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その後も、陸太朗が店から持ってくる材料を片っ端から使い、あたしたちは失敗作を量産していった。
だが、これだけ数をこなせばさすがに多少は進歩するのか、一歩進んで一歩戻ったり、二歩進んで一歩戻ったりを繰り返すようになった。
「り……、陸太朗、陸太朗! これ見てこれ!」
ようやくのこと、カステラがうまく焼きあがり、あたしは興奮して陸太朗を呼んだ。うつろな目で次のたねをかき混ぜていた陸太朗も、近寄ってきて目を輝かせる。
「お……、おお、本当だ、ちゃんと、カステラになっている……! おい、急いでメモしてくれ。配合と、焼き時間と、温度! 俺は乾燥しないよう、ラップを巻いておくから!」
「わ、わかった!」
舞い上がったあたしたちは、浮足立ってわたわたと初めての作業にとりかかる。レシピに今の記録を書き終えてから、改めて嬉しさを分かち合おうと陸太朗の方を向く。すると、カステラの形を整えている彼が、微笑んでいるように見えた。
(……え? 笑ってる……?)
見間違いかと思って何度か瞬きをする。
「ねえ、陸太朗――」
ここからでは横顔しか見えない。こちらを向いてもらおうと名を呼んだ時だ。すぐ近くで、バイブ音がした。
陸太朗の鞄から聞こえる。
「陸太朗? スマホ、鳴ってるみたいだけど」
「あ、ああ……」
振り向いた顔には、いつもの無表情しか確認できなかった。電話にはすぐに出るかと思ったが、どこかためらっているように見えた。ようやく鞄からスマホを取り出すと、その画面を見て一瞬顔をこわばらせる。
(……もしかして、おばあちゃんからとか?)
陸太朗はスマホを持ったまま、廊下へ出てドアを閉めてしまった。あたしはハラハラしながら、彼が戻ってくるのを待つ。
廊下の話し声は聞こえない。通話の長さが、嫌な想像を掻き立てる。
まさか、また体調が悪くなったのだろうか。
心配していると、ほどなく陸太朗が戻ってきた。
「あ、陸太朗! ねえ、大丈夫だったの? もしかして、病院から?」
「……え? あ、ああ、いや、違う。大したことじゃない」
陸太朗はそれだけ言うと、そっけなく背を向けてスマホを鞄にしまった。それから、無言で生地のかき混ぜ作業に戻る。
さっきまでの浮かれた雰囲気はどこへ行ったのか。陸太朗の顔に浮かんでいたあの表情は、笑顔だったのだろうか。確認する機会を失ってしまった。
(……なんだ、つまんないの)
大したことじゃない電話なら、タイミングを選んでくれればよかったのに。
だが、悪い知らせでなくてよかった。あたしはほっとして胸をなでおろした。
――そう。その時は、気づかなかったのだ。
陸太朗が嘘をついていたことに。