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5本の薔薇を貴方に。

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5本の薔薇を貴方に。

1 - 5本の薔薇を貴方に。

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2025年01月11日

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この世には男と女という性別以外にDomとSubといった性別がある。ダイナミクスと呼ばれるそれは社会において重要な役割を担っている。Domは支配的な志向が強く逆にSubは被虐的志向が強いとされていた。

その為長い間SubはDomに支配されるものという認識が世間の間に広まっていたのだ。しかし、長年のダイナミクス研究の成果でそれが間違いである事が近年発表された。DomとSubの間に必要なのは信頼であり、無条件の支配では無い。そのたった一言でダイナミクスの格差社会は少しずつ変化していった。Subを力で押さえつけようとするDomは罰され、立場的に下に見られることが多かったSubが評価される社会になったり。少しずつDomとSubが対等になる社会へと移り変わっていったのだ。

しかし対等になるとはいっても元々の性質は変えられない。DomはSubを支配コントロールしたいしSubもDomに従いたい欲があることには変わりは無い。そういった社会の流れと欲とが絡まりあった結果、今はDomがSubに対して過保護なまでに護りたい、庇護したいという欲が強く出る傾向になっていった。

……今目の前の状況のように。

「甲斐田〜。さっきちょっとフラついてたけど大丈夫か?」

「ごめん、僕強く叩き過ぎた?ちょっと横になる?」

「あれぐらい全然大丈夫ですよ!二人とも心配しすぎですって。でもありがとうね」

ろふまお塾の収録を終えてすぐに不破が甲斐田に声を掛けた。それに続くように剣持も甲斐田を気遣う。先程の収録で剣持が甲斐田を小突いた際にふらついたのを気にしてのことだ。それに対して甲斐田は笑顔で対応するが二人の顔は晴れない。その様子を見て周りのスタッフも気遣うような顔をする。割と見慣れた光景だ。収録中はそんな態度は微塵も出さないがカメラが回らないところでは誰しもが甲斐田を気遣う。周りの自分への過保護な雰囲気を感じ取ってか甲斐田も少し気まずそうだった。

「まぁまぁ、二人とも。甲斐田さんも大丈夫と言ってますしそこまでにしましょう。でも甲斐田さんも少し顔色悪いですよ?もしかして寝不足ですか?」

「社長!そうなんですよ〜、ちょっと研究が捗っちゃって…」

「お二人が心配するのも当然ですよ。横にならなくても少し座った方がいいです」

「ですよね…。分かりました、社長がそういうのなら甲斐田は大人しく休みます」

「よろしい」

加賀美が助け舟を出すと甲斐田がそれに乗る。その会話を聞いて周りの雰囲気も軽くなった。それによって甲斐田を心配してた二人も落ち着いたようだ。椅子に座った甲斐田の傍に立ち文句を言いながらも離れない。その様子を微笑ましく眺めていると後ろで撤収作業をしていたスタッフの会話が聞こえてきた。

「いや、流石社長…。雰囲気をコントロールするのが上手いよね」

「ね、甲斐田さんも不破さんも剣持さんもすっかり落ち着いてるしやっぱりDomの中でも違うんだろうな」

「明言してないけどやっぱり社長はDom以外有り得ないよね」

「そりゃそうだよ〜。なんで明言しないんだろうね。ライバーは割と言ってる人多いし」

「甲斐田さんも言ってないけど剣持さんと不破さんの雰囲気を見る感じSubなんだろうな」

「二人ともDomって言ってるもんね」

まぁ私たちNormalには関係ないか、と笑う声を聞きながら加賀美はその場で動きを止める。その顔に表情は無く、普段の溌剌とした雰囲気はどこにも無かった。そんな加賀美の様子に気付いた不破が「社長?」と声をかけるとそれまでのことなど無かったかのように加賀美は笑顔で不破に話しかける。表情に陰りなどは無い、いつもの加賀美ハヤトだった。誰にも気付かれないような些細な変化だった。

そうして話に加わる加賀美をじっと見つめる者が一人いた。


****

「…っ、はぁ……」

ガンガンと痛む頭を抑えながら事務所にある空き部屋で一人蹲る。その顔色は血の気がなく何とか身体を支えようとする腕は震えていた。目眩で意識が飛びそうになるのをなんとか抑えながら加賀美は傍に置いてある鞄の中から薬ケースを取り出す。

震える手で薬を何錠か手のひらの上に出し、そのまま一気に飲み込んだ。吐き気で逆流しそうになるのを無理矢理水で流し込む。喉元を薬が通り過ぎたことを感じると加賀美は固い床の上に身体を倒す。

