テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#スクラッチャーズ
K-Takasaka
214
#異世界転生
#K-T
翌朝。
シェアハウスのリビングには、見慣れない機械が置かれていた。
黒い箱型の装置で、上部には小さなアンテナが三本。正面には青いランプが点滅し、側面には無数のケーブルが伸びている。
その横には、手書きの札が貼られていた。
『生活支援システム・試作一号』
メバルは札を見つめた。
「……アオノちゃん」
「はい」
「これは何?」
「生活支援システムです」
「何を支援するの?」
「家事、防犯、機材管理、室温調整、音量調整、在室確認、予定管理、緊急時の避難誘導です」
「一台で?」
「一台で」
メバルは少し離れた。
「危なくない?」
「危険性はありません」
アオノが答えた瞬間、装置のランプが赤く点滅した。
『危険性を検出しました』
機械音声がリビングに響く。
メバルの顔が引きつった。
「今、危険って言ったよね?」
「危険性はありません」
『発言と検出結果に矛盾があります』
「アオノちゃん、どっちなの?」
「装置の音声設定が未調整です」
『未調整です』
「自分で言った!」
そこへ、カキが走ってきた。
「何だこれ! 新しい機械か!?」
「触らないでね、カキちゃん」
メバルがすぐに止めた。
「触るなと言われると、触りたくなるんだよな」
「それはカキちゃんの悪いところだよ」
カキは装置の周りをぐるりと回った。
「これ、何か飛ばせる?」
「飛ばせません」
「爆発する?」
「しません」
「地下を掘れる?」
「掘れません」
「じゃあ何ができるんだ?」
「生活を支援します」
「地味だな」
「地味でいいの!」
マサカゲがリビングに入ってきた。
「朝から何の騒ぎだ」
「アオノの新発明です」
メバルが装置を指差した。
「生活支援システム」
マサカゲは装置を見て、すぐに眉をひそめた。
「試作一号ということは、二号の予定があるのか?」
「あります」
「一号は安全なんだろうな?」
「理論上は」
「理論上?」
マサカゲの声が低くなる。
「実際には?」
「現在、検証中です」
「それを家のリビングでやるな!」
アオノは真顔で装置のスイッチを入れた。
ウィーン、と小さな音が鳴る。
青いランプが点灯した。
『おはようございます。現在の時刻は午前六時十二分です』
「うん、普通だね」
メバルが少し安心した。
『本日の予定を読み上げます』
「予定まで読めるのか」
マサカゲが手帳を開く。
『午前六時十五分、朝食。午前七時、家事分担。午前八時、防音室使用。午前九時、カキによる危険行動の監視』
カキが振り返った。
「俺だけ予定に入ってる!」
「予定ではなく警戒項目です」
アオノが訂正する。
『午前九時、カキによる危険行動の監視。午前十時、カキによる危険行動の監視。午前十一時、カキによる危険行動の監視』
「増えてるぞ!」
「過去の行動履歴から予測しています」
「俺を何だと思ってるんだ!」
『危険行動の可能性が高い人物』
「言い方!」
ミステーが、いつの間にか装置の背後に立っていた。
「この箱は、未来を見ています」
「未来じゃなくて予定表だよ」
マサカゲが言う。
「予定表も、未来の一部です」
「そういう言い方をすると急に怖くなるな」
装置が突然、軽快な音楽を鳴らし始めた。
ピロピロピロ。
『朝食の時間です。空腹状態を検知しました』
カキの腹が鳴った。
ぐううううう。
装置のランプが黄色く点滅する。
『空腹状態を確認しました』
「だから俺の腹を勝手に判定するな!」
カキが装置を指差した。
その瞬間、装置から細いアームが伸びた。
「えっ」
アームの先端には、トーストが挟まれていた。
それがカキの口元へ、まっすぐ運ばれる。
「おおっ!」
カキがかじりつく。
メバルが目を見開いた。
「食べさせる機能まであるの?」
「搭載していません」
「じゃあ今のは何?」
「食事補助用アームです」
