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夜の王宮。
ショベルカーによる作業現場が投光器によって照らされていた。
タクヤは、毛布にくるまり、不思議な開放感を感じながら、満天の星空を見つめた。
ゼンが話してくれたことをどう解釈したらいいのか?
右も左もわからない。
ただはっきりしているのは、目先のことだけを憎んでもどうにもならない、ということだった。
ベルベスの秘密という、我が国の大切なものを守る、ということはわかった。
それを狙っている国や組織が存在していることもわかった。
しかし、いったいどうやってそれを守るのか?
こんなふうに人々を傷つけるやり方しかないのだろうか?
遠くから作業音が響いている。
そこに、いつのまにか、人々のざわついた声が重なって聞こえてきた。
照明を持ち、口々に叫んでいる。
「龍人族を許すな! 龍人族を許すな!」
まもなく個別の叫び声が聞き取れるようになってきた。
「龍人族はどこだ、かくれても無駄だぞ!」
「とっととでてこい!」
「王宮に紛れ込もうとはいい度胸だ!」
「長髪の痩せたやつだ、かならず探し出せよ!」
「これはれっきとした警察情報だ!」
「軍の了承はとれている、遠慮はいらないぞ!」
「探せ探せ!」
かなりの大人数……おそらく200人以上。
市内でおきていた反龍人デモから、血気盛んな者たちが流れ込んできたのだ。
怒りをむき出しにした愛国者たち。
ナイフや鉄棒など武器を持っている。
「あれって、もしかして……?」
と、ユリが小声で二人に聞いた。
タクヤは即答。
「もしかしなくても、やつらはゼンを探している」
「やれやれ。話が通じなさそうなやつらだな。さすがにリーアンさんのところに行ったのはまずかったか。しかしオレも確認しなくてはならなかったからな」
憎々しげに唇をかむゼン。
タクヤはむじゃきに提案した。
「僕が王子だと名乗り出れば話はつくんじゃないかな? 愛国保守の人たちだろ? さすがに王子はないがしろにできないでしょ」
「あほ。そんな生易しい奴らじゃない。だいたい、おまえが本物の王子だという証拠はなんだ?」
「証拠と言われても、困るけど」
「やつらを止められるのは、たぶん王本人だけ。関わらないにこしたことはない」
いよいよ叫び声が近づいてきた。
ゼンが鋭い目をして言った。
「ユリは、安全な逃げ場所を知らないか?」
「診療所ならかくまえますが……」
視線をやると、その方向はすでに明かりを持った者たちがいた。
「他には?」
「西の教会なら」
「僕が遺体を運び込んだところ?」
タクヤが問う。
ユリは首を横に振った。
「もう少し西に行ったところに聖スーサ聖堂があります。そこならゲスト用の小部屋もあったはず。信仰心のある愛国者なら、無法はできない場所かと」
「よし、そこに行こう」
ゼンは、かぶっていた毛布を捨てて、腰をかがめて移動を始めた。
二人もそれを追う。
◆ ◆ ◆
迷路のような庭園。
ユリがタクヤの手を引いていざなった。
わかりやすい噴水の広場から先に進むゼン。
ふと、ユリはゼンとは異なる小道を進んだ。
「え、ちがわない?」
「こっちの方が近いの」
ユリは笑みを見せてうなずいた。
少し進むと、植え込みの影から手が伸びて、ユリの服をつかんだ。
「きゃ」
「つかまえた、やった!」
出てきたのは、小太りの男だった。
走るのは苦手で、最初からかくれて捕まえる作戦だったようだ。
ユリは前のめりに小石の敷かれた通路に倒れた。
「痛い」
「なにやってんだよ、こいつ」
タクヤは小声で叫び、ユリをつかんでいる男の腕を強く踏んだ。
しかしもう一人の別の男が、横からタクヤに襲いかかり、ユリから離した。
小太りの男は、引き倒したユリに襲いかかった。
「きいてるぞ、脱走兵の仲間の二人。女と男。何してもいいんだったな」
ユリは必死で抵抗するが、力ではまったくかなわない。
「とりあえず服を脱がすか。検査しないとな。胸のサイズは……、やべ、しっかりあるぞ、ひひひ」
「ちっ、自分だけいいとこもってくな。こっちの男、じゃまだから即殺すか」
そんな暴徒の二人が、急に「うぐ」「なんだ」と、苦しそうな声を出した直後には、身体にロープをかけられ地面に転がっていた。
守護騎士ゼンの仕事だった。
「ゼン、やるな」
タクヤが、なぐられたほほを手でさすりながら言う。
ゼンは吐き捨てるように返した。
「タクヤ、てめえ、離れるなって言ってあるだろ」
「わるい」
「ちがうの、ごめんなさい! 私がちょっと近道を」
「ちっ」
舌打ちしたゼンは、シャツを脱いで、引き裂き、二人の男の口に強く巻き付けてふさいだ。
「おまえたちの顔はおぼえた。よけいなことは言わないことだ、いいな」
男達が、もごもごと肯定の意志を伝える。
ゼンはタクヤとユリに向き直った。
「もう庭園は危険だな。建物側から行こう」
「ならば、ちょうどそこに、従業員用の入り口が」
ユリが壁際を指さした。
しかし暗がりの中では、何もないように見えた。
「デザイン優先でわかりにくいですが、扉があります。そこから庭師が出入りしています」
「さすがユリ。つかまってこけるだけの女子じゃない」
「ちょっと、タクヤ、それはあんまり……」
ユリは勢いで王子を呼び捨てにしてしまうと、あわててゼンにいいわけをした。
「いや、私たち、二人のときは敬語はなしにしよう、とタクヤ様が」
「いいことだ。これからもその調子で頼む」
ゼンは、素早く壁に近寄り、指先の感触で見つけにくい扉を探り当てた。
開けると、中はほぼ真っ暗だった。
ただし、目がなれてくると、外の作業の光が少しだけ窓から漏れているのがわかった。
タクヤは本音を口にした。
「あのさあ、ここでかくれている、ってのはダメかな。僕はさっき襲われて、けっこう痛いんだけど」
「我慢しろ。庭園をしらみつぶしにしたら、次は必ず建物も探し始める。王宮のスタッフだって混ざっているかもしれない。そうなる前に安全なところに逃げ込むべきだ。ユリは大丈夫か?」
「はい、私は大丈夫。擦り傷程度。胸元がさけましたけど、幸い……暗いので」
タクヤは一瞬、ユリの乳房が損傷を受けたのかと心配して、わずかな光の中でガン見した。下着と中身は、そのままだった。ただ、ブラウスのボタンがいくつか飛び散って、前が開いていた。
「タクヤ様、このようなものを見ている場合ではございません」
「むむっ、そのとおりである、急ぐぞ、みなのもの」
ゼンは苦笑して「おまえらといると、あきねぇわ」とつぶやき進み始めた。