◇◇◇◇◇
「尾沢と蜂谷って知ってる?」
生徒会室に戻り、開口一番そう発した右京に、何事かとワクワクと待っていた全員が項垂れた。
「……会長、短い間だったけど、今までありがとう」
結城が言い、
「……あなたの功績、忘れないわ」
と加恵が涙をぬぐう真似をした。
「……安心してください。葬儀は生徒会でしきって盛大にやらせていただきます」
清野が眼鏡に夕日に光らせ、
「くっだらねぇ」
諏訪が茶番劇を締めた。
「そいつらは学園きっての問題児だよ」
諏訪がため息をつく。
「それはわかる!どういう奴らかって聞いてんの!」
右京が再度聞くと、まだ沈んでいる3人を無視して諏訪が話し出した。
「尾沢っていうのは、3年8組の尾沢彪雅(おざわひゅうが)。入学した時こそ地味で目立たない生徒だったのに、兄貴が族の下っ端か何かで、その影響でどんどん悪びれてきてさ。
何かあるとすぐ兄貴関係のやつらが出てくるらしく、尾沢を怒らせた人間は病院送りどころか、所在不明にされるとかされないとか……」
「―――されないだろ、さすがに……」
右京は呆れて目を細めた。
「さらにヤバいのはもう一人の方で…」
諏訪は軽く咳ばらいをした。
「3年6組、蜂谷圭人(はちやけいと)。
ちょっと髪が赤い以外は、どこにでもいるイケメンな男子高校生に見えるんだけど、実は人の弱みに付け込むのが得意で。
裏でいろんな生徒の情報を売買してはそれをもとに強請ったり、ときには女を脅して強姦することもあったりなかったり…」
「―――あったらやばいだろ」
「マジらしいぜ」
結城がもっともらしい顔で言う。
「んなわけあるか。そんなことより……」
腕を組み黙り混んだ右京を皆が見つめる。
「どーした」
しびれを切らした諏訪が聞くと、
「金髪と赤髪……金髪と赤髪……金と赤…金と赤……赤金…赤金……あっ!」
右京がパチンと指を鳴らす。
「わかった!!金太郎だっ!!」
「………………」
4人の脳裏に、赤い腹掛を着て熊に股がったおかっぱ頭が浮かぶ。
「会長……。それ、死んでも2人には言わない方がいいですよ……」
清野が呟いたところで、生徒会室の扉が開け放たれた。
「あっ!右京みーっけ!」
右京が振り返るとそこにはサッカー部の部長、永月灯里が立っていた。
「はいこれー!サッカー部の年間計画ー」
「あ、ああ!ありがとう!」
永月は用紙を渡しながら静まり返った生徒会室を見回した。
「あれ…?ここ、通夜会場だっけ?」
慌てて振り返ると3人はまだシトシトと泣き真似を続けている。
「右京が」
諏訪がみかねて説明を始めた。
「高橋から蜂谷と尾沢の更正を頼まれたんだと」
「えっ!」
永月は驚いて振り返った。
「大丈夫?それ…!」
心配そうに覗き込んでくる。
諏訪ほどではないが、永月も背が高いため右京は少し顎を上げ、彼を見つめた。
「大丈夫だって!とって食われたりしないだろ!」
言うと彼は眉を寄せた。
「いやいや、とって食うような奴らだから心配してるんだって」
困ったようにため息をつく。
「部長ー!」
廊下の向こう側から永月を呼ぶ声がした。
「今いくー!……ねぇ、右京。何かあったら俺に言いなよ?」
「ふ、バカ言うなよ!」
右京は笑った。
「国体が懸かってるサッカー部のエース巻き込めるかっ!」
「……右京」
「なんかあったら地区大会1回戦で負けてド暇な野球部の元4番バッターに頼むから………痛っ」
言うと諏訪から消ゴムが飛んできた。、
永月が諦めたように小さく息をつく。
「ほら、早くいけよ、部長。待ってるぞっ!」
「無理するなよ?」
頷くと彼はやっと右京の肩に手を置いてから廊下を駆けていった。
「……なんか、意外ー」
永月の後ろ姿を見送る右京の背中を見ながら加恵が言う。
「何が?」
「右京君って、永月君と仲いいんだぁ」
その言葉に一瞬心臓が跳ねる。
「あーなんか、クラス一緒になってからよく話すようになって……」
言うと、
「えー、俺と加恵ちゃん、去年永月と一緒だったけど別に仲良くならなかったよなー?」
結城が言い、加恵が頷く。
「そ、そう?!」
声が無駄に上擦る。
「加恵さん。はっきり言ったらどうですか?小麦色のモテモテプリンスと、色白もやしっこじゃ釣り合わないって…」
清野が言い、右京は先程諏訪から投げられた消ゴムを投げた。
「ま、誰とでも仲良くなれるのが会長の長所であり短所ですからね」
額にクリティカルヒットした清野が続ける。
「間違っても“金太郎”とは仲良くならないでくださいよ。生徒会執行部の沽券に関わりますから」
その言い方にはさすがにカチンときた。
「はっ!馬鹿馬鹿しい!見た目がちょっと派手だからって過剰に怖がって、噂に尾ひれはひれがついてるだけだろ!」
「転校生のくせに、そう言い切れる自信はいったいどこから……?」
清野が眼鏡をずり上げると、右京は中庭に面した窓を指さした。
「もしもそんな危険な奴らがいたとしたら、あの生徒たちの笑い声や笑顔はないからだっ!」
「―――ああ、哀れ。会長の底抜けのポジティブさよ…。他は完璧なのに―――」
結城が目を細める。
「そんくらい頭ん中お花畑じゃねぇと、転校早々生徒会長に立候補なんてしないだろうけどな」
諏訪が呆れる。
「ねえ。右京君」
加恵が立ち上がる。
「冗談じゃなくて、本当に気を付けてね?」
真顔の加恵に右京は笑顔を返して、自分の肩に手をかけると、腕をぶんぶんと回した。
「じゃあ小手初めに、隣のクラスの方から攻めてみようかなー」
言いながら右京は、生徒会室の扉を開け放ち、鳩のように胸を張って出ていった。
「隣のクラス?」
結城が清野を振り返る。
「会長は3年5組だから……」
「………強請野郎の蜂谷か」
二人は顔を見合わせ、静かにそっと合掌した。
「ま、会長なら叩いても埃なんか出ないから大丈夫か」
結城が言い、加恵と清野が頷く。
「だといいけどな……」
諏訪は一人窓の外を見ながら、聞こえないように呟いた。
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