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Sea or sky
第一話 ’空から落ちてきた死体’
「でけーなぁ、やっぱり」
ベランダの手すりにもたれながら、蒼真(そうま)は海を見下ろした。
朝日に照らされた青い海。その水面を突き破るように、一頭の巨大なクジラが宙へ跳ね上がる。
ザバァァァァン!!
数十メートルはあろう巨体が海へ落ちると、船全体が揺れたような錯覚を覚えるほどの大波が広がった。
「毎日見ても飽きねぇな……」
蒼真は思わず笑う。
彼が暮らす場所は、海上帝国フリーダムシップ。
海しか存在しない世界を漂う、人類最後の国家だった。
「蒼真ー! 朝ご飯できてるよ!」
部屋の中から母親の声が飛ぶ。
「今行くー!」
食卓には焼き魚とスープ、それに人工栽培された野菜のサラダが並んでいた。
「今日も野菜が少ないわね」
「また収穫減ったの?」
「昨日のニュースで言ってたでしょ。植物工場の設備点検でしばらく配給が減るって」
「へぇ」
今では野菜一枚ですら貴重品だ。
蒼真は何気なくテレビをつけた。
『――本日も海上帝国フリーダムシップは平和を維持しております』
画面に映るのは純白の制服をまとった男。
海上帝国皇帝、レオルド。
『国民諸君。今日も家族や友人を大切に…』
「どの口が言ってんだよ」
蒼真は吐き捨てる。
「またそんなこと言って……」
母親は小声になる。
「聞かれたらどうするの」
「家の中だって」
テレビの中では皇帝が穏やかな笑みを浮かべている。
だが船内には誰もが知る噂があった。
二十年前。
現皇帝レオルドは先代皇帝を暗殺して、その座を奪った。
もちろん証拠はない。
政府も何度も否定している。
それでも、その噂だけは二十年間消えなかった。
「まあ……ただの噂だけどさ」
蒼真はテレビを消し、朝食を食べ終えた。
◇
住宅街へ出ると、朝の活気が船中に広がっていた。
パン屋には行列。
市場では魚を売る威勢のいい声。
子どもたちは噴水広場を走り回り、老人たちはベンチで将棋を指している。
少し先には映画館の看板。
その隣には病院。
さらに学校。
ここには人が生きるために必要なものが、すべて詰め込まれていた。
全長一・六キロ。
二十年前、人類が建造した史上最大の巨大船。
巨大隕石の衝突によって地球規模の地殻崩壊が起こり、大陸は次々と海へ沈んだ。
都市も国も山も森も消えた。
完成していたフリーダムシップだけが生き残り、人類はこの船へ避難した。
生き残ったのは約二万人。
そして二十年後。
人口は八万人を超えていた。
船は都市となり、やがて国家になった。
「おーい! 蒼真!」
後ろから幼なじみの蓮(れん)が駆け寄ってくる。
「よっ」
52
レンコン一本
1,512
4,292
バスケ馬鹿
95
「今日体育サッカーだぞ」
「マジ? 勝負な」
「負けねぇよ」
二人は笑いながら学校へ向かった。
◇
一時間目。
歴史。
白髪交じりの教師がモニターを操作する。
映し出されたのは、青い地球。
そこには信じられないほど広い「陸」が存在していた。
「今日は『大洪水以前の世界』について学びます。」
画面が切り替わる。
高層ビル。
森。
砂漠。
雪山。
そして広大な草原。
教室中から小さなどよめきが起きた。
「二十年前までは、人類はこの大地で生活していました。」
映像が一変する。
巨大隕石。
衝撃。
津波。
崩れ落ちる都市。
飲み込まれていく山々。
「巨大隕石の衝突による連鎖的な地殻崩壊で、大陸のほぼ全域が海へ沈みました。」
教師は黒板へ大きく書く。
『人類最後の国家』
「当時建造されていたフリーダムシップだけが完成し、人類最後の避難所となりました。」
教師は教室を見渡した。
「そして覚えておいてください。」
教室が静まり返る。
「現在、この世界の生存者はフリーダムシップの八万三千六百十四人だけです。」
「他に生き残った人類はいません。」
その言葉を、生徒たちは当たり前の事実として受け止めていた。
「……なーんか実感わかねぇな」
蓮があくび混じりに呟く。
「陸って本当にあったのかな」
蒼真も苦笑した。
「教科書の中だけの話みたいだよな」
◇
二時間目。
体育。
人工芝のグラウンド。
「パス!」
「よし!」
ボールを受け取った、その瞬間だった。
ポツリ。
頬に冷たい雨粒が落ちる。
見上げると、空一面を鉛色の雲が覆っていた。
「あーあ、降ってきた」
さらに数滴。
その時。
空を飛んでいた海鳥たちが、一斉に悲鳴のような鳴き声を上げて散っていく。
「……?」
先生も空を見上げた。
風が止む。
誰も喋らない。
奇妙な静寂。
蒼真は無意識に空を見つめていた。
雲の隙間。
そこに黒い点があった。
鳥ではない。
飛行機でもない。
それは猛烈な速度で大きくなっていく。
ヒュオオオオオオオオッ!!
