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私は今、空を飛んでいる。…否、落下している。私に魔力なるものがあったのならこの空を自由に飛び回れたのだろう。しかし、そんなことが叶うはずがなく、ただ漠然とした無力感だけが全身を包んだ。どうか次に目が覚めた時にはこの長い夢が終わっていますように。
微かな気配に気づき、目を開けた。ここ最近で見慣れた天井。そして、これが夢ではなく現実であることを突きつけられている感覚。
「痛い…」
覚醒し始めた意識でようやく体の痛みに気づき、ボソリと呟いた。すると、当たり前でしょう、とよく聞き慣れた声がした。
「アズール先輩」
「はい、アズール・アーシェングロットです」
「…。おはようございます…?」
「そんな呑気なことを言っている場合ではないでしょう。貴女、死にたいんですか?」
「…そうなのかも」
「貴女ねぇ…。勝手に死なれては困ります」
「それは給仕が減ってしまうからですか?」
「…」
帰ってくるはずがない質問をしたことは分かっている。アズールは息をひとつ吐いた。
「ごめんなさい、今のは忘れてください。ちょっとした冗談です。少し眠ります、ありがとうございました」
捲し立てるように言葉を続け布団を頭までかぶった。何かを言ったようにも聞こえたが、ただの独り言かと思い、特に気には止めなかった。
私は先日、先輩に思いの丈を告白した。結果は、まぁ、見ての通り惨敗だ。元より成功する見込みも、その後どうこうなりないという気持ちもなかった。ただ、この気持ちを知ってもらえるだけでいい。あなたを想っている人はいるのだと。
シン…、と静まり返った部屋で時計の針が動く音だけが鳴り響く。
先輩はもう帰ったかな。…喉が渇いた。
のそりと重い体を起こしベッドから降りようとした。そのとき「どこへ?」
「っ?!!」
人は本当に驚いたとき声が出ないというのは本当らしい。声にならない悲鳴が喉の奥でつまる。
「ま、まだ居たんですかっ…?!」
何分ああしていたのかは定かではないが、彼が用もないこの部屋に未だいることに驚きを隠せない。
「えぇ、はい、まぁそりゃあ。…貴女大丈夫ですか?」
「ぁ、お、お構いなく…。ただちょっと喉が渇いてしまったので飲み物をと思い…」
未だ落ち着きを取り戻さない鼓動を抑え、状況を説明する。
「でしたら僕が買ってきますよ」
「えっ!?い、いや結構です、自分でいきます」
「貴女は怪我人でしょう。安静にしててください」
「え…、でも、先輩に手間をかけさせるわけには……」
「はぁ、いいから寝ててください」
「ぁ……」
ピシャリと扉が閉まり、今度こそ独りぼっちになった。なんともいえない孤独感に襲われる。なぜ彼はそこまでしてくれるのだろうか。なんだかこちらが調子が狂ってしまう。
…はっ、まさかこれをこじつけに変な契約とかされちゃう?!なんて、凡人の私から奪うものなんてないか…。
突然、鈍器で殴られたような痛みが襲い、体の節々が悲鳴をあげる。
痛い…。
痛みに顔を歪めながら布団に潜り込む。
先輩が居て良かったかも。多分、途中でのたれ死んでたなこりゃ…。そもそもなんで私飛び降りたんだっけ。…あ。
ことの発端は飛行術の授業中。今日は合同授業で他生徒も混ざっていた。その時、横で見学してた私にある男子生徒が近づいてきたのだ。ちょっと付き合って欲しいと手招きするので、それを快く承諾した。裏があることも知っていたが、断っても意味がない事を重々承知だ。後をついていくと、一緒に箒に乗って欲しいと言う。一度は皆のように空を飛んでみたいと思っていた私は躊躇なく跨がる。学園を基準に2〜3階あたりまで来たときだろうか。そこで彼が「飛び降りろ」と品のない笑みを浮かべながら言った。出来ないとでも思ったのだろうか。それを言い訳に私をどうにかしたいのだと悟った。生憎私は、このような男の下には付きたくない主義だ。今度も躊躇いなく箒の上に立ち上がり、あるはずのない道へと1歩踏み出した。彼はと言うと、目をかっぴろげ青ざめた顔で私を見つめていた。下ではどうやら、こちらの異変に気がついた数人の生徒が騒ぎ始めているようだった。そこからの記憶ははっきりしないが、硬い地面に当たるような感覚はなかった。代わりに何かを下敷きにしたような、そんな感触だけは覚えている。
あれって結局なんだったんだろう。マット?な、わけないか。あの短時間で用意できるわけないよな。…もしかして人?だとしたら、その人大丈夫かな。でも…、
医務室を見渡したが自分以外の気配は感じとられなかった。
じゃあ、やっぱりあれはクッションか何かだったのかな。
カチカチと時計の針が動く音だけが響く。それが異様に耳にこびりついて仕方ない。そのとき、「ですから、私は平気ですので!」
「…?」
「ちょっと、ちゃんと安静にしててよねー」
「ぁ、フロイド先輩。と、ジェイド先輩も」
「やっほー、小エビちゃん」
「こんにちは、具合はどうでしょう?」
「少し痛みますが、平気です。えっと、先輩たちはここに何しに…?」
「小エビちゃんと、アズールのお見舞い〜」
「そうだったんですね、お見舞いに。……え?」
「フロイド!あなたは余計なことをしゃべらないでください!」
「アズール先輩、どこか怪我を…?」
「おや、そういえば監督生さんは気を失っていましたね」
「知りたい〜?」
にこにこと楽しげにフロイドが言った。
「こら、フロイド!!…ぃっ……」
「アズールも横になってください」
「くっ……」
「あのね、」
アズールの静止の声も聞かずに、口を開いた。
