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「もう終わりだ。戻りたいのだろう?それなら戻ろうではないか。どんなに不安でも勇気がなくても怖くても、もう過ぎた事なんだ。心待ちにしているぞ、お前が…類が帰ってくるのを。えむや寧々、今までに共演した数々の人達。…そして、オレもだ。」
その一言に、救われたのかもしれない。どれだけ心が軽くなった事だろう。抱えていた何かが一気に崩れ落ちて、際限なく溢れ始める。彼は屈み、僕の事をそっと抱きしめた。もう耐え切れなかった。大きく見開かれた瞳が潤んで、気付けば大粒の水滴が彼の上着に染みを作っていた。彼はそれすらも厭わずただ優しく抱きしめていてくれて。嬉しかった。嬉しくて堪らなかった。きっと迷惑をかける。きっとすぐには元に戻れない。けれど、それを知っていながらも受け容れてくれているのだろう。彼の優しさに、また溺れてしまいそうで。彼の体温が、狂って壊れてしまっていた僕の心の底まで届いて、そして消えそうになりつつも淡く優しく照らす。僕は、誰かに救われてばかりだった。欲に塗れた僕でさえも優しく包み込んでくれる彼は、星と、スターと呼んでも良いくらいに輝いていた。僕の中で、きっと一番に輝いているのは彼以外に有り得ないのだろう。伝わらなくても構わない、僕は君が離れて行ってしまうまで、共に居る事を選ぶだろう。
これが僕の中に芽生えた、最初で最後の感情なのだった。
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数日後。
僕は、あれほど不安だと喚き散らし怖がっていたあのショーステージへと赴こうとしていた。勿論、隣には僕を救ってくれた彼も居る。少しでも安心するように、そして震えを抑える為に手まで繋いでくれている。これも彼の優しさで、この上なく有難いと思う。
「類、大丈夫そうか?」
「あぁ、何とかね。まだ少し怖いし震えるけれど。わざわざ共に来てくれた事、感謝するよ」
休日のお昼時、見慣れた道を二人で歩く。聞いたところ今日はショーも休みで、僕に会う為に皆も来てくれたらしい。僕が居ない間は、ショーの頻度を減らして今までの演出の中から幾つか抜粋して使っていたらしいが。彼は今までのショーよりも全くつまらない物しか作れなかった、と語っていた。其処まで僕が必要だったとは思っていなかったけれど、嬉しさに似た感情を覚えたのは確かだった。
「そうか、それは良かった。まさか最初から彼奴らの前で発作のようなアレを見せるのは流石に気が引けるしな。何か異変でもあればすぐに教えてくれ。」
「そうだねえ。鎮静剤も飲んで来たし、今の所特に異常な点は見当たらないけれど…善処するよ。」
「お前の異常が何処からか分からんが…まぁ良いだろう。…む、そろそろ着くぞ。」
前と同じように雑談に花を咲かせていたところ、よく見慣れたショーステージの全貌がちらちらと見え隠れし始めた。あぁ、帰ってきたんだ。安心と同時に、不安で少しだけ手が震える。握っていた手が少し強まって、優しく包み込んでくれた。目の前にはこれまた見慣れた二人。居たと分かっていながらも驚いてしまう。視線の先には、そわそわと動き回る桃色と、それを宥めながらも心配そうに俯いている鶯色があった。ふと、二人の視線が突き刺さる。
「…っ、類…!」
「わあぁぁっ、類くーんっ!」
僕の姿を見るなり、駆け寄ってくる彼女達。あぁ、良かった。凄く安心した。何を言う事も出来ず、ただ嬉しそうな笑顔を浮かべた。二人に抱き着かれ少しよろめきながらも、優しく抱きしめ返す。泣き崩れる寧々と、ぱっと嬉しそうに笑うえむくん。僕の隣では、司くんが優しく微笑んでいる。何故忘れていたのだろう、何故離れたがっていたのだろう。今までの不安も疲れも何もかも飛んでいってしまったかのように、心が軽くなった。
「心配したんだからっ、この、このばか類っ…!」
「えへへっ、類くんが帰って来てくれて嬉しいよーっ!」
「…言っただろう?怖がる必要はない、と。」
何処か予想出来ていたこの反応も、思っていた以上に嬉しかった。僕の居場所は此処なのだ、と安心出来た。居場所を守っていてくれた彼らに、普段通りの笑顔を見せて一言。
「…あぁ。心配をかけて悪かったね、帰って来たよ。」
こんな軽い言葉も、今では掛け替えのない大切な言葉になってしまった。それ程、僕にとって彼らは大切なんだろう。戻るのはきっと大変だ。何せ数ヶ月もの長い時間をかけてしまったのだから。けれど、頑張れそうな気がする。彼らと一緒なら、何だって出来そうな気がする。失敗も全部、許された訳ではないけれど。ふと皆の言葉が耳に入る。
おかえり、と。
あぁ。
「…ただいま、皆。」
大好き、だった。
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