テラーノベル
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「ね、髪いじってもいい?」
それはレインの一言から始まった。
「…ね、ねぇ、レインちゃん…もういい?」
「んー?まだだめ〜。次は…何がいいかな、麦ちゃんなんでも似合うから迷っちゃうね」
困ったような声色を無視して、レインは再びシュシュやバレッタなんかを手に取りながら悩み始める。
書斎より奥にある私室へ通され、鏡面台の前に座らされて、もうかれこれ2時間ほどはこのままだ。すぐに終わると踏んで軽く了承したのがいけなかった、まさかこんなに拘束されるとは。
髪をいじる都合上仕方ないのだが、人に毛髪や首元を触られるというのはなんとも落ち着かない。居心地が悪そうに身を捩らせると、「動くとずれちゃうよ」と頭上から声が降ってきた。
「2時間も座りっぱなしはちょっと疲れちゃうよ…」
「…それもそっか。じゃあ、戻してあげる」
抗議すれば、レインは存外あっさりとそれらを台にしまって、代わりに櫛を取る。こんなことならもう少し…30分くらいのところで言っておくんだった、と浅慮を悔いた。
いつも通りのハーフツインテールへ結い直しながら、レインはあのね、と口を開く。いつもよりずっと、静かで真剣にも聞こえる音だった。
「本当は、ずっと見てたの。麦ちゃんの髪。いつか触れてみたいと思って」
「……レインちゃん?」
「でもほら、あんまり怖がらせたり、うざがらせるのもあれだから。言い出すタイミング、中々悩んだんだよね」
少しだけいつもの、なんでもないような声色を混ぜて、レインは話を続ける。本音に建前を混ぜて、いや、建前でコーティングだけしたような音に、思わず鏡越しに彼女の顔へ視線をやって。
目が、合った。
「……ふふ。なぁに?」
レインが笑う。澄んだ瞳をうすく細めて、光が揺らいだ。
結い終わった髪をさらりと指先で弄ばれて肩が跳ねる。肩越しに背後から鏡を覗き込まれている。その前で肉食動物に捕食される瞬間の小動物のような顔をしているのは、当然自分だった。
「あんまり可愛い顔されると、帰せなくなっちゃうよ」
「………………か、かえります………」
「ふふふ、うん。遅くならないうちにね」
真面目なようで、揶揄っているような。にこり、と笑えば目が見えなくなって、何を考えているのかも読み取れない。
おいで、と書斎で迷わないように引かれた手はつめたくて、己の体温が高くなっていることをいやでも感じさせられた。
コメント
2件
偶然にも麦さんと私が同じ名前ですね!出演させていただきありがとうございます!
こんなに素敵な小説を見たのは初めてです。涙が止まりません。ありがとうございます。