テラーノベル
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静まり帰った拠点を一人で歩き回る。
昔は賑やかだったこの場所も、今となっては私の息遣いしか聞こえてこない。最初は寂しく思っていたそれも、もうすっかり慣れてしまった。
「寒いなぁ…今日は」
白く染まった自分の息を眺めているうちにそんな言葉が口から漏れてしまう。
私が言葉を呟くたびに、どこからか見られているような感じがして気味が悪い。この拠点に残っているのは私だけのはずなのに。
ガタッ
「!?」
大広間の方からなにかがぶつかったような音が聞こえてきた。動物の可能性も考えたけど、その可能性はないはず。毎日外壁も屋根も念入りに点検してるから。
それなら、あの音の正体はなんなんだろう。
「…見に行こう」
壁にかけてある松明を手にとって大広間の方に向かう。近寄るほど音が大きくなってきて、寒さも酷くなってきている。
不安でいっぱいの胸に手を当てて落ち着きながら歩いていると、大広間の扉が見えてきた。
「あっ…」
目を凝らすといつもは閉めているはずの扉がほんの少しだけ開いているのがわかり、そこから真っ白な空気が流れてきていた。
あの扉を開けていたっけ、寒くなるような物なんてあったっけ、音がなる原因になりそうな物なんてあったかな。
頭を回して考えるほどに不安は強まって、少し息が荒くなる。
それでも確認しないわけにはいかず、扉を開けてそっと中に入る。
「あれ…はっ…」
扉を開けて真っ先に私の目に入ってきたのは、大広間の真ん中に立っている少年だった。
その少年はぶかぶかのシャツとハーフパンツを着ていて、ところどころ黒に染まった白髪の姿をしていた。
私が静かに眺めていると、突然少年が私に振り向いてきて目が合う。
その目は、白目のない真っ黒な瞳をしていた。
「っ……!!」
反射的に持っていた松明を少年の頭に目掛けて勢いよく投げつける。
松明は少し頭を逸らされただけで外れてしまったけど、その隙に一気に距離を詰めて押し倒す。
「お前がっ…お前さ…え……っ!!」
息を荒くしながら少年の首を力強く絞める。
「お前…がっ…!みんなをっ…!!」
涙を流しながらもずっと待ち望んでいた相手への憎しみを、首を絞める力を強くすることで発散する。
もう少しで首を握りつぶせそうというところで、少年とまた目が合う。
その目は、さっきとはちがう。透き通った水色だった。
「あっ…や……!?」
「…変わんないね」
無意識に緩めてしまった手を掴まれ、壁際に追い詰められる。
「やっぱり君は無力だ」
不気味に笑うそれは私と無理やり目を合わせてくる。
その目は、毎日見ていたあの目。色合いも光も、大きさも全て知っている。
「お揃いだね♪」
私の目だった。私とまったく同じ目を、それはしていた。
必死に抵抗しようとしても、それの姿が視界に入るたびに無意識に力が抜けてしまう。
「やっぱ怖いんだ、間違えるのが」
その一言で、私の忘れたい記憶が思い出されていく。
━━━━
ガヤガヤと賑やかな大広間。たくさんの子供と大人が和気藹々として、たくさんの笑顔が視界に入ってくる。
自然と、私の胸も温かくなって笑みがこぼれてくる。そんな毎日が続くはずだった。
「んーー…っ!」
周りが騒がしくて目が覚めてしまう。なにかあったのかな。
「急げっ!子供は大広間に!」
「は、はいっ!!」
色んな大人たちが通路を走り回っているのが見える。泣いている人、焦っている人、子供を引き連れている人。その光景から、なにかただ事ではないことが起こってることがわかる。
「あ、あのっ…なにが…」
「あぁ!?ここは危ないからはっ」
ぐちゃっ、
「……は..?」
突然顔に温かい液体がかかる。口に変な味が広がる。
恐る恐るさっき話していた人を探しだす。口に広がる気持ち悪さと体にかかった液体を気にしなくて済むよう必死に。
少し離れた所に、さっきの人の頭が見える。
頭だけが見える。体は見当たらなくて、私の足元には、さっきの人のだと思う靴があって、その中には千切れた足が入っていた。
「ぅっ……お”えぇ…っ…」
