「おい。ちょっと顔貸せや」
とあるお昼休み。
お弁当を忘れ、売店にお昼を買いに行き教室へと戻る途中の出来事だった。
突然背後から首にぐいっと腕を回され、バランスを崩し後ろに転びそうになったのと同時に聞こえた台詞がそれだった。
うちの学校にはいくつかの不良チームがあるのだが、そのうちの何れかのチームに不運にも目をつけられてしまったのだろう。
全くもって心当たりはないけれど。
私の平和で楽しいスクールライフは今日で幕を閉じるのか…と諦め、とりあえず声の主の顔を確認した。
「ちょっと来いや。」
声の主は私と目が合うも睨みを効かせ、首に回した腕を解く事なくそのまま校舎裏にずるずると連れて行かれた。
校舎裏。
木々が生い茂りじめじめするためあまり人が近づく事はない。
遠くからグラウンドでサッカーをする生徒の声が聞こえる。
そんな中私は不良少年に壁に追いやられていた。
キュンとしないタイプの壁ドンをされている。
「あの、竜胆くん…なんでしょうか」
売店で買った焼きそばパンを胸元で大事に両手で抱えたまま私は問いかけた。
私を校舎裏に拉致したのは校内で知らない人は決していない、カリスマ(らしい)不良兄弟の弟、「灰谷竜胆」
彼の関節技はとんでもない威力があるらしく、この辺りでは負け知らずの不良少年だ。
「お前さ、いい加減にしろよ」
竜胆くんは眉間に皺を寄せ、私の頭の上で前腕をつき直すと顔をぐっと近づけて低い声で呟いた。
「いい加減にする…とは?」
不良に拉致される様な心当たりが全くもって無い私は問いかけた。
すると竜胆くんは制服のポケットから端末を取り出してとてつもない速さで人差し指を上下に動かし私にとある画面を突き出した。
そこに記されていた文字は
差し出し人:灰谷蘭
本文:竜胆わりー。今日の約束やっぱナシで。
…といったシンプルな内容だった。
蘭と言うのは竜胆くんのお兄さんの名前であり、私が付き合っている彼でもある。
画面を確認した事が分かると竜胆くんはスッと端末をポケットにしまい再び私を睨んだ。
「お前と付き合い始めてからずっと兄貴こんな調子なんだわ。」
「…?」
「今日も学校終わったら新しく出来たクレープ屋行こうぜって昨日の夜話して約束してたんだわ。そんでさっきこれが届いた。絶対お前との何か優先にしたに決まったとしか思えねーんだけど。」
竜胆くんは相変わらず眉間に皺を寄せイライラしていた。
竜胆くんのイライラしてる内容が兄を取られたヤキモチから来ているのだろうと勘づいた瞬間、そんな竜胆くんが何だか可愛く見えてしまいストレートに私は問いかけた。
「竜胆くん…それはつまり……私への嫉妬ってこと?」
「あ?」
「私に蘭くん取られてヤキモチ妬いてるんだよね」
「はっ、ちげーし」
「いやだって私今朝蘭くんに放課後空いてたら前に話してた駅前のケーキ食べいこって誘ったから…それで」
「…や、おい待てよ。お前ら今日あそこのケーキ食いに行くの?」
「うん」
「ッダーーー!!!!そこ前に兄貴に行こうって誘ったのに流されたやつなんだけど。お前と話してたからわざと流したんだな。っんでだよ…クソっ」
もはや子供が駄々を捏ねるかの様に竜胆くんは腰の高さまで足をあげ私の体の横の壁をダンダンっと蹴った。
側から見ると不良に喧嘩を売られている女子生徒、という感じだが内容はただただお兄ちゃんに構ってもらえず拗ねた弟の姿であり、笑ってはいけないのだが私は竜胆くんにばれない様に俯きクククっと笑ってしまった。
いくら我慢をしても小刻みに震える肩を止める事はできなかったので、そんな私の姿に竜胆くんは気付き、私の肩をぐっと掴み下から顔を覗き込んできた。
「なーに、笑ってんだコラ。」
「いや、だってなんか、可愛くて…」
右手の掌で口を覆う様に隠し、堪える事ももはや諦め私はふふふと体を震わせ笑い続けた。
「ふざけんなよ、大体……」
竜胆くんが何か話そうとしたその時、見覚えのある警棒が竜胆くんの喉仏の前にスッと現れた。
「竜胆ー。なーにしちゃってるの?」
警棒をぐっと後ろに引かれれば竜胆くんもそのまま後ろにのけ反った。
「あ、兄貴!」
警棒の持ち主は灰谷蘭だった。
「可愛い彼女と昼飯一緒に食おうと思ったら教室にもいないし?中庭にも屋上にもいないし?連絡もつかないってなったら壁蹴る音聞こえてくるし?」
蘭くんはいつもの穏やかな表情をしながらも、警棒を下げる様子はなく、それどころか竜胆くんが動けない様にがっちりとホールドしたまま耳元にぐっと顔を近づけ