そうして暫くの間、休んでいると次第に頭の痛みが和らいでいくのを感じる。目眩は残っているがいつまでも固い床で寝転んでいては身体を痛めてしまうと思った加賀美は、まだダルさを感じる重い身体をゆっくりと起こし部屋にあるソファまで移動した。

「……また薬が効かなくなってきた。新しい物を処方して頂かなければ…」

そう呟きながらも加賀美は薬ではもう対処が困難なことを理解していた。社会的に重要とされるダイナミクス、特にSubにはある問題があった。Subは本能的にDomに支配され、庇護されたいという欲求が強い。そしてその欲求が定期的に満たされないと自律神経が乱れ日常生活を送るのが困難になるのだ。

……それこそ今の加賀美のように。

誰しもがDomだと信じ疑っていなかった加賀美ハヤトは ″Sub″ であった。



Subの社会的地位が改善され始めたのはここ15年程の間である。逆に言えばその前のSubの立ち位置は底辺の扱いとされそんなSubとして性を受けた加賀美を周囲は許さなかった。加賀美家の唯一の跡取りがSubということに激怒した両親は加賀美のダイナミクスを秘匿とし、本来であれば定期的にプレイをする必要があるにも関わらず、ケアを受けることすら許されない。その結果加賀美は生まれてこの方パートナーを持ったことがない。

幼い頃からその状況にあった加賀美の身体は既にボロボロであった。なんとか抑制剤で抑え込んできていたが抑制剤もその場凌ぎのものである。年々使用量は増え、副作用も強くなっていく。長年加賀美を見てくれていた医者にも、これ以上は加賀美の身体が耐えられないとドクターストップをかけられていた。

しかし長い間Subであることを否定されていた加賀美には今更パートナーを持ちプレイをするということが出来なかった。Domとして塗り固められたイメージを壊す事がどうしても出来ないのに、Subの欲求が強くなっていることを感じる。その雁字搦めの状況がより加賀美を責めたてていた。

ガンガンとまた強くなってきた頭痛に涙が止まらなくなりながら、同じグループの大事な後輩を思い出す。恐らくSubであろう甲斐田がDomである不破や剣持に大切にされている光景を思い出し更に涙が止まらなくなった。

「いいなぁ…甲斐田さん。あんなに大切にされて、守ってもらえて……」

「私にも……あんな存在があれば……」

「誰か…おれのこと、愛して……」

普段であれば吐き出さないような言葉であった。だが抑圧され続けたSubの欲求はそこまで加賀美を追い込んでいた。その想いに囚われながら加賀美は瞳を閉じた。

****


「しゃちょ~、大丈夫ですか?」

微睡んでいた加賀美を起こす声が聞こえた。寝起きでうまく働かない頭を何とか起こし声の方へ顔を向けると鍵を閉めたドアが再び叩かれる。慌ててドアの方へと駆け寄り、ドアを開けると勢いよく開かれたドアに驚いた甲斐田が立っていた。

「うわぁ!びっくりした・・・」

「あぁ、すみません!・・・って、甲斐田?どうしてここに・・・」

確か、甲斐田は収録後不破と打ち上げへ行ったはずだ。加賀美自身も誘われたが体調がよくないことを考慮し断った。同じように誘われた剣持はいつも通り欠席だ。それもあったから加賀美は一人誰も来ないような空き部屋を探し休んでいたのだ。

「ちょっと社長に聞きたいことがあって戻ってきたんです。とりあえず中入ってもいいですか?」

「あ、はい。構いませんが・・・」

「ありがとうございます!失礼しますね」

加賀美が了承すると甲斐田はそのまま加賀美を奥へと押すように入ってきた。勢いに押されながら加賀美は先ほどまで横になっていたソファーの方へ向かう。その加賀美をじっと見つめながら甲斐田は後ろ手に部屋の鍵を閉めた。そして加賀美と反対側のソファへと座る。

「今日久しぶりの収録だから社長ともご飯食べられると思って楽しみにしてたんですよ~」

「すみません、ちょっと会社の仕事が立て込んでまして・・・」

「もしかして仕事してた感じですか?少し物散らばってますもんね。・・・甲斐田もしかしてお仕事の邪魔しちゃいました?」

「いやいや!今ちょうど落ち着いたところなので大丈夫ですよ。ちょっと疲れもあってそのまま休ませてもらってたんです」

「そうなんですね。確かに少し顔色悪いですもんね」

そう言ってこちらを窺う淡い水色の瞳は心配を滲ませながらもどこか探るようで、加賀美は少し居心地が悪くなるような気分がした。その違和感を拭うように加賀美は甲斐田に尋ねる。

