有給が取れた次の日の、俺は都希くんのお母さんから教えてもらった場所へ来た。まずは本当に都希くんがいるのかを確認しないと…。だけどいつまで経っても都希くんらしい人は現れない。都希くんを見つけたら、もう自分から全て曝け出してぶつかっていくしか無い。そう決めた。
施設の入り口から建物までは意外と距離があり、広々と子ども達が遊べる様になっている。施設側の脇道に車を停めて、降りると表の門から中へ入った。すごくドキドキする。もし都希くんがいたら何て言おう…。居場所が分かった日から何度も何度も考えてみたけど、想像しきれなかった。
ここに都希くんが居るのか…。周りを見渡しながら施設へ向かって歩いて行くと、子どもの声が聞こえて来た。
「都希くーん!こっちー!」
……。都希くん…そう聞こえた。何度もたくさん考えた再会のストーリーなんか関係無く、足早に声のする方へ向かった。
施設を通り過ぎるとさらに奥に開けた敷地が広がっていた。子ども達の姿が見えた。
…あの後ろ姿は…忘れるはずが無い。抱きしめた感触や髪の毛の柔らかさ、優しい匂い。全て覚えている。俺には分かる。視線の先に都希がいた。
「都希くん、誰か来たよー。誰かな?」
「ん?どこ?」俺の存在に気付いた子ども達が都希に声を掛けている。
やっと会えた…。
「都希。」
久しぶりに見た都希くんは昔より髪が短くなって、二年前より痩せて見えた。振り返り、俺に気付くと少し驚いた顔になっている。
言葉が出ないそんな俺を見て…
「千景、探偵みたいだね。」そう言って笑っていた。
・・・・
そうだ、逃げられる前に捕まえないと。
「バカやろー!都希、お前何してんだよ!!どんだけ探したと思ってんだ!」
我慢出来ず、駆け寄って都希くんを抱きしめた。やっと会えた。やっぱり都希くんだ。
「痛いよ。千景…、子ども達も驚いてるから離れて。17:00までは仕事だから、時間になったら表の門の近くで待ってて。必ず行くから。」
「分かった。逃げるなよ。」
「わかってる。逃げないよ…。」
・・・・
約束の時間、言われた場所で待っていると都希くんがこちらへ歩いて来た。歩いている都希くんの無表情な顔を見て、あー、前はよくこんな顔してたな…。と、懐かしく思った。
「で、誰から聞いたのか知らないけど、千景はこんなところまで何しに来たの?僕、もう終わりって言ったよね?」
さっきの柔らかい雰囲気とは真逆の冷めた視線。さっきは周りに子ども達が居たから優しかったのか…。
「話しをしたくて…。」
緊張して言葉に詰まってしまった。何て言おう…。ずっとずっと考えていた。でも最後に見た都希くんの冷たい表情が頭から離れない。今もやっぱり冷たい態度のまま…、これから話したところであの目でずっと見られるのか…。キツイな。
「もう僕と千景の関係は二年前に終わってるんだよ。話す事は無い。」
「俺は終わりにするのを了承してない!」
都希くんは負けじと言葉を続けた。
「あと僕、大切な人がいるんだ。一緒に住んでる。だからもう本当に終わりなんだよ。」
「…は?」
予想していなかった言葉に目の前の都希くんがぼやける。人前で泣くなんて情けねぇ。何で俺、こんなに泣き虫なんだよ!でも溢れ始めた涙がどうしても止まらない。やっと見つけたのに絶望しかない。
とっくに終わってたのか?本当に?本当に終わりなのか?都希くんとちゃんと向き合わなかった俺のせいで都希くんは俺を切って他の奴の物になってしまった。俺のせいだ。俺がちゃんと伝えなかったから…。正直に話して、罵られて、殴られて、嫌われても先延ばしにしないで真実と向き合えば良かった。あの時、必死に向き合っていたら違う結末もあったかもしれないのに…。ビビって自分の事しか考えなかった全部俺のせいだ。俺は結局、昔と同じまま…。好きな人に告白すら出来ずにフラれたのか…。でもここまで来て諦めてたまるか。今まで何度も逃げて来たから、またここから逃げ出したら一生後悔する。それだけはもう嫌だ。絶対に逃げたりしない。
たとえ都希くんの言葉が本当だとしても自分の目で確かめてから諦めたい。
「会いに来てくれてありがとう…。だから…。」
「どんな奴か合わせて。そしたら諦める。じゃなきゃ絶対に帰らない。」
困った顔になったのを見逃さなかった。迷惑だよな。そこまで要求してウザイって事は分かってる。
「…そっか、わかった。ちょっと待ってて。」
都希くんが俺から離れた場所へ行くとどこかへ電話し始めた。何を話しているのかは聞こえない。少しすると話しながらこちらへ戻って来た。
「うん、そう。うん。わかった。また後でね。大好きだよ。」
大好きだと言っている相手は誰なんだ。殺してやりたい。だけど、俺は俺を一番ぶっ殺してやりたいよ。相手を見たらそのまま帰りのホームに飛び込もうか…。そうしたら都希くんは俺の事をずっと覚えていてくれるかもしれない。今すぐ消えて無くなりたい。結局、俺は俺を殺す為にここへ来たのか…。
・・・・
