テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
花月夜れん
1,986
自転車和尚
755
羽海汐遠
14,320
ゆい
48
都市では冒険者以外にも、もうひとつ大きな稼ぎ口。腕に自信のある者同士が争い、ファイトマネーを得る闘技場は、国が管理する大きな事業のひとつでもある。その場所にいる最強の男が仲間になる可能性をレオは示唆した。
「……そういえば前にクローディアも言ってたかな」
「ああ、シレント殿と酒場で話したときに。我輩の尊敬するお方だ」
老人でありながらよほど頼りになるのだろう、とシレントは迷いなく二人の言葉を信じた。今は小さな可能性に賭けてでも事を急ぎたいのだ。
「闘技場に行けば会えるのかい?」
「ああ、会えるともさ。彼はわりと暇を持て余してるからね、強すぎて」
レオの話を聞いて、シレントはすぐさま家を出た。あまり大所帯になっても相手に悪いと、何人かを家に残す。同行するのは顔見知りのレオと、会いたがっているクローディア。ちょうど闘技場はそう遠くない場所で、家からでも見えた。
外に出れば明らかに視線が自分たちに突き刺さっている。なんとも気分の悪いもので、シレントは顔を顰めた。ひそひそと話す声の殆どは、彼らを悪人だの生贄にするべきだのという声ばかりで気が滅入った。
「僕らがまるで大罪でも犯したみたいな扱いだな」
残念ながら、とクローディアが肩を竦めた。
「今の町の空気はああなのだ、シレント殿。皇太子の影響力はそれほど大きい。国王陛下も病床に臥せているそうだから、今や全権はあの男と言っても過言ではない。我々が町を堂々と歩けるのも今のうちだ」
既に皇太子率いる過激派は勢力を強めており、大衆を味方につけている。シレントたちを擁護するのはこれまで交流を持ってきた者で、どちらにも与することのない闘技場の人間や冒険者たちも大局を見極めている段階だ。
「過激派連中の波が押し寄せる前に、ボクたちも味方を増やすべきってわけだ。もしアルバートがこちら側についてくれれば、闘技場の闘士たちもこちら側につく。となれば、安心して眠れる場所がひとつくらいは手に入る」
闘技場には常に数百人の闘士たちが寝泊りする。彼らがその気になれば封鎖して出入りできないようにもしてしまえるほど腕の立つ者は多い。レオが最も重要視するのは戦力ではなく、その場所だった。
彼らが闘技場に着くと、相変わらずの客入りに加えて闘士たちが休憩の合間に食事をしたり、談笑する姿が見られる。シレントやクローディアを見ると、途端にその空気もがらりと変わってしまったが。
「気にしちゃだめだよ、諸君。他人の目などいくらでも変えられるんだから、ボクたちはアルバートを味方につけさえすればいい」
レオを先頭にして闘技場の中を進む。緊張感を抱えたシレントたちを励ましつつ、レオは周囲の視線を馬鹿馬鹿しく嗤った。
そして、闘技場の三階にある二枚扉の控室を前に立つ。番兵二人が槍を交差させて塞ごうとしたが、レオの姿を見るなり引き上げた。
「あなたでしたか。アルバート殿にお会いに?」
「うん。ちょっと野暮用でね」
後ろにいるシレントたちを見て、番兵は苦い顔をしつつも一歩退く。
「そちらの者は反逆者としての噂まで立っているそうだな。さぞ苦労しているだろうが、アルバート様にあまり無礼を働くなよ」
よほどの信頼があるのだな、とシレントは気まずそうに頭を下げた。これから頼もうとしているのは、なかなかに無礼な頼みでもあった。
堂々とレオが扉を開けて中に入り、シレントとクローディアも続く。コーヒーの香りが部屋の中を満たし、老人が執務室のような部屋で新聞を読んでいた。