「そういえば聞きたいことってなんだったんですか?わざわざ戻ってきたということは急ぎの案件ですよね」

「あぁ!そうでした、僕社長に確認したいことがあって・・・」

「私に?なんでしょう」


「社長って″Sub″だよね?」


その言葉を聞いた瞬間、周りの温度が下がるのを感じる。ヒュッ、と加賀美の喉から息が詰まる音が漏れた。顔は蒼褪め目は驚愕するように開かれる。加賀美の一挙一動を観察していた甲斐田はその反応だけで察した。ジッ、と加賀美を見つめていた瞳が納得するように細められる。何とか否定しようとしていた加賀美はその視線だけで甲斐田にバレていることを理解した。

「あ~、やっぱりそうなんだ」

「ど、うして・・・」

「最初はなんとなくです。社長が僕に向ける視線がDomっぽくない気がして。もちさんとか不破さんみたいに過度に構ってこないし。どちらかというと僕のことを羨ましそうに見てるなと思ってました」

甲斐田に自分の中の羨望の気持ちがバレていたことを知り加賀美は更にショックを受ける。そんな加賀美の様子を眺めながら甲斐田はさらに続ける。

「社長、パートナーとかって・・・。いや、その感じを見る限り聞かなくてもわかるか。適切なケアを受けている人がそこまで衰弱するわけないしね」

どんだけ放置したらそんな状態になるの、と少し苛立ったように甲斐田が吐き捨てる。本来ならこんなになるまで放置されることなどありえないことなのだ。その怒りが伝わったのか加賀美の身体が震える。その様子を見て怒りの雰囲気を和らげようとした甲斐田に、加賀美が震える声で反論する。

「別に、甲斐田さんには関係ない、じゃないですか」

「・・・は?」

「確かに私はSubです。パートナーもいません。でも、こうして薬で抑えて何とかやっていけてるんです。・・・何よりもSubである甲斐田さんが出来ることなんてな・・・」

「 本気で言ってます? 」

甲斐田に出来ることはない、と告げようとした時甲斐田の雰囲気が変わった。加賀美は甲斐田から感じるプレッシャーにより身体が動かせなくなる。そんな加賀美に更に圧を掛けるように甲斐田がゆっくりと立ち上がり加賀美に近寄る。突然の豹変に気圧される加賀美の正面まで近寄ると、そのまま見下ろす。その視線の冷たさに、まるでナイフを喉元に突きつけられているような気分になった。

「あーあ、素直に頼ってくれれば優しくしようと思ったのに。そんな見るからにボロボロで出てくる言葉が何とか出来てるだぁ?自分の身体のこと分かってるんですか?」

「……っは、」

「……分かってて頼ろうとしないんだろうな。どうせ自分一人で耐えればいいとか思ってるんでしょ。身体はこんなにも助け求めてんのに」

「でも僕は許しませんよ。あんたのプライドを粉々にしてでも絶対に逃がさないんだから」

そう加賀美に告げながら甲斐田は動けなくなった加賀美の頬を優しく撫でる。言葉の節々はキツイのに、その手だけは優しかった。まるで壊れ物を扱うかのように撫でてくる手に加賀美は次第に頭が働かなくなってくる。

「さっき僕には何も出来ないって言ってたでしょ。あれ、訂正してくださいね」


「アンタを助けられるのは僕だけなんだから」


****

からだがあつい。

加賀美は先程まで冷え切っていたのが嘘のように、自分の中から溢れる熱を感じていた。頭は霧が掛かったようにふわふわとしている。口から漏れ出す吐息には熱が篭もり、酩酊しているような気分だった。だがそれを不快に思うどころか心地好い気持ちになる。


そんな微睡みに浸かっていると、加賀美の前に立った甲斐田が一言。

「社長、そのまま『Stay待て』ですよ」

そう甲斐田が言うのでじわじわと熱くなる身体を抑えその場に留まる。床にペタンっと尻を付けた状態で涙で潤む瞳を甲斐田に向けながらただひたすらに甲斐田の次の指示を待ち続ける。

加賀美の健気な様子に甲斐田の瞳が満足そうに細められ、それが分かった加賀美は更に身体が熱くなるのを感じる。しかし、目の前にいた甲斐田は不意に身体を翻し加賀美から離れていく。その行動に加賀美は一瞬不安感を覚えるが甲斐田はすぐ傍のソファに腰掛けると加賀美に視線を向ける。

