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「おーい、『アノン』、少しいいか?」
教育部門の休憩所。どっとした疲れと緊張から周りの人間を見る暇もなく、業務もそこそこにソファに身を沈め、安堵からため息を零すと、背後から自らの名前を呼ぶ静かな声が聞こえた。
男性にしては、少し高い特徴的な声。予想する人物を思い浮かべると、胸中が安心に近い感覚に染まっていく。──良かった、少なくとも怒鳴られることは無さそうだ──立つ気力もなく、首だけで背もたれに寄りかかったまま振り向くと、黄緑色の長髪を束にし、赤い特徴的な瞳の男性が、草臥れたスーツをそのままに壁に寄りかかり、少し難解そうな表情を浮かべていた。
「はい、エーフィン先輩。どうしました…?」
そうは言うものの、普段とは印象が少し違う。どこか先輩に対する違和感が拭いきれない。
背を伸ばし、顔や髪をよく見ると、そこにはピンクの色をした、燃えている蝋燭が頭に引っ付いているのが目に付いた。
「…もしかしなくとも先輩、またEGOギフト?を貰いましたか…?」
「よくわかったな、お前…じゃないんだよ、用件は。」
はは…と苦笑しながらエーフィンは近づいてソファの背もたれに肘を乗せると、自分から見えない所で持っていたバインダーを自分の目の前に差し出した。
「折角休憩に入ったばっかで悪いけど、コレ。作業に入って欲しいアブノーマルがいるんだとさ」
バインダーに挟まった紙には、作業に必要な管理方法と有効度、そして容姿が一目でわかる収容室の中の写真が貼り付けてあった。
そこには明るい収容室の中、黒のスーツを基調とし、黒の棺を背負った5本腕の人間の形をしたアブノーマリティだった。
だがそれよりも異質なのは、頭と思われる部分、そこに幾重もの大きな白い蝶が重なって形を成していたところだった。
「…『死んだ蝶の葬儀』?」
「そう、お前にとっては初めてのHEクラスアブノーマリティだ。」
そう言うと、エーフィンは上からバインダーを覗き込み、注意点と書かれた枠線の中を指でなぞり始めた。
「今までは、お前が扱っていたのはZAYINクラスやTETHクラスだったが、こいつはHEクラス。…このクラスから、ここで生き残れるかどうか大別される。」
そこには、『死んだ蝶の葬儀は精神攻撃を得意とするので、WHITE耐性のある装備を着させること』『友好的な態度を取らないこと』等、様々なことが記載されていた。
───HEクラスから、ここで生き残れるかどうか大別される。
その言葉は、ここの会社に入社して何年も経つ先輩だからこそ言える、何よりも重たい言葉だった。
「…その、私でも大丈夫、ですよね?」
「…アノンなら大丈夫だという確信は持てないが…」
注意事項をなぞっていた指が、固く握りしめられた。
部屋の中が寒く感じる。──もしかしたら、私も死ぬのでは無いか。──そんな不安が一瞬頭をよぎり、身の毛もよだつ程の恐怖が襲いかかってくる。誰だって、死は恐ろしいものだ。例え、このアブノーマルが死を安らかにするものだとしても。
「その…お前が作業中の収容室の近くに俺の同期が一人、着くことになってるんだ。」
「…先輩の同期、ですか?」
「まぁそうだな…懲戒チームのチーフで、あまり勧めたくない人間なんだが…」
そう言いながら、先輩は私にバインダーを手渡し、こう言った。
「───ナギサっていう名前の奴なんだ。」