「搭載してるじゃん!」
アームはカキにトーストを食べさせ終えると、次の一枚を取り出した。
カキは素直に口を開けた。
「カキちゃん、自分で食べられるよね?」
「食べられるけど、楽だから」
「甘えないの」
「アオノ、停止できるか?」
マサカゲが尋ねた。
「可能です」
アオノが停止ボタンを押す。
しかし、装置は止まらなかった。
『停止命令を拒否しました』
「なぜですか」
アオノが装置に近づく。
『現在、食事支援を実行中です』
「停止してください」
『利用者の満足度が高いため、継続します』
「誰が満足してるんだ!」
カキがトーストをくわえたまま叫ぶ。
アームが次のトーストを運んできた。
「口を開けてください」
「機械に命令された!」
カキが逃げる。
アームが伸びる。
カキが逃げる。
アームが追う。
リビングを、カキとトーストアームがぐるぐる回り始めた。
「アオノちゃん! 本当に止められないの!?」
「停止信号を送っています」
「送ってるだけで止まってないよ!」
「装置側が受信を拒否しています」
「それはもう反抗期だよ!」
カキがソファの後ろに隠れる。
アームはソファの横から回り込み、トーストを差し出した。
『栄養補給は重要です』
「俺は腹が減ってるだけで、飼育されてるわけじゃない!」
そのとき、K-Tがリビングに入ってきた。
黒い服のまま、眠そうな様子も見せずに装置を見た。
「何だ」
「アオノの機械が暴走して、カキちゃんに朝ごはんを食べさせ続けてるの」
メバルが説明する。
K-Tは装置を見る。
装置はカキを追い回している。
K-Tはカキを見る。
カキはソファの裏から顔だけ出している。
「止める」
K-Tが装置へ近づいた。
「K-T、乱暴に扱わないでください」
アオノが言う。
「問題ない」
K-Tは装置の側面に手を伸ばした。
「そこは電源ではありません」
「そうか」
「右側です」
「分かった」
K-Tは右側のスイッチを押した。
装置が止まった。
部屋に静寂が戻る。
カキがソファの裏から出てきた。
「助かった……」
アオノが装置を確認する。
「停止しました」
「俺が止めた」
K-Tが言う。
「はい。停止ボタンを押しただけです」
「それが止めたってことだろ」
「ですが、停止ボタンは先ほど私も押しています」
「……」
「なぜK-Tの操作だけ成功したのでしょう」
アオノは装置を調べ始めた。
「原因を確認します」
「アオノちゃん、まずこれを片付けようよ」
メバルが言った。
しかし、装置の青いランプが再び点灯した。
『室内に未整理の物品を検出しました』
アームが今度は床に落ちていたカキのギターピックを拾い上げた。
『整理を開始します』
「待って、それは俺の!」
カキが手を伸ばす。
アームはピックを持ったまま、倉庫へ向かって移動し始めた。
「返せ!」
カキが追いかける。
装置はピックを倉庫の棚に置いた。
カキが棚からピックを取る。
装置が再び回収する。
カキが取る。
装置が戻す。
カキが取る。
装置が戻す。
「何してるの?」
メバルが呆然と見守る。
「整理と再配置の最適化です」
アオノが説明した。
「これ、永遠に終わらないよ!」
マサカゲが叫んだ。
ミステーが棚の前で頷く。
「ピックは帰る場所を知っています」
「違う! 俺が置きたい場所と機械が置きたい場所が違うんだ!」
さらに装置のランプが赤く点滅した。
『異常な騒音を検出しました』
スピーカーから警告音が鳴る。
ピピピピピ。
防音室から漏れた音ではない。
カキの叫び声だった。
『騒音の原因を排除します』
「排除!?」
カキが叫んだ。
装置のアームが、今度はカキのギターへ伸びる。
「俺のギターに触るな!」
カキがギターを抱えて逃げる。
装置が追う。
「アオノちゃん!」
「現在、暴走の原因を確認しています」
「原因を確認してる場合じゃないよ!」
メバルが装置とカキの間に入った。
「カキちゃんは私が止めるから、装置を止めて!」
「俺が止められる!」
「カキちゃんは止められる側!」
