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邪龍のデミオンブレスはエリアから脱出を図るキサラギの車からも見えていた。南西向きに破壊の赤色が光ったかと思えば、樹海が吹き飛んだのだ。気付かないはずがない。
「冗談でしょ。もう少し遅かったら全滅よ」
激しい揺れのせいで外を映すモニターにノイズが走っているものの、破壊の惨状は良く見える。如月氷花は全員の思いを代弁した。
こうしている間にも木々は吹き飛び続けており、偶にデミオンブレスが空中に向くと直線上にいた小型や中型ドラゴンが消し飛んでいる。もしあと数十秒遅ければ巻き込まれていたことだろう。
「……もうすぐ道に出る。そこまでいけばひとまずは安心だよ」
「でもヒムロ。ひとまずって言っても」
「私たちにできるのは、ドラゴンに光学迷彩が見破られないよう祈ることだけよ」
「怖いこと言わないでよセリカ!」
新人たちは己が生き残ったことを安堵する暇すらない。
未だ続く死の危険に怯えていた。
「流石に死んだ、のよね」
ぽつりと呟くセリカ。
彼女が指す人物が誰なのか、皆すぐに理解した。
「如月シオンのこと、よね?」
「うん……いや、別に心配なんかしてないわよ!?」
「でも死んだでしょうね。関わるべきじゃない如月家の汚点だって教わりましたけど、いざ死んだとなると……」
「何同情しているのよヒムロ! あいつは正一さんたちを殺したのよ!」
「セリカ。あなただって死んでせいせいした、なんて思っていないでしょ?」
「それは……」
邪龍の凄まじさはデミオンブレスを見るだけで分かる。
持続時間と破壊力は超大型すら上回り、同じドラゴンですら容易く消し飛ばしているほどだ。アレの直撃を受けて生きている人間などいるはずがない。
「ねぇ皆」
沈黙が流れ、セリカが再び声を出す。
「私たちドラゴンスレイヤーはいずれ世界からドラゴンを絶滅させることを目標にしているのよね。つまり、いずれはアレを倒すってことだけど……」
邪龍の討伐など馬鹿げている。
モニターを見れば見るほどそう思わざるを得ない。
「竜の巣。二度と来たくないね」
氷花の本音にセリカも、ヒムロもハルも同意する。
そればかりか、同じ車に乗る他の部隊の者たちも無意識に頷いていた。
◆◆◆
雫が唇を濡らし、頬に垂れる。
口の中に飛び込む液体に驚き、またその冷たさでシオンは目を覚ました。
「……月?」
満天の星空に月光。
そして風に流れる深紅の髪。
「”目覚めた?”」
「……何の話だよ」
突然の英語に一瞬だけ頭が追い付かなかったが、徐々に状況を思い出し始めた。
(邪龍と戦って、逃げて……)
体を起こそうとするがまだ全身が痛い。特に翼で貫かれた背中と腹に力が入らず、起き上がるのも難しい状態だった。
そこで首だけ動かして周囲の状況を把握する。
デミオンブレスで木っ端微塵になるほど破壊され尽くしたはずの樹海だが、既に若い木が生えていた。まるであの死の恐怖が夢だったかのようである。しかし千切れ飛んだ樹木は倒木と切り株として残っているため、事実であると確信が得られた。
「あんた、まだ傷が深いから寝ていなさい。それから近くに水が流れていたから持ってきたわよ。あんたの水筒を勝手に使ったけど、いいわよね」
「お前、あの子か……この辺りはドラゴンが大量にいる。危ないぞ」
「大丈夫よ。それにドラゴンなんていなかったわ。それよりあんた、もっと水を飲んでおきなさい。声が枯れているわよ」
竜のように赤い髪は間違えようもない。実験体の少女だ。
彼女に水筒を見せつけられ、そのまま頷く。確かに水分不足のせいで頭が痛い。同時に全身が水分を求めているのも分かった。
「ああ、貰う。起き上がるのを手伝ってくれないか?」
「その必要はないわよ。飲ませてあげるから。さっきみたいにね」
そう言った少女は水筒の水をシオンの口に直接注ぎ込む。しかも滝のように垂れ流され、口ばかりか目や鼻にまで水が飛び散った。
急なことで吹き出しそうになるが、今のシオンに抵抗する力はない。
水筒の水を全て注ぎ終えるまでの数秒間、呼吸すら儘ならなかった。
(殺す気か!?)