「やあ、アルバート! 友達を連れてきたよ!」
老人は新聞を閉じて顔をあげた。
「君に友達などいたのかね、レオ」
「少なくとも君はボクの数少ない同世代だろ?」
「……フ、それもそうか。良い友人を持ったものだ」
同世代と聞いてクローディアは混乱し、二人を指さしながらシレントを見た。
その疑問に答えたのはアルバートだった。
「レオは若返りの秘薬を服用しているんだよ。実年齢は七十歳を過ぎてる。良い歳したババアなんだよ、彼女も」
「やめてくれないかい、これでも若造りしてんの隠してるんだからサ」
会うのが久しぶりだからなのか、二人は軽口を言い合った。
アルバートが机の引き出しから葉巻を取り出す。
「少し吸わせてもらうよ。最近は骨のある人間がいなくて、楽しみがこれくらいなものでね。良かったらそこの君も吸うかね?」
目の合ったシレントが慌てて胸の前で両手を振った。
「い、いえ! 僕は安い煙草しか吸ったことありませんから、葉巻なんて贅沢すぎて味が分かりませんよ。それに此処を喫煙所だと思って来たわけじゃない」
吸い口を切り落として火をつけながら、アルバートは小気味良く笑う。
「若者にしては悪くないな。わかった、本題に入ろう」
ゆっくりと静かに煙を吐き出して、灰皿に置くと机に肩肘を突く。
穏やかそうな老人の気配が消えた。
「私に手を貸せというのだから、それなりに楽しませてくれるのだろうね」
背筋が凍るほどの殺気。今にも首を落とされるのではないかという緊張感が走り、シレントとクローディアの二人が咄嗟に身構えた。
「ああ、何もここで争うわけじゃない。今日の試合は昼までで、午後の部は夜からなんだ。今は舞台を誰も使っていないから、そこでやろう。────レオは駄目だ、こいつと戦うのは退屈なのでね。初めましての方がいいな」
言われてレオがむすっとふくれっ面をする。
「ボクだっていいじゃないか」
「互いに手の内が分かっている相手なぞゾクゾクせんだろう?」
椅子から立ち、綺麗に整えられたオールバックを両手にすっと撫でて、にやりと笑う。穏やかな顔つきが途端に鋭い眼つきに代わった。
老人といえども闘技場最強の称号を持つ人間。甘く見ていたかもしれないとシレントが冷や汗を掻く。彼の気配は魔族にも負けず劣らずだった。
「では我輩が」
あのアルバート・ローと戦えるとあってはこの機会を逃す手はないとばかりに、興奮気味な様子でクローディアが手を挙げた。
じっと品定めをするような視線を送ったアルバートは、ため息を吐く。
「まあ、君でも構わないが……」
「待ってくれぬだろうか。我輩では不足だと。魔族との戦闘経験もある」
「ではその魔族は弱かったのだね。君程度に負けるくらいなのだから」
誇りを傷つけられたと感じたクローディアがぎゅっと拳を握った。
「ならばせめて手合わせで確かめてほしい。我輩は貴方に敬意を抱いているゆえ、その強さに憧れて力を付けてきた。見かけで判断はしないでほしい」
「……やれやれ、世間知らずの小娘だ。良いだろう、ついてきなさい」
葉巻を咥え、ポールハンガーに掛けてあった中折れ帽を被り、黒いコートを着る。机の端にあった黒い革の手袋を取り、コートのポケットに入れた。
「特別だ、君には稽古をつけてあげよう。反省したら出直すといい」
コメント
1件
第42話、読了しました〜! アルバート、めっちゃ強そうなのに葉巻くわえて新聞読んでるギャップがまずやばいです。レオが若返りの秘薬で実は70超えってのも「えっ!?」ってなりました。クローディアが誇りかけて挑むシーン、熱いけどアルバートの「君程度に負ける魔族は弱い」って言い放つ余裕がかっこよすぎて震えました。この後の手合わせ、どうなるんだろう…続きが気になりすぎます!