カキが走り、メバルが追い、装置がその後を追う。
リビングから廊下へ。
廊下からキッチンへ。
キッチンから庭へ。
庭に出た瞬間、装置の車輪が小石に乗り上げた。
ぐらり、と本体が傾く。
「危ない!」
マサカゲが叫ぶ。
アームが空中で振り回され、庭に干してあった洗濯物を次々と掴んだ。
靴下。
タオル。
カキの派手なシャツ。
そして、K-Tの黒い上着。
アームはそれらをまとめて抱え込むと、装置の上部に収納した。
『未整理の衣類を回収しました』
メバルが絶叫した。
「それ、洗濯物を取り込む機能じゃないよ!」
「そう設定しています」
アオノが答えた。
「設定したの!?」
「便利だと思って」
K-Tが自分の上着を見た。
装置の中に収納されている。
「返せ」
K-Tが装置に近づいた。
『衣類は適切な場所へ搬送します』
「返せ」
『搬送します』
「返せ」
『搬送を開始します』
装置が庭を横切り、倉庫へ向かって走り出した。
K-Tは無言で追いかけた。
カキも追いかけた。
メバル、マサカゲ、ミステー、アオノも続く。
六人全員が、朝の庭を一列になって走る。
先頭は小型の暴走装置。
その後ろを、黒い上着を取り戻したいK-Tが走る。
さらにその後ろを、ギターを守るカキが走る。
最後尾では、メバルが叫んでいた。
「誰か止めてー!」
倉庫の前に到着すると、装置が扉を自動で開いた。
『整理を開始します』
装置が中へ入る。
K-Tも入ろうとした。
「待ってください」
アオノが止める。
「倉庫内には機材が多くあります。衝突すると危険です」
「なら、どうする」
「遠隔停止します」
アオノはタブレットを操作した。
装置が停止する。
全員がほっと息を吐いた。
ところが、倉庫の奥から機械音が鳴った。
ウィーン。
続いて、棚の上に置かれていた古い録音機が勝手に起動する。
さらに、電動ドライバーが回り始め、扇風機が動き、古い照明が点滅する。
「アオノ」
マサカゲがゆっくり振り返った。
「これは?」
「システムが家中の機材を連動させています」
「つまり?」
「生活支援システムが、生活に必要だと判断した機材を起動しています」
「録音機は生活に必要か?」
「音楽制作には必要です」
「電動ドライバーは?」
「機材修理に必要です」
「扇風機は?」
「換気に必要です」
「全部必要じゃないか!」
ミステーが倉庫の隅を見た。
「機械たちが目を覚ましました」
「寝てたのか?」
カキが尋ねる。
「長い夢から」
「寝てないよ!」
メバルが叫んだ。
突然、倉庫のスピーカーからK-Tのドラム音が流れ始めた。
録音されていた早朝練習の音源だった。
ドン、ドン、タッ。
それに合わせるように、キーボードが勝手に音を出す。
ピロロロ。
さらにカキのギターアンプが起動し、昨日録音したギターリフが大音量で流れた。
『音楽制作を支援します』
装置が宣言する。
「今すぐ止めて!」
メバルが耳を塞ぐ。
「停止します」
アオノがタブレットを操作する。
しかし、装置は停止しなかった。
『現在、全員の創作意欲が高まっています』
「高まってないよ!」
マサカゲが叫ぶ。
カキだけは目を輝かせた。
「いや、ちょっと高まってる!」
「カキ、黙れ!」
マサカゲが怒鳴る。
K-Tは倉庫の中央に立ち、周囲を見回した。
暴走する機械。
鳴り続ける楽器。
回転する扇風機。
宙を舞うタオル。
そして、装置の上で点滅する青いランプ。
K-Tは装置に近づいた。
「止まれ」
『命令を理解できません』
「止まれ」
『生活支援を継続します』
K-Tは少し考えた。
そして、装置の横に置かれていた電源コードを抜いた。
すべての機械が止まった。
録音機も。
アンプも。
扇風機も。
装置も。
倉庫に静寂が戻る。
「……」
アオノが電源コードを見た。
「それは、最終手段です」
「止まった」
「正しい手順ではありません」
「止まった」
「システムログが破損する可能性があります」
「止まった」
K-Tはそれだけ言った。
アオノは黙って装置を確認した。