「ちゃんと待てて社長はいいこですね。いいこな社長なら僕の所まで来れますよね?」

『Comeおいで』

そう甲斐田が声を発した瞬間、本能が従わなければいけないと騒ぎ始める。加賀美は熱く燃え上がる身体を何とか動かし、甲斐田の元へと近寄っていく。身体の力が抜けているため立ち上がることが出来ず、少しずつ這うように進むことしか出来ない自分に焦りを覚える。先程まで感じていた熱が少しずつ冷めていく。次第に震え始める加賀美に甲斐田が声を掛けた。怒りの目を向けられているのではないか、怯えながら甲斐田を見た瞬間その考えは頭から消え失せた。

優しく、愛おしむように加賀美を見る瞳。甲斐田の唇が小さく「頑張れ」と呟く。その言葉を聞いた瞬間、身体の震えは止まり再び熱が籠る。身体を蝕む熱がさっきとはまた違う熱さを感じながら、その熱に急かされるよう甲斐田の足元へと辿り着く。熱い吐息を吐きながらも甲斐田の指示があるまで必死に待ての状態を崩さない加賀美に甲斐田は口角が上がるのを隠そうとはしない。

そのまま腰が抜けている加賀美の身体を支え、自分の脚を跨ぐように座らせる。先程よりも近くなった顔に加賀美が顔を赤くする。そんな加賀美を更に追い詰めるように甲斐田の手が赤くなった加賀美の頬を優しく撫でる。そして今にも決壊しそうな涙が滲んだ瞳を見つめながら、囁く。

「僕のところまで頑張ってきてくれてありがとうございます。『Goodよく出来ました』」

そう甲斐田が言った瞬間、自分の中の熱が今までに無いほど高くなるのを感じる。感じたことの無い多幸感と安心感に、涙が止まらない。その涙を拭いながら甲斐田が頭を撫で、顔中にキスを送る。

加賀美を宥めながらも、沢山褒め続けてくれる甲斐田の声に、加賀美は生まれて初めてSubの幸せを知るのだった。


****

「---さん、加賀美さん」

酷い多幸感に酩酊状態だった加賀美を揺り起こす声。その声を辿ると淡い水色の瞳が心配そうにこちらを見ている。最初、ボーッとその声を聞いていた加賀美だが次第に意識が覚醒する。そうしてその声の持ち主と膝の上に乗せられ抱き締められたままの状況を理解すると慌てて身体を離した。

「か、甲斐田さん!!すみま……、っ!」

「あぁ!そんな慌てて動かないで下さい!アンタ今フラフラなんですから!」

勢いよく頭を動かした為一瞬目眩が起き、ふらつく加賀美を甲斐田が支える。そうして膝の上から降ろすとそのまま隣のソファに加賀美を座らせる。離れた人肌を寂しく感じるがその手を甲斐田が両手で掴んだ。

「甲斐田さん?」

「社長…。この度は申し訳ございません!!!!」

「えっ」

「いくらケアの為とはいえあんな風に迫ってしまってすみません。怖かったですよね。でもあの時は無理矢理にでもケアをしないと社長の身が持たないと思って……。いや、全部言い訳です。結局自分勝手に事を進めたことに変わりはないです。こんなの強姦といっ……」

「待って待って!一旦落ち着きましょ、ね??」

先程の雰囲気が嘘のように甲斐田が謝る。その勢いに圧される加賀美だったが、どんどん甲斐田が泣きそうな顔になるので慌てて落ち着かせようとした。加賀美の必死の慰めもあり暫くすると甲斐田も落ち着いていく。その様子にホッと、加賀美が安堵の息をつく。

「すみません、ちょっと取り乱しました……」

「いえいえ、私の方こそご迷惑をお掛けして。……というか、甲斐田さんDomだったんですね」

「うっ!……ええ、実は…」

「どうして隠してたんですか?」

「いや、僕性格もあるのかSubと思われやすくて。毎回毎回周りに否定して回るのもなぁと思ってたら、その、そのまま……。」

「あぁ、流石にあの雰囲気で違うとは言いずらいですよね…」

そんな理由で、と思わないことも無いが自分も理由は違えど隠していた身だ。人のことは責められない。

「私がDomじゃないと分かったのは……」

「あれは本当に偶然というか、元々Domにしては僕に構う訳ではないし、どちらかというとアニキとかもちさんみたいなDomって言ってる人と一緒なことが多いなと思ってて…。あっ!違いますよ!?別にDomに寄っていってると言いたい訳ではなくて!むしろ2人に行くなら甲斐田に来て欲しいな〜とか思ってた……いや、違くて!!」

