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ふんわりと良い香りが鼻を擽ぐる。枕元に置かれた香り袋の匂いだ。決して強過ぎず、全身を包み込んでくれるような優しい香り。満開の花畑で寝転がるとこんな感じなのかもしれない。リラックスして眠れるようにと、モニカが準備してくれたのだけど効果は抜群だった。 閉じた瞼越しに明るい光が差し込んでいるのが分かる。もう朝になったのか。ベッドに入ってからの記憶が無い。横になった途端、泥のように眠ってしまったから……
心地よいまどろみの中に浸り、二度寝してしまいそう。重い瞼を半分だけ開けると、室内はすっかり明るくなっており隅々まで見渡せた。窓に設置されたカーテンは閉じられたままだけれど、隙間から漏れ出る光の強さからして、夜が明けてからそれなりに時間が経過していることが察せられた。
「起きなきゃ……」
体が重い。疲れていたのもあるけど、久しぶりの自分のベッドが心地良くて離れ難かった。せめて時間を確認しようと、時計のある方向へ首の向きを変えた。
「えっ!? うそっ、10時って……もうこんな時間っ……」
よく寝たなとは思っていたけど、さすがにゆっくりしすぎだ。時刻を把握すると一気に目が覚めた。さっきまで動かなかった体が嘘のように、勢いよくベッドから飛び降りた。このように寝過ごした場合でも、普段であれば誰かしら起こしにきてくれるのだけど……。忙しくて忘れられていたのかな?
ベッドサイドに置かれた呼び出しベルを鳴らした。すると、待ちかねていたかのようにモニカとリズが颯爽と部屋を訪れた。それと同時に、顔を洗うためのお湯が張られた容器とタオルが持ち込まれた。忘れられていたのではなく、私が自然起床するまで待っていてくれたのだと分かる。
「モニカ、リズ。おはよう」
「おはようございます、お嬢様」
「おはようございます。クレハ様」
ふたりに朝の挨拶をする。もう10時を回っているので『おはよう』ではなく『おそよう』だけど……。がっつりと寝過ごして気まずさを感じている私をよそに、モニカとリズはとても和かな表情で挨拶を返してくれた。
「ごめんなさい。私ったらかなり寝坊をしてしまったみたいですね。起こしてくれて良かったのに……」
「いいえ。お嬢様は昨日戻ってこられたばかりですから、今日1日くらいゆっくりお過ごし下さい」
「そうですよ。旦那様もレオン殿下もそのように仰っておられますから。何かをするにしても、先ずは英気を養わないとですよ!」
私がやったことなんて、王宮でみんなの心配してただけなんだけどね。実際に捜査に参加していたリズやルーイ様たちに比べたら、私の疲れなんて大したことないと思う。しかし、精神的な負担からくる疲労だって甘くみてはいけないとモニカとリズは主張する。言われてみれば、私は今の今まで爆睡していたし、自分が思っていた以上に体は疲弊していたのかもしれない。
ふたりから向けられる『休め』という圧が強い。どんな屁理屈を並べても論破できそうもないので、大人しく言われた通りにしよう。
「分かった。今日は静かに過ごすことにします」
「はい、それがよろしいと思います。さあ、お召し替え致しましょう。お手伝いします」
ふたりに手伝ってもらい、身支度を整えながら昨日のことを思い出した。
お父様……やっぱり元気なさそうだったなぁ。覚悟していたとはいえ、間近で目の当たりにすると、どうしようもなく心が乱された。娘としてしっかりとお父様を支えようと意気込んでいたというのに、その決意は脆く崩れそうになってしまった。
お父様と目が合った瞬間に涙が溢れそうになる。それは久しぶりの再会で嬉しくて……なんて理由ではない。耐えられたのは隣で支えてくれていたレオンのおかげだ。
会えなかった期間はひと月……長く見積もっても精々ふた月程度。たったふた月でこんなにも人の印象は変わってしまうのか。
お父様は戻ってきた私を笑顔で迎えてくれた。しかし、瞳には覇気がなく、無理をなさっているのが一目瞭然だった。顔色も悪いし、お痩せになったのか記憶よりもひと回りくらい小さくなったように感じた。それでも私を気遣い、心配をさせまいと振る舞っておられるのがより一層痛々しくて堪らなかった。
私の大好きな朗らかで優しく、春の日差しのようなお父様はどこにもいなかった。
「朝食……は、私が寝坊したからとっくに終わってるよね。えっと……お父様とお昼をご一緒したいんだけど、大丈夫かな」
『食事は可能な限り家族揃って』がうちの方針だ。しかし、姉様たちが屋敷を留守にしている間、お父様はおひとりで食事をなさっていたはず……。お父様を少しでも元気付けてあげたかった。私と食事をしたくらいでどうにかなるとは思わないけど、昨日はバタバタとしていて落ちついてお話しが出来なかったし、近況報告を行うにも丁度良いだろう。
「もちろんです。旦那様には私からお伝えしておきましょう。きっとお喜びになられますよ」
モニカに続いてリズもうんうんと頷いている。一緒に食事をとる事は、ふたりから見ても良い提案だったみたい。普通に食事をするだけでもいいけど、せっかくなので少し工夫を凝らしてみようかな。メニューはお父様の好物にして貰って……テーブルには綺麗なお花も飾ろう。料理はオーバンさん、お花はジェフェリーさんにお願いしなくちゃ。大人しくしていろと言われてどうしようかと考えていたけれど、これくらいなら許して貰えるはずだ。今日の予定が埋まっていくと、自然と笑みが溢れた。