死ネタ
冷たい風が頬を刺す1月、十四松は愛しの人を失った。
いつも通り「おはよう」を交わし合った兄の顔は何故か清々しかった。
「一松兄さんなんか嬉しそうだね!どうしたの?」
十四松の大きな声に全員の視線が集まる
「今日やっと新入りとちゃんと挨拶出来るから。」
一松はニッと笑い、ピースサインを十四松へ向けた。
それだけで十四松の心は浮き立ち、愛おしいという想いが込み上げてくる。
「そーなんだ!!いいね〜!」
兄弟達も微笑ましそうに笑い、和気藹々とした雰囲気で簡素な朝食は平らげられた。
その後はそれぞれニート生活を謳歌する。
おそ松はパチンコ屋へ
カラ松は公園へ
チョロ松はライブ会場へ
十四松は河川敷へ
トド松は駅近くのショッピングモールへ
そして一松は、
海へ向かった。
新入り、なんてのは専ら嘘だった。
一松は最早直角ともいえる崖の先端に座り、脚をブラブラさせながら打ち寄せる波を見つめていた。
飛び降りれば確実に死ねる程の高さだ。
故に打ち寄せる波の強さに水滴と潮風が舞い上がってくる。
潮風が一松のボサボサの髪を揺らし、雫が一松の頬を濡らす。
一松の頬を濡らすのは水滴だけではなく、一松自身の両眼から溢れる涙でもあった。
「は、は…今更何泣いてんだろ。」
強く吹き付ける風で一松自身にも聞こえない小さな呟きは波に吸い込まれた。
一際強い風が一松を包み込んだ時、一松は決心したように立ち上がった。
もう爪先は浮いている。
一松は嬉しいような、悲しいような顔をして一言呟いた。
「これで、開放される。」
大波が崖にぶつかり、大量の水が巻き上がる。
その水が消えた時には、もう一松の姿は無かった。
一松が猫に会いに行くと家を出てから早3日。
成人男性だから別に大丈夫だ、と高を括って誰も探そうとはしなかった。
しかし、十四松だけは一松が消えた次の日から必死に探し続けた。
6人で遊んだ空き地、2人でお菓子を食べた遊具の中、溝川、河川敷、路地裏。
どんなに、どんなに探しても、一松は居なかった。
それから1週間、一松が見つかった。
5日目辺りから流石に可笑しいと警察へ連絡し、捜索願いを出した。
毎日毎日黒電話の前で出掛けもせずに警察からの連絡を待つ十四松の姿は痛々しく、見ていられなかった。
見つかった一松は既に息を引き取っており、各々涙を流して見送った。
しかし十四松だけは泣く事も喚く事もせず只管に一松を見つめていた。
(分かってたんだよ、一松兄さんが僕の事好きなの。)
十四松は拳を握りしめ、酷い状態の亡骸を睨み付けるようにしてその場を去った。
それからの日々は慌ただしく過ぎ、葬式や火葬は身内だけで行われた。
漸く落ち着いてきた頃のある昼下がり、十四松は押し入れを開けた。
押し入れには各々の私物を分ける箱が入っている。
一松はその箱の下にノートを入れていた。
十四松はノートがあること自体は知っていたが、中身を見たことは無かった。
十四松はそのノートを見れば全てが分かる気がした。
十四松以外の家族が皆出払っている時間帯。
家の中に人気はなく、心置きなく読む事が出来た。
『十四松を、実の弟を好きになってしまった。僕はなんて愚かで馬鹿なんだろう。気付いてからは十四松に前通り接せなくて少しギスギスしている。ごめん、十四松。こんな自分が嫌で、死にたくなる。もう、死んでしまいたい。十四松は可愛くて純粋でキラキラしてて、僕とは天と地の差があるんだ。だから、僕は、ぼくは…。もう疲れた。明日また続き書く。
結局、僕は死んだ方が良いってコト。だから死ぬ計画を立てようと思う。というかずっと死にたいとは思っていたし。丁度いいかもね。ここには書かないで頭の中で考えて、決まったらノートに書く。
決まったよ。高い崖から飛び降りて死ぬ。近くにいい場所もあるし良いよね。決行日は来週の月曜日で。決まり。新しい年が始まったばっかりなのに自殺するって、罰当たりだなぁ。地獄行くかな。数枚しか書いてないけどこのノートも終わり。』
そこで文章は終わっている。
十四松は自分自身が許せなくて奥歯を噛み締めた。歯と歯が擦れて鈍い音を立てる。
十四松は自分自身も許せなかったが、一松も許せなかった。
どうして、一言も相談してくれなかったのか、と。
思いを寄せている相手だから相談しずらいかもしれないが、何故1人で抱え込んでしまったのか。
そんなことを考えている内に夜になり、モヤモヤとした儘食事をして風呂に入って眠った。
夢に一松が現れた。
一松は十四松を見つめて微笑んでいる。
十四松は必死に言葉を紡いだが、声が出ない。
空気が無く、振動が伝わらない。
一松は幼子の様に笑い口を開いた。
「十四松、好きだよ。大好き。」
気付けば十四松の目からは滝のように涙が溢れ、十四松の頬を濡らした。
それを見た一松は困ったような顔をして笑った。
「…おやすみ。」
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