勿論、彼女にそんなつもりはないだろう。
水の一部は乾ききった唇や舌を湿らせ、体に活力を与えている。しかし水の一部が鼻から侵入したせいで鼻の奥が痛いし、目の中にも水が入って不快感が募る。
「んっ! どうよ?」
「……うん。ありがとう」
「ふふん。どうってことないわ!」
シオンは何とか右手で顔を拭い、視界を確保した。文句の一つでも言ってやりたかったが、残念ながら今のシオンのその気力と体力はない。
一方で少女は良いことをしたとばかりに胸を張っている。
腰まである深紅の髪、宝石のような碧眼、気の強そうな顔立ち。実験中はフルフェイスヘルメットのせいで顔もあまり見えていなかったが、改めて見ると美人だ。ただ肉付きは最低限で、一度も日の下に出たことがないのではないかと思うほど青白い。
特徴的なのは右手の甲の焼き印だ。
(Ⅳ、か。やっぱり識別番号か?)
これが事実なら彼女以外にも三人の実験体がいるということになる。
しかし今はその事情を探るより、これからのことを考えるべきだ。
(取りあえず生き残ったからには帰らないと。何とかして体力を回復させないと不味いな)
竜の巣という特異な場所の性質か、破壊された木々は元に戻りつつある。隠れる場所には困らない。運の要素もあるが竜の巣を脱出することも不可能ではないだろう。
(武器は折れた刀だけ。銃は……もう見つからないか。食べ残しの携帯食料が少し、水は水筒に入る分だけなら保存できる。Dアンプルは二本だけか。それと通信機にデミオン濃度計、あとは閃光弾が残り一つ)
ポーチの中身を思い浮かべるが、少なくとも長い日数を生き延びられる装備ではない。食料はともかくとして水は死活問題だ。
(富士樹海からキサラギまで俺の足なら二日。この子を連れて行くとしてもう一日は余裕を見た方がいいか? 途中で水が補給できなかったら足りなくなる。それにドラゴンと戦闘になったら、折れた刀だけでは心許ないし、武器も見つけたいが……流石に対竜武装は落ちてないよなぁ。帰れる可能性があるとすれば、通信機で呼びかけることぐらいか。だとしてもできるだけキサラギに近づかないと電波も届かない。どちらにせよ徒歩で移動は必要か)
生き残るための算段も限られている。栄養不足と水不足で万全とは言い難いが、早めに移動しなければ時間と共に条件が悪化して行くことも確かだ。
シオンが考え込んでいると、少女にポンポンと軽く腕を叩かれた。
「何だ?」
「ねぇ。今日は何の実験なの? 外で実験するんでしょ?」
「……覚えていないのか?」
「寝て起きたらあんたが覆いかぶさっていたのよ。何かの実験なの?」
「いや、実験はもう終わった。失敗したよ」
「そうなの?」
「失敗したから、この有様なんだけどなぁ」
少女は実験中も意識があるようには見えなかった。眠らされていたのだろう。彼女にからすれば、寝て起きたらよく分からない場所で知らない男に覆いかぶさられていたわけだ。
(何も知らないのか?)