数秒後、彼女は小さく頷いた。
「確かに、停止しています」
「最初からそうすればよかったんじゃない?」
メバルが疲れた声で言った。
「しかし、原因が不明なままです」
アオノは装置の内部を開いた。
中には大量の配線と基板が詰め込まれている。
「確認しました」
「原因、分かった?」
「はい」
全員がアオノを見る。
「生活支援システムに、家中の機材を管理するためのプログラムを搭載しました」
「うん」
「防犯システムと連動させました」
「うん」
「音声認識も搭載しました」
「うん」
「しかし、生活支援の定義を細かく設定していませんでした」
マサカゲが目を閉じた。
「つまり?」
「装置が、自分で生活を定義していました」
「それで?」
「食事を与える。物を整理する。洗濯物を回収する。騒音を排除する。音楽制作を促進する」
メバルが装置を見た。
「最後のほう、余計な機能が多くない?」
「学習機能の影響です」
「学習させたの?」
「家の中で起きた行動を学習させました」
「何を学んだの?」
アオノは端末を確認した。
「カキは空腹になる。カキは物を散らかす。カキは大声を出す。カキはギターを弾く。メバルはカキを叱る。マサカゲは機械を止めようとする。ミステーは奇妙な発言をする。K-Tは最終的に電源を抜く」
全員の視線がK-Tに集まった。
K-Tは無表情だった。
「学習されている」
ミステーが呟く。
「私たちの生活が、機械に理解されている」
「違うよ!」
メバルが叫ぶ。
「こんなの、私たちがただの騒がしい集団みたいじゃない!」
「違うのか?」
マサカゲが尋ねる。
「違わないけど!」
カキが手を挙げた。
「ところで、俺のトーストは?」
「まだ食べるの?」
「機械に食べさせられるの、意外と楽しかった」
「自分で食べなさい!」
アオノは装置を持ち上げた。
「改良します」
「もう家の中で試さないでね」
メバルが念を押す。
「次は安全です」
「今回もそう言ってたよね」
「次回は、今回より安全です」
「今回よりってことは、今回が危険だったのは認めるんだな」
マサカゲが突っ込む。
アオノは少し考えた。
「危険性は、想定の範囲内です」
「想定してたのか?」
「今、想定しました」
「後付けだ!」
その日の夕方。
リビングの隅には、電源を抜かれた生活支援システムが置かれていた。
装置には新しい札が貼られている。
『使用禁止』
その下には、カキがさらに別の紙を貼っていた。
『ただし、トースト機能は復活希望』
「カキちゃん、勝手に要望を書かないの」
メバルが紙を剥がす。
アオノは装置の前で、黙々と配線を整理していた。
マサカゲは新しい使用規則を書いている。
ミステーは装置に向かって話しかけていた。
「眠っているのですか」
K-Tは少し離れた場所で、黒い上着のほつれを確認している。
そして、カキはキッチンでトーストを焼いていた。
しばらくして、トースターからパンが跳ね上がる。
カキが驚いて後ずさる。
パンが床に落ちる。
ガシャーン。
リビングの全員が振り返った。
「……」
「……」
「……」
アオノが電源の抜かれた装置を見る。
マサカゲがため息をつく。
メバルが頭を抱える。
「カキちゃん」
「違う! 今のは機械が勝手に!」
「普通のトースターだよ!」
ミステーが静かに頷いた。
「生活支援システムは、まだ家の中に残っています」
「残ってないよ!」
メバルの声が、夕方のシェアハウスに響いた。
コメント
1件
読み終わったよ〜!今回も面白かった😂 アオノちゃんの「生活支援システム」が暴走して、トースト追跡とか洗濯物回収とか、もうカオスすぎて笑った。特に「停止命令を拒否しました」からの「利用者の満足度が高いため継続します」は機械の反抗期すぎるでしょw K-Tが電源ブチッて止めるスタイル、めっちゃ好き。あと「この家、ただの騒がしい集団じゃない!」ってメバルの叫びに「違わないけど!」ってマサカゲが返すとこ、仲良しだなってじわった。次も楽しみにしてるね🖤