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過去の記憶を鮮明に呼び起こす。
まるで昨日のことのように、受けてきた痛みを思い出せば、じわじわと額が熱くなっていく。
鼓動が早まり、胸元でペンダントを握りしめた。
「ヴェルヘルミーナ、さぁ、君の記憶の扉を開くんだ」
耳に心地よいヴィンセント様のバリトンボイスが響くと、一度閉ざした瞼の向こうに、いくつもの辛い過去がよぎった。
熱くなった瞼を上げた直後、輝かしい光が視界に飛び込んだ。すると、鏡にぼんやりと何かが浮かび上がった。それは次第に鮮明なものとなる。
映し出されたのは、幼い私。暗い書庫で、重たい本を投げつけられ「許してください、お継母様」と繰り返し訴える姿だった。
叩きつけられ、汚れた水を浴びせられ、引きずられながら連れていかれたのは狭い屋根裏部屋。そこに押し込められる姿は、貴族の子女には見えない。使用人だってもう少し小綺麗な服装をしているだろう。
みすぼらしさで、ぼろのような服を着せられた幼い私は、罵詈雑言に耐えながら震えていた。
あぁ、やっと出来た。これが私に目覚めた能力──記憶を映し出す力。もう、私は無能なんかじゃない!
フォスター公爵夫人が眉をひそめて顔を逸らし、その肩を公爵様がしっかりと抱きしめられた。ペンロド公爵夫妻は黙って鏡を見つめ、そろって顔面を青くされている。
「こ、こんなの……まやかしよ! こんな嘘……誰、誰かが魔法で作り出しているに違いないわ!」
「これは全て、私の記憶です」
「嘘よ……こんな、こんなの……だって私は、夫に……子ども達を託されたのよ。その証文だってあるわ!」
髪が乱れるのも気にせず、頭を振って主張するケリーアデルの必死さに、私の心は冷めていく。
自分の非を認めず、必死に己の立場を守ろうとしている。今でもレドモンド家の財産を自分のものにしようとしている。なんて醜いのだろう。
貴族としてあるまじき姿だわ。
この人に、一時でも認めてもらいたい、愛がほしいと思っていたなんて……私は、なんて滑稽なのかしら。
唇を噛み締めると、横にいたヴィンセント様が控えていた使用人へと視線を送った。
使用人は蓋の開けられた箱を差し出した。そこには、赤い布に包まれたものが置かれている。
「証文とは、これのことか?」
ゆっくりと布が払われると、封蝋のされた手紙が日差しを浴びてきらりと光った。
丁寧に切られた上辺から、ヴィンセント様は便箋を取り出す。そうして、そこに書かれた一言を読み上げた。
「子ども達が成人するまでのことは、ケリーアデルに任せる」
ヴィンセント様の静かな声を聞いたケリーアデルは、口角をあげて「そうよ!」と叫んだ。ほら見なさい。私が正しいのよといいたそうね。いいえ、きっとそういうわ。
だって、これがあなたの切り札でしょうから。
「そこに書かれていることが真実よ! 私はあの人に、子どもたちを任されたのよ。だから、私の承認のない結婚なんて無効よ!」
形勢逆転だと言わんばかりに、ケリーアデルの高笑いが響く。
だけど、彼女以外は誰一人として笑っていない。
無能の呪いに囚われていた私だったら、この偽りだらけの手紙に縛られていただろう。
でも、今はこれが真実だなんて欠片も信じられない。
ここに綴られている文字は、お父様の字と似ても似つかないもの。捺された封蝋だって、お父様の印章じゃない。
どうして、我が家の誰もがこれを本物と思い込んでいたのか。
「この封蝋は、我がレドモンド家の印章ではありません」
「──!?」
「亡きレドモンド卿が、異なる印章を捺すとは思えない。ケリーアデル、お前は大きな過ちを犯したな」
ヴィンセント様の声には、確かな圧があった。それにたじろいだケリーアデルは唇を噛む。
「封を開けようとしたとき、貴女はお父様から預かった証拠だからと、封蝋が砕けないように開けるよう進言されたそうですね。当時、立ち会いの場にいた使用人が教えてくれました」
「……当然でしょ! それがなかったら、中身が夫の書いたものと認めないって言われかねないわ。亡くなる前、あの人は字を書くのもやっとだったのだから!」
「……お父様に無理やり、書かせたのですね」
「違うわ。あの人は自分の意思で書いたのよ!」
こんなミミズが這ったような文字、誰がお父様のものだと信じるの。
あれほど厳格で姿勢正しく生きてこられたお父様の、最後の文字がこんなものだなんて。
私の頬を、冷たい雫が落ちた。
言葉をつまらせた私の代わりに、ヴィンセント様がひときわ低い声でケリーアデルに告げる。
「よく書かせたものだな。しかし、それがお前のしでかした過ちだ。本人の意思で書かれていない文書は認められない」
「夫の意思よ! 私は夫の遺志を守ってきたのよ!」
あくまで、中身を正規のものだと言い張るケリーアデルに、私は深く息をついた。本当に、この人は救いようがないわ。
コメント
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第40話、一気に引き込まれました。記憶を映し出す能力の発動シーンが鮮烈で、幼い頃の虐待の記憶が蘇るところから目が離せませんでした。ケリーアデルが証文を盾に反論する場面も、あの封蝋と筆跡の不一致——この細かいディテールが効いていますね。ヴィンセント様が事前に使用人から証言を得ていた周到さも好きです。救いようのない継母の姿に、胸が締め付けられながらも、ヴェルヘルミーナの成長を感じる回でした。