初めて見る人の死に耐えきれずに、昨日食べた料理を吐き出してしまう。
私が吐き気を抑えきれずに吐いている間も、周りからは悲鳴が絶えず聞こえてきた。子供の声も混ざっている。
その光景と声に耐えきれず、私は部屋に戻って泣き喚き続けた。
どれくらい経ったのだろう。
あの後も何人もの人が私の部屋の前で死んでいった。みんな明らかに意図的に扉の前で私に見せつけるように殺された。
ある人は頭を削られ、またある人は粉々になっていた。神経だけ綺麗に抜き取られるような人さえいた。
そのどれもが私には耐えられなくて、我慢できずに泣き叫んでしまう。
きっと、私は餌なんだと思う。私を助けに来させようとしてる。人が死ぬのを見ないで済むように扉を閉めても、なにかに扉を叩き開けられる。
私は、まだそのなにかがなんなのかすらわからない。みんなの仇を取りたいのに、足がすくんで動けない。
「ごめんな…さい…」
その謝罪の言葉も、誰にも聞こえずに…
「謝らなくていいよ〜」
……え?声が…
「だ…だれ…?」
「僕は、君が殺したがってた存在だよ」
笑顔で私に近づくそれは、不気味な笑みを浮かべていた。
「っ……!」
咄嗟に銃をそれに押し付ける。
「こ、来ないでっ!!」
ふっと、私の体が少し前に倒れる。視線を銃口に向けると、そこにいたそれはいなくなっていた。
「君は弱いね」
「っ…!?」
急に右肩から声が聞こえて、振り返るとそこにはさっきまで目の前にいたそれがいた。
たださっきと違うのは、それの身長が明らかに高くなっていることだ。さっきまで見下ろしていたそれが今は天井にもとどきそうになっている。
あまりにも歪なその姿に、私は恐怖することしかできなかった。
「え……?」
静かにそっと、それは私のことを持ち上げる。
やがて顔の高さまで持ち上げられて、それの顔を見る。
さっきまでの顔とは違う、大小様々な目が全て私のことを見つめている、異様な顔があった。
「ぅっ…え…」
吐き出しそうになるものを必死に抑え込んで、どうにか抜け出そうともがく。
「アアァァァァァア………」
それが不気味な唸り声をあげるとともに全ての目が一斉に閉じて、大きな口が浮かび上がってきた。
それは大きく口を開けて、私の顔に近づく。
「や…やめ、て…私…まだ、死にたく…」
それはまるで聞く耳を持たずに、どんどん口を大きく開けて近づいてくる。
「やだっ……やだっ…!!」
恐怖で咄嗟にそれの口の中を撃ち抜く。
すると、それは声を発することなく倒れた。
「やった……やったの…?」
あまりにも呆気なく粉々になっていくそれを見つめて、私は不気味に感じた。たまたま口の中が弱点だった可能性もあるけど、こんな脆かったらなんでみんなが死んだのか。
唐突に吐き気を感じる。嫌な予感がする。
視界が点滅して、ぼやけてくる。
目の前にいたそれが歪んでいく。
しばらくするとそれは、何人かの子供になっていた。
「……え?」
その子供たちを私は知っていた。私が助けた子供もいた。仲良くしてた子供もいた。
「こ、この…子たちが…?」
あ、あぁそうだきっとそう。きっとこの子供たちがあいつだったんだ。みんなを殺したんだ。
そうじゃなかったら…私は。
「違うよ、バーカ」
後ろからそれの声が聞こえる。嫌だ、嫌だ、この子供たちがあいつだったと思いたい。私が人を殺したって思いたくない。知りたくない。
「人って、面白いね」
無理やりそれのほうを向かされて、目が合う?
目がなかった、それには。
それどころか、口も鼻もなにもない。
黒い粒が不規則に蠢いているだけだった。それの顔は。
「驚いた?」
黒い粒が集まってそれが姿を変えていく。メキメキと音をたて、顔がつくられていく。
「…や、だっ」
つくられたそれの顔は、見慣れた、私の顔だった。
「見てなよ、君のせいでみんなが死んでいく様子を」
恐怖で動けない私をよそに、それは私の姿で部屋を出ていく。
悲鳴と銃声が絶え間なく聞こえてきたが、それもすぐに止んだ。
残ったのは、恐怖で動けなくなった私だけだった。
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