都希くんの案内で住んでいるアパートらしきところへ来た。一緒に居るという相手にイライラして仕方がない。幸せな姿を見せつけられるくらいならやっぱり来なければ良かったのかもしれない。だけどすぐに諦められる気持ちならもうとっくに諦めている。やっと止めたのに、マジでまた泣きそうだ。
「…ここだよ。」
そう言って都希くんは、鍵のかかっていない玄関のドアを開けた。
・・・・
そこには女の子が立っていた。
「ジュリ、ただいま。千景、この子が僕の大切な人。町田ジュリア。わかったでしょ?だからもう帰って。」
町田ジュリア…この女どこかで…。そうだ、都希のセフレか。
「あんた…都希くんのセフレの1人じゃん。見た事ある。恋人に昇格って事か?」
イライラした感情が抑えられない。
「はじめましてなのに失礼だね。ふ〜ん。私の事知ってたんだ…。千景くん。私も君の事知ってるよ。あんたツキの事、無理矢理抱きまくった人でしょ?身体が傷だらけだったの忘れてないから。」
「あ、あの時は…。」
ジュリの気の強さに思わず動揺してしまった。
「そんな事しといて、今更こんなとこまでツキを追いかけて来てどういうつもり?私とツキの邪魔したいだけなら帰ったら?」
「…。」
「ジュリもういいよ。」
「ツキ!良くない!全然良くないから!!」
「千景、そういう事だから帰って。」
「あんたにはまだ言いたい事が山ほどあるんだから!」
「ジュリ、もういいって!」
何やら雲行きが怪しい。痴話喧嘩?それなら俺のいないところでやってくれ。よくわかった。もう充分わかったよ。俺はこの場所から消えるから。帰ろう…。
「あぁーもうっ!ツキ!!いい加減にしてよ!!!!いつまでもメソメソメソメソ泣いてたのは誰!!?」
…都希くんが泣いてた??
「ちょっとジュリ。」
「もうあんたには付き合いきれない!」
「ジュリや、やめて。」
「好きなのに逃げんな!!」
訳がわからない。本格的に喧嘩が始まった。都希くんが珍しく慌てている。そんなにこの女の事が好きなのか…。
静かに二人の前から離れようとした。
「ちょっとあんた待ちなさいよ!あんたツキの事好きなんじゃ無いの?!きっと場所が分かった瞬間に猛ダッシュでこんなとこまで来たんだよね?!」
急に話しをふられて何の事かわからない。全部知ってるんだな…そう思うと虚しくなって怒りも収まってきた。
「でも都希は大切な子がいるって…。」
「そうだよ!私はセフレだったけど、もう違うの!大切な友達なの!親友なの!!意味わかる!!?ツキはね、セフレ全員切ったんだよ!」
「ジュリ!!!やめろ!!!」
「セフレ全員切ったって…でも親友?何で?何の話しかわかんないんだけど…。」
「千景早く帰れ!」
「ツキはね、あんたの事が好きだから一緒に居たら辛いって逃げたんだよ!」
都希くんが…俺を…好き?
その瞬間、都希くんが奥の部屋に逃げて閉じ籠ってしまった。
「あーあ、やっぱ逃げた。私は謝らないから。じゃあ、後はニ人でちゃんと話しして。ツキー、私ダーリン待ってるから帰るねー。」
「ダーリン?」
「そ、私結婚したの。大好きな人と。」
そう言って薬指の指輪を見せつけてきた。
・・・・
ジュリが帰った後、俺は恐る恐る玄関から先の廊下へ上がった。この先にある部屋に立て籠っている都希くんの元へ向かう。
誰かと暮らしてるって言っていた。でもあの女じゃない?じゃあ、誰なんだ…。
「ニャー」
都希くんのいる部屋から猫の鳴き声がした。
ネコ?一緒に暮らしてるのって…。もしそうなら…。
「ねぇ都希。もう一回ちゃんと話しがしたい。」
「僕には話す事は無い。帰って。」
ドア一枚挟んでいるだけなのに、手の届かない崖を挟んでいるくらいの距離を感じる。
「都希…。俺、都希に会いたくてずっと探してたんだ。時間がかかっちゃったけど、やっとここまで来たんだ。なぁ、さっきの話しって本当か?」
「違う。」
「俺の事が好きじゃないなら直接言ってみろよ。嫌いならそう言ってくれ。」
都希くん、出て来てくれ…。俺はそれ以上無理には踏み込めない。
「あれはジュリが勝手に言った事だから、顔を見る必要は無いよ。それに、もし千景と付き合っても君は僕の事を嫌いになると思う。分かっているんだ。だから君を好きになったりはしないし、もう顔も見たくない。」
俺が都希くんを嫌いになる?そんな事あり得ない。何を言ってるんだ。こんなに好きなのに嫌いになる訳ないだろ。
「付き合ってもいないのに、嫌いになるとか何で全部決めつけてるんだよ…。俺は俺だ!!お前の事が好きで諦められなかったからずっと二年間も探してたのに!お前の中の誰かと俺を一緒にすんな!!」
一気に頭に血が昇ってから拉致の開かない現状に急に冷めた。本当の事は言えなかったけど、都希を好きだという気持ちは伝えられた。もっと嫌われる前に帰ろう。
「やっぱり出て来てくれないんだな……。都希の気持ちは分かったよ。帰る。もうここには来ない。迷惑かけてごめんな。じゃあ、元気でな。」
勢いよく外へ出た。
切り捨てられたのは自業自得だよな。俺の事を好きになってもらえていた事実だけでこの先も生きていけそうだよ。
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