ニキしろ SS
《しろせんせーside》
俺の、ずっと曖昧な態度が悪かったんだと思う。
「さっきからボビー何が言いたいんだよ!!」
「いや、だから俺は…」
「そういう態度マジでイラつくんだけど」
「落ち着けって、ニキ、だから」
「話にならん。もういい」
「待てって、俺が言いたいことは違うんやて!」
「いや、もういいから」
その日からdiscordにニキが現れなくなって1週間。編集のための部屋にも入ってこないし、LINEの返事もない。りいちょに連絡したら、普通に連絡は返って来るとの事だった。連絡が無いのは俺だけみたいだった。
喧嘩の発端は他愛もない話だったと思う。ニキと恋人同士になってから初めてのちゃんとした喧嘩だった。ニキの低い怒った声を聞いて気が動転して、何の発言でニキを怒らせてしまったのか、もう分からない。
discordに入る気力もなく、作業通話無しで俺は1人で編集していた。いつもはみんなと喋りながら編集しているが、今日は無口のまま淡々とPCを動かす。とても孤独だった。
喧嘩した昨日の外は雨が降っていて、今朝止んだ。朝起きたら止んですぐだったのか、儚い虹が空に浮かんでいた。そんな綺麗なものを見ても、写真を撮ろうとか、そんなことは思えないほど酷く落ち込んでいたのだった。
編集はいつでも出来るが、撮影はそうはいかない。今日の夜は女子研究大学のメンバー全員での撮影がある。ニキのチャンネルでの動画のため、discordはニキの部屋に入ることになる。正直、とても気まずい。その前に何とかしたい。この雰囲気をほかのメンバーに悟られたくないし、持って行って変な空気のまま撮影はしたくない。
俺は思い切って、ニキに電話をかける。
「………………何」
「あ、ニキ、その…」
「出てあげたんだから、ちゃんと言ってよ」
「ごめん、あの、昨日は」
「……」
「俺の態度が悪かった…」
「そうだね」
「ほんまごめん、はっきり言えんくて」
「本当に怒ったからね」
「うん…」
「僕がどんな気持ちになったのか分かってんの」
「分かろうとは、しとるけど」
「ボビーにはわかんないだろうね」
「ちょ、ニキ!!」
また、何か間違えてしまったようだった。
互いにきっと愛情はあるのに、昨日まで確かめあっていたのに、些細なことでこうやってすれ違う。これだけニキに冷たく突き放されていても、ニキに対する愛は俺に噛み付いて離さない。
こうやって電話で声を聞いて話しているのにとても寂しい気持ちになる。付き合う前の距離の寂しさと、こうやって喧嘩した時の距離の寂しさの形は、あまり変わらないみたいだ。
なんだか俺自身にうんざりしてきた。これだけ伝えようとしても上手く伝えられない不器用な自分が憎たらしい。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
《ニキside》
ボビーからの電話から数時間後、女研メンバーでの撮影が終わった。
僕は憂鬱でテンションをあげるのに必死で、いつも通りのトークは出来なかったかもしれないけど、何とか気まずさは誤魔化しきった。
昨日のボビーとの喧嘩をまだ引き摺っている。2度目のキスを拒否されて、変な言い訳をされて。それにイライラして怒鳴ってしまった。ボビーの曖昧な態度が気に食わなくて、拒否された悲しさで今の今まで立ち直れていなかった。ボビーに対しては女の子に接するように優しくしようとしていたのだけれど、その日は何故かイライラしてしまって、ボビーへのやさしさが濁ってしまった。
僕が怒ってボビーの家から出ていく直前に、ボビーは焦って僕の手を握った。その冷えたような温もりを、僕はむやみに放り投げた。
僕は僕に自信がなくなってきてしまった。ボビーが僕を拒否した。それだけで、僕は認められないんじゃないのか、僕じゃ本当は嫌なんじゃないのか、と。僕からの告白を泣いて受け入れてくれたボビーだったが、本当は何か不満があったんじゃないのか。色々考えに考えてしまって、少し病んでいた。ボビーのことになると些細なことで不安になってすぐ病んでしまう。僕の最近の悪いところだと思った。エナジードリンクをまたひとつ開けてグイッと飲む。特に意味は無いが、簡単な現実逃避だった。
