見つめた。
「すぐに沙織の居場所を調べて。そして、あの女の不利なことを集めなさい。多少でっち上げでも構わないわ。とにかく、彼女を潰すのよ」
そう命じると、私はスマホを乱暴にテーブルに投げ捨てた。激しい音が響いたが、そんなことはどうでもいい。
「沙織、あんたを潰してやるわ……!」
その時、無意識に投げ出していたらしいスマホが着信を知らせる。名前を見ると、先ほど仕事に行ったはずの芳也だった。
「もしもし、どうしたの?」
もしかして、仕事が早く終わってどこかに連れて行ってくれるのかもしれない。そんな期待を抱きつつ、苛立ちを抑えて明るい声を作る。
「美咲、すぐに来てくれ」
「え?」
芳也の声は普段とは違い、かなり焦っているように聞こえ、何かを問う前に彼は電話を切ってしまった。
「なんなのよ、もう」
いきなりの命令に腹立たしさを感じつつ、私は仕方なく立ち上がり寝室へと向かう。
クローゼットの扉を開けると、中には私の物が詰まっている。今やこの家の中は、沙織の痕跡よりも私の存在の方が大きい。それがたまらないほどの優越感を与えてくれる。
「早く、あの女の荷物も全部捨てないとね」
クスっと笑い、クローゼットの隅にあった古びたニットのシャツを見つける。これもきっと彼女のものだろう。私はそれをゴミ箱に投げ捨てた。
次に、ハイブランドのセットアップに着替え、手際よく化粧を整える。頬に軽くチークをのせ、唇に艶を出す。髪もきれいに巻いて、鏡に映る自分を確認した。
「私が一番になるって決まってるのよ」
鏡に映る自分を見てそう呟く。芳也の隣に立つのにふさわしいのは、私以外にいない。沙織の存在なんていらない。
バッグを肩にかけ、準備が整ったことを確認してから、すぐに車を呼ぶと芳也の会社へと向かった。
カツカツとヒールを鳴らして社長室へ向かう私を、スタッフたちがじっと見ている。これからは私が社長夫人よ、と心の中で呟きながら、彼らの視線に少し苛立ちを感じ、コソコソ話すスタッフたちを睨みつけた。社長室のドアを開けると、そこには芳也がいて、その前には小さくなって震えている社員の姿があった。
応接セットに目をやると、そこに座っていたのは私の父だった。
「パパ! どうしたの? 私に会いに来たの?」
私のことを溺愛している父が、こんなところまで来たのかと思い、すぐに父の隣へと座り込む。
「美咲、違うんだ」
芳也の強張った声が耳に届く。父は苦々しげに震える社員に視線を向け、その後で芳也を見据えた。
「どうして急にこんなことになったんだ、芳也君!」
「それは……」
芳也が押し黙る。嫌な予感がする。何が起こっているのか、すぐに状況を知りたくなり、私は問いかけた。
「ねえ、何があったの?」
「コードシステムに送った書類にかなりの不備があって、信用問題になっている。今までが白紙に戻されるかもしれないんだ」
芳也が絞り出すように言い終わった直後、彼は机を思い切り叩いた。
「この責任をお前はどう取るんだ! なぜ今までこんな問題がなかったのに!」
ガタガタと震えている部下が何かを呟いたが、それを父がさらに糾弾する。
「お前一人で責任を取れる問題じゃないぞ! 芳也君、どうするんだ? 私も君にかなりの金を援助しているだろう!」
「なんとかします!」
なんてことだ。この男のせいで、あの大きな仕事がなくなりそうだなんて。そんなのありえない。私はその社員を睨みつけ、心の中で苛立ちを募らせる。
「ねえ、コードシステムって神崎グループの系列でしょ? パパ、神崎グループに知り合いはいないの?」
コードシステムもかなり大手の企業だが、神崎グループ本社とは規模が違う。もしかしたら、その人脈で助けてもらえるのではないかと考える。
「神崎グループの社長なんて、雲の上の存在だ!!」
私は心の中で舌打ちをしつつ、スマホで「コードシステム社長」と検索をかけた。すると、40代ほどのスーツ姿の男性の写真がいくつか出てきた。彼なら、少し謝ればコロッといきそうだ。
「へえ、小林誠二郎っていうのね……」
そう思いながら、指で画面をなぞりながらスクロールする。すると、別の写真が目に飛び込んできた。そこには「神崎グループ副社長」の文字があり、写真にはスーツを着こなしたモデルのような男性が写っていた。高級そうなスリーピーススーツに、シルバーフレームの眼鏡をかけ、全身が映っている。細かい顔立ちはわからないが、かなり整った印象を受ける。
「神崎グループの副社長、若いのね……」
思わず声に出してしまった。すると、芳也が「美咲!」と怒鳴るように叫んだ。副社長のことをもっと調べたかったが、芳也の視線を感じ、渋々スマホを机に置いた。
「でも芳也、どうせ私をコードシステムの社長に謝りに行くために呼んだんでしょ?」
昔から私をよく知っている芳也なら、こういう場面での私の能力を知っている。私は得意げに言いながら、少し笑みを浮かべた。
「うまくいったらバッグ買ってね」
そう言うと、芳也はため息をつきながらも「わかった」と答えた。