スーサ教聖堂にたどり着いた三人が、ドアをたたく。
すぐに中から紺色の教会服をまとった女性が出てきた。
「どうされましたか、こんな夜中に」
「僕たちをかくまってください。テロの関係者と疑われて、暴徒から逃げているんです」
三人には心配がないわけではなかった。
突然、王子を教会がかくまうということについて、教会の立場がどうとか、法的な解釈がどうとか、素直に受け入れてくれない可能性もないとは言えない。
タクヤの真摯な願いを聞くと、ふと、聖職者の女性が小首を傾げた。
「まさか……タクヤ様?」
「はい、そうですが……」
女性の表情にパッと笑顔が広がった。
タクヤも、その笑顔には見覚えがあった。
「僕たちって、知り合いだった……?」
「なにいってんのよ。私です。ハ・ワ・イ」
タクヤが、目覚めてすぐに思い出した三カ月前の春の記憶、船が宙に浮くイベント会場。
そこで会った女性がいた。
王の近くに配される美女集団の一人、ハワイ。
「ほへ? なんで、ハワイさんがここに?」
「祈り師候補の修行中でございましてよ。てか、本物の祈り師さまが、後ろにいらっしゃるじゃん、ウソでしょ」
「ユリです、はじめまして」
「にゃにゃにゃにゃにゃんと、ユリ様、お初にこんなところで失礼します。ていうか、タクヤ君、来るなら連絡してよ。私、何も用意してないよ」
「ごめん。あと、この男がゼン。音楽学校の悪友」
「おー、そうか、それで。カンペキに理解した」
「え? なに?」
「いや、つまり、17歳で恋愛解禁になった君たちが、美しい祈り師さまを奪いあっている図」
タクヤは緊張がすっ飛ぶほどずっこけた。
「ハワイさん、勝手な妄想やめてよ。僕たちだって大変なんだから」
「だよね。うわさには聞いてたよ。まさかあの音楽学校の生徒が王子だったなんて。君自身、自覚なかったのでは?」
「そのとおり。ていうか、いきなりしばられて意識失う注射打たれて、気がついたら今朝、ここにいた」
「電光石火ね」
「はっきり言って、王子なんて自覚ないし。なんかハワイさん見たら、急に元に戻りたくなってきた」
「いいよ。疲れてるんでしょ、顔を見たらわかる。何も遠慮するな。王子だろうと、貧乏学生だろうと、ここはあなた方を受け入れる神の館であ~る」
「で、いちおう、こちらの責任者のかたに話を通しておきたいんだけど」
「その必要はないわ、タクヤ君。今は、なんてったって、この私が責任者だから、えっへん」
「え?」
「ま、うそだけど」
「はあ?」
大切なときに何言ってんだこのアホ女、という表情を隠さないタクヤ。
「いやいや、全部がウソってわけでもないのよ。ぶっちゃけ、留守番なの。ほかに誰もいないの。でもね、みてよ、ここはテレビゲームもないし、盗み食いする美味しいものもないし、ニュースを見るテレビすらないし、めっちゃ退屈していたとこなの。だから、歓迎するわ」
ユリは、ゼンに耳打ちした。
「この人、タクヤ王子のなんなのでしょう?」
「女だな」
「まさか」
「なんにしても、これでたすかった。疲れたし、休ませてもらおう」
「休憩優先ですか?」
「ユリこそ限界だろ」
「まあ、そうですが」
「教会の人が味方なら、今夜これ以上安全な場所はない」
「そうね……」
「どうした?」
「それを聞いたら、急に疲れが……」
ふらついたユリを、ゼンは両腕で抱え上げた。
「おい、すまないが、ベッドは?」
「どうされました?」
「ユリは疲労が限界らしい」
「では、こちらへ」
ハワイに導かれて、ユリを運ぼうとしたゼンに、タクヤは冷たい視線を送った。
「へー」
「なんだ、タクヤ?」
「それ、僕のやるやつじゃないの、お姫さまみたいなやつ?」
「おまえが抱かれたいのか」
「そうじゃなくて逆だよ、普通わかるだろ」
「いいぞ、持てるなら持ってみろ。けっこう重いぞ」
「……いや」
タクヤは一瞬考えたのち、片手をさしだして断った。
「僕は寝起きで筋肉弱ってるって思い出した」
「だろ。しかし、そのわりによく頑張ったよ。おまえも早く休め」
「そうだね。なんだかんだでゼンがいなかったらと思うとおそろしくなるよ。ふぁ~」
大きなあくびをかくさないタクヤだった。
ハワイは、足音の響く廊下を進みながら言った。
「いちばんいい客室、使わせてあげる。でも、明日の片付けは手伝ってよ」
「まかせろ」
とタクヤとゼンが同時に答えると、夢うつつのユリも「まかちぇろ」と小さくつぶやいた。
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