撮影が終わり、discordを解散する。
みんな何かを察したのか、残る人はいなかった。そのdiscordの部屋には、僕とボビーだけが取り残されていた。
「…お疲れ」
「うん」
「あの、ニキ…」
「俺も抜けるよ」
「いや、待って!ちゃんと言わせて」
「……何を?」
「昨日のこと、なんやけど」
僕は少し黙ってしまう。答えられる言葉もなくて、ボビーが話し出すのを待つことにした。
「あの、俺がはっきり言えんくてごめん。ちゃんと言うと恥ずかしくなってもうてな、俺不器用やねん。やっとニキと付き合えてさ、したいことも沢山あるねんけど、でも、直接言うのが気まずくて、嫌われるんとちゃうかと思ったら怖くなってな…その、逃げてごめんな」
「……そっか。でも、なんで逃げたの」
「……それは」
「ボビーは僕のこと好きじゃないの?」
「そ、そりゃ、好きだよ」
「本当に?」
「本当、ほんまやって」
本当と聞いても、昨日1人で考えていた不安が頭の中を埋め尽くす。寂しさと悲しさと不安でいっぱいになって、残酷な言葉を口にしてしまう。
「僕が裕太の愛を信じても、きっといなくなるんだろ」
「……は?何言うてんの」
「それなら要らない、哀し過ぎるから」
「なぁ、ニキ?」
「僕の何が、何がダメだったの……」
「ダメなわけないやん、ニキ…?」
僕は相当病んでいたんだと思う。人のことを考えて泣くことなんてなかったから。
「ニキ待ってろ、今行くから。絶対家から出ないでな」
そう言って、裕太はdiscordを抜けた。
涙を流さないために上を向いたら、PCの後ろのカーテンを開けっ放しにしていたことに今気づいた。雨はすっかり上がっていて、空は綺麗な星空だった。その一瞬、流れ星をみた。僕は願っていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
《しろせんせーside》
ニキの家に、携帯と財布だけ持って走る。すぐに行ける距離に住んでいてくれて良かった。
今回は俺が悪い。ニキを泣かせてしまうまで追い詰めてしまった俺が悪かった。discord越しにニキが不安そうに泣いているのが聞こえて、俺は直ぐに用意を初めて家を飛び出したのだった。
道中の空はとても晴れ渡っていて、星が綺麗に見えた。ニキの家に着く直前、俺は流れ星を見た。ニキがまだ泣いていないようにと、俺は願って走った。
「ニキ!開けてくれ!」
鍵の音が聞こえて、ニキの家に上がり込む。
玄関に立ち竦む泣き腫らした目をしたニキを見つめて、俺まで涙が出てきた。泣いていい資格は無いけど、ニキが悲しいと俺も悲しかった。
俺はニキをそのまま抱きしめた。
「ごめん、泣かせてごめん」
「……泣いてない」
「でも、目腫れてんで」
「全部……裕太のせい」
「そうやな、俺のせいやな。ごめん。落ち着いて話すから、座ろうな」
ニキの手を引いてベットに2人で並んで腰掛ける。ニキは俯いたまま繋いだ手を1点に見つめているように見えた。俺は強くニキの手を繋いだ。1回だけ、このベッドでニキに抱かれた日のことをそっと思い出して。
「ごめんな。辛かったな」
「……うん」
「……俺な、怖かったん。こんなに何度も簡単にキスとか、セックスとか、していいんかなって」
「怖かった……?僕が?」
「違うよ、ニキが怖かったんやなくて。簡単にそういう恋人にしか出来ないことをしていいんかなって。簡単に許したら、ニキに飽きられちゃうんやないかって……怖かったん。せやから、あの時…」
「そっか……そうだったんだ」
ニキはまたポロポロ泣き出した。俺の手を目元に持っていって、大事そうに抱えて泣き出した。それを見て俺も泣いてしまう。苦しくて胸が痛くて、そのままニキを強く抱きしめた。
「俺さ、ニキのこと大好きやから。だから、一つ一つのことを大切にしたいんよ。それが曖昧な態度になってもうて、ごめんな」
「僕こそ、怒鳴って怒ったりしてごめん。裕太のこと考えてると、なんか、気持ちがおかしくなってさ」
「それほど、俺の事愛してくれてる……って、こと、なんとちゃうの?」
「そうだよ、僕、誰よりも裕太のこと愛してるんだよ……っ」