自分でもも無意識下にDomに求めていたのかと少し落ち込みそうになるが甲斐田の全力の否定を前に落ち着く。甲斐田が変に焦っていたが、気にしない事にした。

「それで気になって見ていたら時々薬飲んでるし、最近は少し顔色悪いしでもしかしたら、と思っていたら今日あまりにもフラフラだったので強行突破しちゃいました」

すみません、と甲斐田が再度謝る。その子犬のような顔を見ていると毒気が抜かれていくような気がする。

「私も隠していてすみません」

「社長が謝ることじゃないですよ!!…きっと隠していたのにも理由があるんですよね?それを無理やり暴くようなことをして、すみません」

「いえ、甲斐田さんが助けてくれなかったらきっといつかもっと酷いことになってました。私の方が心配かけてしまって……」

私が、僕がとお互いに謝りあってるうちに最初にあった緊張感は大分薄れ、いつものような軽い雰囲気になってきた。その変化に加賀美は安心する。それは甲斐田も同じようだ。お互いに笑みが漏れ出る。

「加賀美さん、さっきも聞いたけどパートナーって……」

「……。居ません。それどころか先程まで私はケアすらしたことがありません」

「えっ!そしたら今までどうやって欲求を抑えてきたんですか。凄く辛かったでしょ」

「甲斐田さんも見たという抑制剤で何とか騙し騙し過ごしてきました。ずっとそうして過ごしてきたので慣れてますし…」

しかし、加賀美は知ってしまった。Subとしての歓びを。きっと何も知らなかった前のようには耐えられないだろう。その苦しみを想像し、震える加賀美の手を甲斐田が強く握り締めた。下を向いていた顔を上げると甲斐田の澄んだ瞳がこちらを射抜く。その瞳の強い光から加賀美は目を逸らせなくなった。

「社長。僕のパートナーになってください」

「えっ…!」

「今すぐじゃなくてもいいです。社長がいいと思った時にパートナーになれたら嬉しいです」

「ですが、私は……」

「周りに言わなくてもいい、もしSubって立場を隠したいなら僕がSubの振りをします。プレイだって怖いならしなくていい。でもケアだけは絶対にやらせてください」

「どうして私の為にそこまで…」

「社長のことが大好きだからです。加賀美さんの事を支えたい、守りたいんです。アンタが自分を大切にできない分、僕が大切にしたいんです」

甲斐田が目を逸らさずに加賀美に告げる。甲斐田の言葉を理解した瞬間、加賀美の身体が熱を放つ。その熱がSubとしての欲求によるのか、加賀美の心からの熱なのかは分からない。だが加賀美は確かに甲斐田の言葉が嬉しかった。初めて、心の底から自分を認めてもらったような気がしたのだ。

加賀美の瞳から止まったはずの涙が溢れる。溢れる涙に甲斐田がギョッとした顔で驚き、慌てて加賀美の涙を拭う。

「わっ、わぁ!すみません、社長!急すぎましたね、驚きますよね!」

「ちっ、違くてっ!驚いたのは確かなんですけど、そんな風に言って貰えたのがっ、嬉しくて……」

「ずっと、Subであることを隠すのに精一杯で…。そんな、私を認めてもらえるなんて思ってなくて……」

「私、今Subで良かったって初めて……思いました…」

そう言って嬉しそうに笑う加賀美に甲斐田が顔を赤くする。しかし自分のことで精一杯な加賀美はそんな甲斐田に気付かない。

「私、Subとしては未熟かもしれません。また甲斐田さんにご迷惑をお掛けするかも。それでもいいんですか」

「全然大丈夫です!むしろもっと甲斐田を頼って下さい」

「……プレイはまだちょっと怖いかも」

「大丈夫です、ゆっくり色々慣れていきましょ。加賀美さんが安心して出来るよう僕も頑張ります」

甲斐田に任せて下さい、と気の抜けたような笑顔で頼もしい事を言ってくれる後輩に、彼とならやっていける予感がした。元々一緒にかっこいい大人を目指す頼れる仲間だ。情けないように見えて意外とやる男なのは知っている。そんな彼となら、きっといい関係が気付けるだろう。

甲斐田が加賀美の視線に気付いて優しく微笑む。アクアマリンのように澄んだ、美しい宝石が自分を見てくれるのは悪くないな。っと、思った。何よりも先程までの心地良い空間を覚えてしまった加賀美にはもう彼無しのこれからが考えられなくなってしまった。

「……少しずつでいいなら」

よろしくお願いします、そう言って握られた手を握り返すと甲斐田は嬉しそうに笑った。

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