「俺の女ってわかっててやってんの?」
付き合ってから初めて聞く殺気に満ちたとても低い声で蘭くんは囁いた。
蘭くんはきっと私が乱暴をされていると勘違いしたのだろう。
いくら弟でも、いや、弟だからこそ今すぐにでも殴りかかってしまいそうだった。
「蘭くん!違うの!これは誤解で!」
私は慌てて蘭くんに訴えた。
「誤解?」
「竜胆くんがただ蘭くんを私に取られたことにやき、…「ばか、お前余計な事言うんじゃねえ!!!!」
私が誤解を解こうとしているのにも関わらず竜胆くんは食い気味で声をあげた。
「余計な事って本当の事じゃん!!!」
「うるせー!!わざわざ言わなくてもいいんだよ!!!次言ったらぶっ飛ばす…「竜胆ー?」
まだ状況を把握してない蘭くんは再度警棒をぐっと引き竜胆くんに圧をかけた。
「俺の可愛い彼女に物騒なこと言うのやめろな?」
「あーもうごめんって、いい加減離せよ」
竜胆くんが体を左右に捻りながら蘭くんからどうにか逃れようと足掻くもやはり兄の力は強いのであろう。中々逃がれる事ができずにただただ竜胆くんが暴れてるだけの図に見えてやはり少し笑えてしまう。
「お前何笑ってんだよ、あとで説教「竜胆」
「ごめんなさい」
コントのようなやりとりを一通り済ませると(?)蘭くんは竜胆くんを解放し、両手をニットカーディガンのポケットに突っ込み私と隣同士になるよう壁にもたれかかった。
「…で?何で俺の彼女こんなとこに拉致したー?」
「兄貴には関係ねえよ」
竜胆くんはムスッとその場にヤンキー座りをして俯いて後頭部をかりかりとかいた。
「言わないともうクレープ屋一緒に行ってやらないぞー」
「…っな」
蘭くんの一言に竜胆くんはバッと顔をあげたのと同時に赤面していた。
「別にそんなんじゃねーよ!!ただ最近の兄貴付き合い悪りぃからこいつに苦情言ってたんだよ、……悪りぃかよ」
竜胆くんは赤面したまま(なんならちょっと涙目だった)照れ隠しなのか拗ねた声でぼそぼそと白状した。
そんな竜胆くんの姿に蘭くんは満足したか、にっと口の口角を上げ笑い竜胆くんの目線に合わせるようにしゃがみ竜胆くんの頭をぽんぽんと撫でた。
「なんだ竜胆、兄ちゃん取られて寂しかったかー」
撫でていた手は次第に両手でわしゃわしゃと、まるで小動物を撫でる素振りになり竜胆くんの髪型はぐしゃくじゃになった。
「あーもう、そうだよ!!!今日だって兄貴とクレープ屋行きたかったし、休みの日の映画も5分前ドタキャンだって有り得ねえし…昼飯だって一緒に食いたいし、たまには兄貴と遊ばせろよばーか」
「…ははっ、かわいーやつ。」
竜胆くんの言葉に蘭くんも私とハハハ、と笑った。
「じゃ、これから3人で屋上言って飯にするかー。」
蘭くんがそう言いながら竜胆くんの腕を一緒に引き上げ立ち上がった。
そして竜胆くんの首に左腕を回しとい竜胆くんのこめかみに自分のこめかみをぐりぐり押し当てながら歩きだした。
「兄貴、んなくっつくなよ、歩きづれぇ」
「お兄ちゃんラブなんだろー?」
2人の姿に兄弟っていいなぁと後ろから眺めていると、蘭くんは振り向き空いている右の掌を私に向けた。
すぐに駆け寄りその右手に自分の左手を添えるとそっと指を絡めぎゅっと握ってくれた。
彼女最最最優先の蘭くんだけどたまには竜胆くんとも遊んであげて、と小さい声で伝えると「そうだなぁ」と蘭くんは笑って答えてくれた。
ーーーーーー数日後
晴れた日曜日。
今日はお互い暇だったためツーリングでも行くか、と朝から準備をしていた。
「兄貴ー準備できたかー?」
「おー、ちょっと待っ…あ、電話」
兄貴の端末が鳴った。
宛名はもちろん彼女の名前。
「もしもしどしたー?んー、おー、これから?俺もちょうど会いたかったとこ。迎えにいくから待ってろー」
兄貴の喋っていた内容が明らかにおかしい。まさかとは思うが信じたく無い。
電話を切った兄貴がくるっとこちらを向き、調子のいい笑顔からすると次に何を言うのか想像がつく。
「竜胆わり。今日やっぱパスで♡」
「兄貴てめぇ…」
案の定兄貴の彼女最優先精神が発動した。
負けてたまるか、と彼女も連れてツーリングする方向にどうにか話を持っていく。
2人が仲良い事は承知の上だ。
たまには邪魔してもバチは当たらないだろう。
こうして俺と彼女の兄貴争奪戦は今でも静かに行われている。
おしまい
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