ニキは俺より強い力で俺の事を抱きしめた。俺もそれに答えるように抱き締め返して。ニキの涙の音を聞いていた。
「俺な。そばにいるだけで、本当に幸せだったんよ」
「…うん、うん」
「そばにいるだけで。ただそれだけでさ」
「そっか、そうだよね」
「でもな、やっぱり恋人やから。そういうことももちろんしたくて、その……ニキがさ、俺に飽きないんやったら、もっと沢山したいなって……」
俺はニキに顔を埋めながら家で考えていた素直な言葉を素直な態度で伝える。ニキの鼓動が直接俺に届く。それにドキドキして、俺の鼓動もそれに合わせようとする。2人の音が重なって暖かい。このニキの匂いも、音も、俺は大好きだった。愛していた。
「僕が、裕太に飽きるわけないだろ」
「本当?」
「本当。だから、大切にするから、ちゃんと愛して離さないから……いい?」
「……ええよ、ニキ」
俺らは付き合ってから2回目のキスをした。
俺は、はじめてニキにしてもらったキスを忘れられないでいたのだ。俺は、あの時の感覚を忘れたくなかったし、薄れさせたくなかった。俺は、あの気持ちが愛おしかったから、何度でも、はじめてのキスを繰り返して欲しかった。はじめてのキスを繰り返して欲しくて、2回目のキスが少し怖かったんだ。でも、ニキは、俺を愛してくれていて、この2回目のキスの甘さと優しさがそれを物語っていた。
「……っ、にき」
「ご、ごめん、苦しかった?」
「んーん、嬉し」
「……裕太、それはずるい」
「んっ……!んぅ…」
さっきまで泣き腫らしていた目が変わって、俺の目をまっすぐ見ていた。俺の肩を引き寄せて、また俺の唇を奪いに来る。今度はゆっくりと舌を絡め合うようなキスをして、蕩けてしまう。あれだけ飽きられるんじゃないかと怖かったはずの行為が、こんなに愛しいものだとわかった途端に身体がビクンと反応して熱を持つ。
「裕太…気持ちいいの」
「……うん」
「僕も…裕太のこと、ほんとに、大切で。もう絶対離したくないし逃がしたくない。絶対に僕だけのものだから、どこにも行くなよ」
「っ!い…った…」
俺の首筋に、ニキは歯を立てた。少し痛い。ニキの歯が俺の首筋に痕をつける。ニキの愛が、俺に噛み付いている。離さないと言わんばかりに。
「ご、ごめん、でも、傷つけたいんじゃなくて、その……独占欲が…っ」
「ええよ、して」
「いいの、ほんとに」
「……したい」
「裕太も、したい?」
「……うん、ニキとしたい」
「容赦、しないよ」
「うん、来て、ニキ」
ニキにならどれだけ傷つけられてもいい。それでも俺は愛情だと受け止めてもう傷つかないから。俺もニキを傷つけないから。
あの夜の向こう側、俺たちはひとつ重なって、愛情を確かめあって、寂しさを埋めあった。何度も噛み跡を残されて、飽きることなくぐちゃぐちゃに蕩けて、何度もイかされて、抱きしめあって。沢山沢山キスをした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
《ニキside》
裕太と一夜を過ごして、お互いの素直な気持ちを話し合って、抱きしめあって俺のベッドで2人で眠った。朝になって、裕太の寝顔が目に入って幸せだった。雨はすっかりやんでいて、綺麗な朝の空だった。裕太は夕方からアパレルの撮影があると言っていたので、朝のうちに起こしておく。
「裕太、おはよ」
「んぅ……にき、おはよ」
「寝顔、可愛いよ」
そう告げてキスをする。
「……へへ」
裕太は嬉しそうにふわっと微笑んだ。寝起きで微睡んでいる顔も愛おしい。
朝ごはんを二人で食べて、裕太を送り出す。
「ほんとすまんな」
「僕こそごめんね。ちゃんと愛してるよ」
またね、と手を振る代わりに、裕太を思い切り抱きしめてみた。
裕太は嬉しそうに俺の事を抱き締め返して
「いってきます」
そう言って仕事に向かった。
俺は裕太が出ていった玄関を眺めて余韻に浸ってから、PCの前に戻って編集を始めた。
PCの電源を入れて直ぐに携帯の通知音がなる。裕太からのLINEだった。
【俺も愛してるよ】
【今日はニキんちに帰るね、まってて】
END
コメント
1件
えほんとに最高です!!好みすぎて泣きそうです