テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あの夜から数日後。
ちょんまげは会社の給湯室でコーヒーを淹れながら、小さくため息をついた。
(……もう忘れてるよね)
あの“媚薬事件”。
ターボーは何も気づいていない様子だった。 寧ろ「なんか調子良かったな」とか言っていたくらいだ。
当然だろう。自分で仕掛けたとはいえ、あれはほんの出来心だったし、証拠ももうない。小瓶も捨てた。
(大丈夫大丈夫)
自分に言い聞かせる。
その時。
「ちょんまげ」
背後から低い声がした。
「うわっ!?」
振り向くと、そこにいたのはターボーだった。いつもの社長の顔。
長身で色黒の男が給湯室の入口に立っているだけで、妙に圧がある。
「ターボーが給湯室に来るの珍しいね」
「お前のこと探してた」
「なんで?」
「ちょっと来い」
その言い方が妙に落ち着いている。
(……嫌な予感)
ちょんまげはコーヒーを置いた。
「どこ行くの」
「社長室」
「えっ…」
「来い」
有無を言わせない声だった。
数分後。
社長室のドアが閉まる。
ちょんまげはソファに座らされていた。目の前には、腕を組んだターボー。
その顔は、少しだけ笑っている。
でも——
目が笑っていない。
「な、何?」
「聞きたいことがある」
「怖いんだけど」
ターボーはポケットから何かを取り出した。
机の上に置く。
それは——
小さな瓶だった。
「…………」
ちょんまげの思考が止まる。
「これ知ってる?」
「し、知らない」
「嘘」
即答だった。
「お前の鞄の横に落ちてた」
「え」
「ゴミ袋に入ってたけどな」
ちょんまげは完全に固まった。
(終わった)
ターボーは瓶を軽く回す。
「で?」
低い声。
「これ、何?」
「……」
「説明」
ちょんまげは視線を逸らした。
「…ハーブ」
「どんな」
「元気になるやつ」
「誰が?」
「……」
「俺?」
ちょんまげは観念した。
「……ちょっとした悪戯のつもりで…」
ターボーは沈黙した。
五秒。十秒。
そして、急に笑った。
「ははは」
「えっ」
「ちょんまげ」
「なに」
「お前さ」
ターボーはソファの前にしゃがんだ。
距離が近い。
「俺に媚薬盛ったの?」
「……うん」
小さく頷く。
ターボーは暫くちょんまげの顔を見ていた。
それから
「……かわいいことするな」
「怒らないの?」
「怒るよ」
「やっぱり!」
次の瞬間、腕を引かれた。
「ちょ、ターボー!」
「社長室で騒ぐな」
低く言われる。
でも、声はどこか楽しそうだった。
「お前さ」
「なに…」
「俺で遊ぶなよ」
「ごめんって!」
ターボーがちょんまげを見下ろす。
この角度になると完全に逃げ場がない。
「悪戯したらどうなるか教えないとな」
ターボーはにやりと笑った。
「今日は俺が主導」
「いつもじゃん!」
「今日は特別」
「嫌な予感しかしない!」
ターボーは耳元で小さく言った。
「逃げるなよ」
その声は低くて優しい。
でも、どこか独占的だった。
「お前が仕掛けたんだから最後まで付き合え」
ちょんまげは顔を赤くした。
「……ほどほどに」
「無理」
また即答だった。
その日の夜。
家に帰ると、ターボーは妙に機嫌が良かった。
「なあ」
「なに」
「次からさ、変な薬使うくらいなら」
ちょんまげの髪をくしゃっと撫でる。
「普通に言え」
「何を」
「構ってほしいって」
ちょんまげは少し黙った。
それから、小さく言う。
「……構ってほしかった」
ターボーは一瞬止まって。
そして笑った。
「よくできました」
軽く抱き寄せる。
「いくらでも構う」
低い声。
「俺、お前にゾッコンだから」
ちょんまげは顔を隠した。
(……敵わない)
結局、悪戯を仕掛けたつもりだったのに。
またターボーの方が一枚上だった。
END