「小エビちゃんのことアズールが受け止めたんだよ。びっくりしたけどねぇ、急に箒に跨って飛んでくんだもん。いつもだったら腰引かしてんのに。ね、ジェイド」
「えぇ、そうですね。鍛冶場の馬鹿力というやつでしょうか」
「お前たち…!!」
「うわっ、ちょ、やめろって…!仕方ないじゃん、もう言っちゃったもんー」
「おやおや、これはこれは。アズール、あなた今本当に茹でダコのようですよ」
「うるさい!」
散々アズールをいじり倒した後、満足したように双子は医務室を去って行った。まさに嵐のようだ。2人は耳を疑うようなことだけを置いて行ってしまった。ちらりとアズールのほうを一瞥すると耳まで顔を真っ赤に染めている。
だからか、先輩も一応怪我人だったからここから出られなかったんだ。
「どうしてそんな危険なことを…」
「あ、貴女に言われたくないですね」
「…私は構わないんです。この命がどうなろうと。ただ、先輩は違います。あの2人がいる。寮生たちだって悲しみますよ」
「…なぜ貴女は、自分を無下にするんですか?」
「…私には何もないから」
「じゃあ、なぜ貴女はあの時、僕に告白なんてものをしたのですか」
「それは先輩を、あなたを想っている人が存在することを知ってもらいたかったので」
そう、それ以外何もいらなかった。こんなのただの自己満足だってわかっている。顔を背けていたアズールがこちらを振り返った。
「ごめんなさい、あんなこと急に言われても困りますよね。あれは忘れてください、私の身勝手を先輩に押し売りしてしまって」
「……」
「それより!先輩もベットに横になってたほうがいいですよ!今日は安静にっ…、て私が言える立場ではないのですが…」
しかし、アズールはこちらをじっと見たままそこから動こうとはしなかった。
どうしたんだろう、怪我が痛んで動けないとか…?
「先輩?大丈夫ですか?歩けます?」
あんなに痛かったはずの体はすんなりと言うことを聞き、ベットから立ち上がった。彼女がアズールのそばまで行くと「いつもそうだ」
「…え?」
「貴女って人はいつもそうやって自己解決して、こちらの意見を聞こうともしない」
「ぇ、っと……?」
「いつもいつも僕の話は聞かないし、勝手に話を終わらせるし、あのときだって、あの後ちゃんと僕は返事をしようとしたんだ!」
「あのとき…」
「けど貴女は僕の返事も聞かずに行ってしまった。だから、後日改めて言おうとしたんだ。けど、貴女はそんなことあたかも最初からなかったように振る舞うから…。こっちだって話題に出しづらいんだよ!」
衝撃の事実に耳を疑う。
「そんなものだけを押し付けられる私の身にもなってください。毎日のように貴女に声をかけようしました。けれど、あの時間だけがただ空白であったように貴女はその話に触れなかったから…。なにも手につけられなくなって、この感情が邪魔なんです。…早くどうにかしてください」
「…。…じゃあ、今あのときの返事を聞いてもいいですか」
声が震えている。ばくばくと早鐘を打つ鼓動を抑え、至って平静を装う。彼の態度から、言葉から、なんとなく察してはいた。
「……僕も貴女が好きでした」
「…今は?」
「……変わるわけないだろ!」
あぁ、その言葉がこの人から聞けるなんて。嬉しさのあまりアズールに抱きつくと、ぎこちない様子で手を後ろに回した。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、先輩」
あの騒動から早数週間、あの男子生徒を学園で見かけることがなくなった。
「どうぞ」
「?」
差し出された皿の上にはチョコタルトが一つ置かれていた。
「え、いいんですか?!」
「えぇ、私からの奢りです」
「やった〜、タルトだー!」
それを一口頬張ると、チョコの甘さが口の中に広がる。
「あ、小エビちゃんだー、何食ってんのー?」
「お疲れ様です。アズール先輩からタルトをもらいました。食べますか?」
「えっ、いいの〜?!やったー」
「は?…ちょっ、ストップ!!あなたのは別にありますから!!」
「んん〜」
アズールがフロイドの口を押さえ、もごもごと手の中で喋った。
「冷蔵庫に入ってますから!」
「…んー、小エビちゃんのがよかったんだけど…。まぁ、いいか。またねー、小エビちゃん」
ひらひらと手を振り去っていった。相変わらず嵐のような人だ。
「…はぁ。貴女は羞恥心か警戒心を持ってください…」
「え?」
「…僕は貴女の恋人ですよ?目の前でみすみす、他の人に間接キスをさせるわけにはいかないので…」
「……」
唖然として目を丸める。耳まで真っ赤に染まった様はまさに、茹でダコのようであった。あのときのジェイドの気持ちがわかったような気がした。
「…先輩」
「なんですかっ、どうせ私は、_」
「はい、あーん」
「っ…!!」
「…?食べないんですか?」
固まるアズールにわざとらしく落ち込んでみせる。すると、
「食べますよ!食べればいいんでしょ!」
異様に食い下がってきた。こういうところは変わらず扱いやすい。ぎこちなくタルトを頬張る様子に笑みが溢れる。
「なんですかっ…」
「いえ、ただ、幸せを感じていただけです」
「…はぁ、貴女は本当に…。っ…、なんでしょう?」
アズールの手を取った。すりすりと親指で手の甲を撫でる。それまで、されるがままだったアズールが手のひらを返し、ぎゅっと握り返してきた。
「…それは、誘ってるんですか?」
「……もし、そうだったらどうしますか?」
再度、大きく息を吐いた。
「めちゃくちゃにしてやる」
ストレートな言葉に思わず俯く。世界が2人を分つとも、今だけは彼の契約(恋人)関係でいたい。