そこは甘い匂いに包まれて、私の大好きなパンケーキやクリームソーダが待っている。
お母さんと行く喫茶店はいつも私の心を癒してくれた。それなのに___。
4月30日、お母さんは亡くなった。
それと同時に大好きだった喫茶店も無くなってしまい、私は新学期早々学校に行けずにいた。
「そろそろ学校に行ったらどうだ?」
部屋にこもっている私に、お父さんがドア越しに話しかけてきた。
答える気力もなく、無視し続ける私にお父さんは呆れたようにため息をつく。
「つむぎが行きたいと思ったらでいいんだ。無理するなよ」
お父さんはそう言ってくれるけど、私はもう中学3年生で受験生になったし、本当は明日にでも行ってほしいはずだ。
「うん…」
私はドア越しに聞こえるかも分からない小さな声で返事をした。
リビングからスーツを片付ける音や、食器を片付ける音が聞こえる。
お母さんの楽しい笑い声は、もう聞くことはできない。お母さんと喫茶店に行くことも、できない。そう思うと、また大粒の涙が出てきた。
気づくともう朝の8時になっていた。
あのまま寝てしまったらしい。
リビングに行くと、机に置き手紙と朝ごはんが置いてあった。
(つむぎへ。今日は帰りが遅くなりそうだから、夕飯はコンビニで買ってね。父より)
お父さんが作ってくれた朝ごはんを食べ、皿洗いをする。
___お母さんの料理が食べたい。
今日も一日何もする気になれず、夕方になってしまった。そういえば、お父さんは帰りが遅いと言っていたなと思い出し、財布を持って外に出た。
外に出るのは久しぶりだった。
前まですごく寒かったのに、5月中旬になり、季節はすっかり春になっていた。
コンビニに入り、適当に買おうとお弁当を取ると、「つむぎ?」と声をかけられた。
振り返ると、私の親友の小夏が驚いた顔でこちらを見ていた。
「あ….」なにか話さなければと思ったけれど、私は気まずさに耐えられず、お弁当を返して急いでコンビニを出た。
いきなり学校に来なくなった私を小夏はどう思っているのだろう。怖くて逃げてしまった。
家に帰ると、お父さんの靴と知らない靴があった。
先生が家庭訪問してきたのかとリビングのドアをそっと開けると、知らない女の人が居た。
「あ、つむぎ。夕飯買えたか?」
「つむぎちゃん?初めまして」
にこっと笑いかけてきた女の人はどこか緊張しているように見えた。
「えっと…」
驚いて、反応に困っている私にお父さんが、「ここ、座ってくれ」と言ってきた。
私は最悪の場合を考えていた。もしこの人が、お父さんの再婚相手なら。
もしそうなら、私は___
「お父さん、再婚することにした。」
頭にハンマーで殴られたような衝撃が走る。
息が詰まって過呼吸になりそうだ。
「つむぎちゃん、私つむぎちゃんの…」
「ふざけないで!」
はっと我に返る。私は机を叩いてお茶をこぼしていた。お父さんと女の人が驚いた顔でつむぎを見ている。
それでも私は、もう止められなかった。
「お母さんのこと、もう忘れたの?」
「ひどいよ、私の気持ちも考えないで」
これ以上2人の顔を見ると吐いてしまう気がして、家を出た。
私は酷い顔をしていただろう。涙に鼻水まで出ていた。
私は行くあてもなく走った。
とにかく1人になりたくて、一刻も早くこの家から離れたかった。