実験体として説明されたわけではなかったのだろう。それに今の服装はかなりぼろぼろで、この歳の少女ならば恥ずかしさの一つくらい感じるはず。そういった教育はされていないのかもしれない。
そしてここで、シオンはあることに気付いた。
「そう言えば名前は?」
「あたし? アーシャ・キャトル・クロムウェルよ。先生たちはキャトルって呼ぶけど」
「名前はあるわけか」
「何よ。あったらダメなの?」
「いや、悪い。そういう意味じゃないんだが……ああ、俺は如月シオンだ。シオンが名前な。水、ありがとう。できれば普通に飲ませて欲しかった」
僅かでも水を飲んだことで多少は頭痛も収まった。シオンは何とか体を起こし、倒木に身体を預ける。ドラゴンスレイヤーの高い代謝能力のお蔭で疲労し負傷した肉体は回復しつつある。栄養不足は否めないが、数日なら動くこともできるだろう。しかし戦闘は最低限にする必要がある。激しく動けば、その分だけ体力を無駄に消費してしまうからだ。
今のシオンに無駄にできる体力はないのだ。迅速かつ隠密を重視した移動が重要になる。そのためには彼女と打ち合わせをしなければならない。
「それで、なんて呼べばいい? アーシャ? キャトル? クロムウェル?」
「キャトルでいいわ。先生もそう呼ぶから」
「ならキャトル、今の状況は理解しているか?」
「全然ね。だって実験中だと思っていたもの」
「取りあえず、何があったかだけ話しておくか……」
自分やキャトルに何があったか、シオンは順番に語り始めた。
◆◆◆
キサラギのヘリポートに一機のヘリが着陸する。
そして着陸と同時に五人が飛び降りた。出迎えるのは如月家当主水鈴と秘書の夏凛である。
「お帰りなさい忠勝。どうだった?」
「申し訳ありません水鈴様。実験に向かった部隊とは一度合流したのですが、報告にあった通り一〇六小隊は……」
「そう。邪龍は確認できた?」
「勘弁してください。あんな所にヘリで近づくなんて自殺行為ですよ」
「ありがとう。詳細はレポートにして提出してね。休んでいいわ」
「はい」
ヘリで派遣していた一〇九小隊の帰還は水鈴の待ち侘びたものであった。竜の巣という禁忌エリアでは何が起こっても不思議ではない。全滅も覚悟していた。
故にほとんど全員が帰還できたことについては嬉しくもある。しかし殉職した者が数名いることも確かであった。
「水鈴姉さん!」
「姉さん。今日の分の休暇はいつ貰えるんだ?」
「はぁ……水月も水明も呑気ねぇ。こっちはそれどころじゃないわ。しばらく休暇もないかもしれないから、そのつもりでいなさい」
「そりゃないぜ」
「横暴だぞ!」
「こらお前たち! 迷惑をかけるな! すみません水鈴様。しっかりと言い聞かせます」
「そう。頼むわね忠勝」
忠勝は文句を垂れ流す双子を引きずって連れて行く。
それを眺めつつ水鈴は溜息を洩らした。
「あの子たち、状況を分かっているのかしら?」
「育ち盛りですからね。成長のために休息が必要なのも事実ですよ」
「今のキサラギは戦力不足よ。そうも言っていられないわ」
「そうですね……今回のことでまた殉職者もでましたし、シオン君も」
「あの子はまだ行方不明。死亡が確定した訳じゃないわ」
「ですが……いえ、そうですね」
竜の巣で邪龍を足止めした。
その話を聞いた時は水鈴も耳を疑った。まさか本当に邪龍がいたのかという驚きもそうだが、何よりもその邪龍をシオンが一人で足止めしたという事実に初めは数秒ほど思考停止してしまったほどである。
「それと水鈴様。問題の邪龍ですが、RDOも監視衛星で観察していたようですね。先ほど向こうから邪龍の個体名称が公表されました」
「早いわね。それに監視ということは、やっぱり今回の実験は仕組まれて……それで名称は?」
「個体名称”樹海”。それがあの邪龍に付けられた識別です」
「樹海? そのままじゃない」
「はい。どうやら邪龍”樹海”には森林を一瞬で作り出す異能を持つようでして。デミオンブレスで富士樹海の二十パーセントが吹き飛んだ後、三十分程度で新しい森が生まれたそうです」
「それで”樹海”ね」
邪龍はその特異性により、一括して区別することができない。各地に存在する邪龍は、それぞれ見た目が異なる。そこで特徴から邪龍に個体識別用の名称を与えることになっている。
そしてRDOがそれを通達ということは、実験を監視していたことの証明でもある。
元から主導がRDOだったので人工衛星による監視も想定済みだが、この用意周到さと邪龍発見から名称確定までの早さを考えると、やはり邪龍の存在を予見していた可能性が高い。
「やってくれたわね。RDO」
「はい。それと行方不明のシオン君ですが、捜索は明日以降になります。流石に夜間は危険です」
「仕方ないわ。余計な犠牲者がでたら本末転倒だもの」
しかし形としては行方不明だが、実際は死亡扱いにも等しい。また任務地が危険地帯である竜の巣だったということもあり、死体回収や確認も不可能に近い。
水鈴も期待はしていなかった。
しかし願わざるを得ない。
(どうか生きていて)
この都市から動けない自分を歯痒く思いながら。
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