耳を裂くような風切り音。
「……人?」
蓮が震えた声を漏らす。
「お、おい……人だ!」
先生が叫ぶ。
「全員伏せろーーッ!!」
ドォォォォォォン!!
衝撃波。
人工芝が吹き飛び、地面が大きく抉れた。
土煙が視界を覆い尽くす。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
やがて風が吹き抜け、煙が少しずつ晴れていく。
そこには巨大なクレーターができていた。
その中央。
一人の男が倒れている。
船の制服ではない。
見たこともない漆黒の装束。
布ではない。
金属でもない。
鈍く黒く光る未知の素材でできた奇妙な鎧だった。
胸には見たこともない紋章。
腕には複雑な刻印。
全身は血に染まり、まったく動かない。
「……死んでる」
誰かが震える声で呟く。
蒼真は息を呑んだ。
頭が真っ白になる。
あり得ない。
先生はさっき言った。
この世界の生存者は八万三千六百十四人だけ。
他には誰もいない。
(じゃあ……この人は、一体どこから来た?)
◇
――その頃。
フリーダムシップ最上階。
皇帝府・円卓会議室。
巨大な窓の向こうには灰色の海がどこまでも広がっていた。
「現在の人口は八万三千六百十四人。」
「出生率は年々増加しております。」
資料を見た老議員が深く息を吐く。
「居住区も食料生産も限界です。」
「十年も経てば、この船は維持できません。」
皇帝レオルドが静かに口を開く。
「……策はあるか」
沈黙。
やがて老議員が答える。
「やはり――“あの計画”を。」
若い議員が立ち上がった。
「お待ちください!」
「あれを実行すれば、多くの国民が犠牲になります!」
「しかし何もしなければ、全員が滅ぶ!」
議論が激しくぶつかる。
皇帝は静かに立ち上がった。
「……やむを得ない。」
「“あの計画”を実行する。」
その瞬間。
バンッ!!
会議室の扉が勢いよく開いた。
「失礼します!」
衛兵が息を切らしながら飛び込んでくる。
「緊急事態です!」
「中央区画・蒼海学園の校庭に、空から身元不明の死体が落下しました!」
会議室が静まり返る。
「死体は我が国の衣服とはまったく異なる装備を身につけています!」
皇帝の表情から初めて笑みが消えた。
「……空から?」
衛兵は震えながらうなずく。
「はい……!」
皇帝はゆっくり立ち上がる。
「現場へ向かう。」
海しか存在しない世界。
誰も空から来るはずのない世界。
それでも、一人の死体は確かに空から落ちてきた。
その死が、この世界の真実を大きく揺るがそうとしていた。
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コメント
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わあああっ第1話から飛ばしてくるねこの世界観!!🌊✨ 海上帝国フリーダムシップって時点でロマンしかないし、クジラが跳ねる朝の描写とか映像が浮かぶようでエモすぎる…🥺 「他に生き残った人類はいません」って先生が言った直後に空から死体が降ってくるの、伏線の張り方が芸術的すぎて痺れたよ…!! しかも皇帝が“あの計画”ってやつを動かそうとしたタイミングでこの事件…続きが気になりすぎて叫びたい😭💕 蒼真くんの「どの口が言ってんだよ」のセリフ、キャラ立ってて好きだな〜🎀